am05:20~

   am05:20


 №31・仲峰司は隣の倉庫の屋根から、標的が隠れた倉庫に転移を試みようとしていた。

 だが自分の能力では視認しなければ移動できず、そして倉庫の中は薄暗く、採光通風のための天井付近の窓からは、中の様子がまったく見えない。

 普通に入れば標的から攻撃を受ける。

 逡巡していると出入り口から標的が外へ飛び出した。

 実験体を強奪した標的は、ほとんど間を置かずに自分を見つけ、銃撃を加えてくる。

 即座に腹這い状態になって銃撃をやり過ごし、標的が向かいの倉庫間の通路に飛び込んでから、その倉庫の屋根に転移した。

 標的がいると予想される真上から、拳銃を構えながら様子を窺うと、標的は同時に自らの真上に視線を向けた。

 そしてこちらより早く発砲する。

 反射的に飛び退いて銃撃を回避。

 なぜ標的は自分の位置がわかったのか。

 疑念と同時に不意に自分の影に気付いた。

 影は直接標的の付近に映されていたわけではない。

 しかし光に微妙な変化は出る。

 標的はその光の加減で真上から狙っていることを察知したのか。

 仲峰司は改めて畏怖に近い敬意を抱いた。

 確かに超能力を持っているわけではないらしい。

 だが、前に荒城啓次が言っていたとおり、彼は常人の範疇にある人間ではない。

 通常の感覚だけで、恐ろしく鋭敏に移動地点を察知し、それに対応している。

 拳銃の扱いに関する練度も自分とは比較にならず、明らかに普通の人間の中では最高クラスの戦闘能力を保有している。

 しかし負けるわけには行かない。

 副所長の言動は常軌を逸し始め、自分より先に実験体の奪還を試みようとしている。

 美鶴に戦わせれば確実に成功すると考えているのだろうが、しかし美鶴だけは戦わせたくなかった。

 妹は人を殺せるほど強くはない。

 なにより人を殺させたくない。

 汚れるのは自分一人だけで十分だ。

 そして奪還に失敗すれば、副所長は大学長に誇張した報告をする可能性があり、長じて自分と美鶴のランクが落とされる。

 氷川悠樹は自分たちを特別扱いしているが、それはあくまで能力と仕事の結果に対する報酬であり、個人的感情はない。

 もし能力が低いと判断すれば、躊躇なくランクを落とすだろう。

 薬物実験の対象にでもなれば、今までのことが全て無意味になってしまう。

 無線から会話を聞き取った仲峰司は、妹を戦わせないために可能な限り高速度で港へ向かい、妹より早く到着した。

 途中の道路で簡単な妨害工作もしておいたが、余裕は十数分程度だろう。それまでに決着をつけなければならない。

 弾丸を再装填すると仲峰司は意識を集中した。

 空間の歪みが生じ、通常の距離は意味を成さず、実計数零に変わる。



 護送者は倉庫正面に移動した。

 屋根が少し突き出しており、真上からは撃ちにくい位置だ。

 右横から耳慣れた金属音が届いた。

 同時に真正面へ向かって走り、横撃ちで敵を牽制する。

 追跡者も発砲してきたが、居場所が察知されたことに動揺してか、それとも腕の問題なのか、全て外れた。

 護送者も同じだが、走りながら命中させるのは極めて困難だ。

 倉庫間の細い路地に飛び込み、放置してあるドラム缶に身を隠し、空になった弾倉を交換する。

 正面から銃撃。

 対応して二発撃ち返すが、姿は確認できなかった。

 後方から靴と地面の擦る音。

 ドラム缶を飛び越えて反対側に身を隠し、弾丸とドラム缶が激突する不協和音が鳴り響く。

 撃ち返した時に一瞬見えたが、消える瞬間だ。

 次はどこに現れる。

 頭上か、後方か、前方か。

 駄目だ。

 屋外では対応しきれない。

 護送者は倉庫の窓を破って中に飛び込んだ。

 ガラスの破片が体に降り掛かる。

 それをコートの一振りで払い落とすと、物陰に身を潜める。

