白い砂浜、黒いゴミ、キミとワタシと暖炉とスープ

詩一

キミ

 ――ワタシはキミになった。


 キミは今日もゴミを拾う。

 砂浜でゴミを拾う。

 キミが歩き続ける砂浜は肌理きめこまやかなシルクのように白く平らで美しい。

 燦々さんさんと照らす太陽の優しい暖かさを感じながら、一定間隔で打ち寄せるなだらかな潮騒しおさいを聴きながら、只々ただただ黙々と拾い続ける。

 そのゴミは硬く黒く、柔らかい白い砂浜の上ではとても目立っていて、まったく見落とす気配がないのだった。

 キミは火ばさみでつかんだゴミを背負っているゴミかごに入れていく。

 どうやらゴミは海の向こう側からぷかぷかと波に乗ってやってくるようで、キミが拾ったそばから流れ着いてはまた白浜にころりと転がっている。拾い続けたらきりはないが、らちかないわけではない。キミはいつも通りの道順で拾い終えると、ふうっと短く溜め息をついた。

 誰も見ていない所なので、周りを気にせずもっと大きく達成感を膨らませて吐き出してみても良いのだが、しかしながらそれはむしおのれに向かってのものであるからこそのつつましさのようでもあった。

 ゴミ籠はずっしりと重い。そうなる頃には太陽も海の向こう側に沈んでいる。

 キミが振り返るとそこにはやはりゴミがあった。しかしそれでも全く気にしていないようだった。帰り道にでも拾うかと言えば否。キミは砂浜を上がり少し湿り気を帯びた土の上を踏み踏み歩いて帰るのだ。

 気分転換とでも言うべきか。キミは帰りながらゴミを拾うのを嫌った。帰りはあくまで自由時間なのだというように。ともあれ拾いながら帰ったところで籠の重みに耐えきれず砂浜に戻してしまうのだろうから、それが最良と言えば最良の選択なのであった。

 

 家に帰る頃には日もとっぷりと暮れ、日中の白浜しらはまはどこへ行ったのかというほどに海の紺色が砂浜に溶けていた。

 キミの家は煙突屋根の小さな一軒家。

 周りには何もなく、何もないから庭もへいもない。一人で住んでいるので部屋も少ない平屋の作りだ。

 キミは部屋の中に入ると暖炉だんろの前に座った。それは煉瓦れんが造りのもので、外から見えた煙突はここに繋がっている。暖炉はすすけているが、灰などの燃えカスは存在しない。

 キミは今日拾ったゴミを籠から取り出し暖炉にくべた。

 黒いゴミ。キミが砂浜で拾うゴミは全て水を嫌い火を好む。

 そう言う特性があるおかげでだんを取るには最適な燃料だと言えた。

 火をつけるともくもくと煙を上げた。

 キミは心底安らいだようにゆっくりと息を吐き、火に当たる。

 しばらくの間体がぽかぽかになるまで温め続ける。日が暮れてからにわかに吹き始める冷酷な風は、いつもキミの体温を奪っていく。であれば早々に撤収をすれば良いのだが、しかしながらキミは日が暮れるまでゴミを集め続けなければいけなかった。なぜならこのゴミはとても燃えやすいけれども、すぐに燃え尽きてしまうから。だからこの部屋を暖めるのに十分な量を取るとなると、日が暮れるまで拾い続けるしかないのだ。

 キミは暖炉の前で少しくつろいだ後、スープを作ってそれを飲んだ。

 嚥下えんかした瞬間にほとばしるヒリついた熱は、咽喉のどに少しの後遺症も残さずに過ぎ去ってお腹を温めた。

 暖炉に当たって、スープを飲んで温まる。それがキミの唯一の安息であり楽しみであった。夢や希望と呼ぶにはいささぬるいが、日常を繰り返す為には十分なぬくみでもあった。

 そうして、暖炉にくべるだけのゴミが籠から無くなるまで、ぼうっとくつろいでいた。ゴミが無くなった事が就寝の合図だ。

 火の始末をした後、キミはベッドの上で横になった。

 部屋は十分暖かい。

 この暖かさが、朝日が昇るまで続くことをキミは知っている。

 キミは眠りに落ちるまでの間、窓から見える海の向こうを見ていた。

 海は相変わらずの紺色をなびかせているが、その奥の奥、太陽が消えて行った水平線は青白く光っていた。あの光が何なのか、正体は解らないが、キミは何となくあの光が何なのかを予想していた。

 あの光は、もしかしたらゴミを発生させているのかも知れない。

 或いはゴミが燃え易くなるようにしているのかも知れない。

 或いはゴミが水に浮くようにしているのかも知れない。

 或いはゴミが固くなるようにしているのかも知れない。

 或いはゴミが黒く……。

 闇の向こう、青白い光を見ながら思いをせ、キミはゆっくりと暖かな暗闇へ落ちて行った。

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