 この倉庫の番号は九番。

 五番倉庫の斜め二つ先。

 追跡者が実験体の奪還を優先すると、再確保に時間がかかり、出航に間に合わなくなる可能性がある。

 自分を仕留めることを優先すればいいのだが。

 懸念は杞憂に変わる。

 天井近くの窓からの採光に照らされた箇所に、唐突に人影を確認した。

 即座に銃口を向けて引き金を絞ったが、相手が動いたため弾道から外れ、右後方のコンテナに命中。火花が飛び散った瞬間には、その姿が消える。

 現在交戦中の追跡者は、№31・仲峰司。

 病院で対峙し、ショッピングモールLシックで銃を交え、金坂大学第三研究所で少しだけ会話をした人物。

 空間転移能力者。

 護送者は全神経を極限まで鋭敏にする。

 空気のわずかな流れを感じ、微細な物音を聞き逃さず、視界の端に移る不自然な影を見落とすな。

 相手の移動能力は常識では計れない。



 №31・仲峰司は標的が入った第九倉庫に、天窓から空間転移を行った。

 採光で微かに見える位置に転移したが、明確に視認できなかったためか、転移位置が床数センチ上だった。

 暗闇で階段を下りる時、まだ一段あると思って足を踏み出した時のように、体のバランスを崩す。

 だが幸運が味方したのか、標的に即座に気付かれて銃撃を受けたものの、姿勢を崩したことで、弾丸はスーツを擦過しただけで、右脇のコンテナに着弾する。

 一発目で再転移し、コンテナの上に移動。

 その場で腹這いに伏せて隠れるが、位置的にこちらも標的を発見できない。

 それに加えて明るい場所から暗い場所に急に移動したためか、まだ目が馴染んでいない。

 その場で薄明かりの状態に慣れるまで待機する。

 急に体力を消耗していること実感する。

 これほど長時間に亘って空間転移を繰り返すのは滅多にない。

 特に港での戦いが始まってからは、回数が多い。

 それもたった一人の敵にだ。

 これ以上長引くと、体力低下によってなんらかの失敗を招くかもしれない。

 早急に決着をつけなければ。

 やがて倉庫全体が見えるようになり、二階に物置があることに気付いた。

 倉庫を少し改築して設置したものらしく、木材の板で床が作られている程度のものだ。

 倉庫天井部の三割ほどを占めており、壁や柵はなく吹き抜けになっている。

 端に設置された小さな階段で下と移動できるようになっている。

 少し身を乗り出して周囲を窺ってみるが、標的の姿は確認できない。

 コンテナや木箱に隠れているのか、単に視角から外れているだけなのか。

 真上からならば確認できるだろう。

 そして外とは違い、倉庫内部では光の変化がほとんどなく、それによって察知することは困難だ。

 二階物置に意識を集中して転移し、足音を立てないように慎重に移動すると、下を確認した。

 標的の姿が木箱の間にわずかに見えた。

 仲峰司は回転式拳銃を構えると、床が微かに軋んだ音を立てた。

 標的は即座に反応し、二発撃ち込んできた。

 余裕がなく回避行動を取れなかったが、体一つ分外れていた。

 標的の射撃技術から考えると外すとは信じられないが、おそらく下からはこちらが見えず、正確な位置までは捕捉できないのだ。

 仲峰司は応戦して二発撃ち込んだが、標的はすでに木箱間からコンテナ脇へ疾走しており、弾丸は木箱の端を弾いただけに終わる。

 そして標的は見当だけで狙っているのか、疾走しつつ連続して銃弾を送ってきた。

 転移に間に合わず、身を屈めて相手から体表面積を小さくしてやり過ごす。

 左腕に一発かすり、皮膚に擦過傷を作ったが、合計六発の弾丸は幸運に恵まれたおかげか体を避けてくれたようだ。

 だが仲峰司は焦燥と危機感を強めた。

 普段なら転移できる時間があったにもかかわらず、間に合わずに攻撃を受けた。

 体力の消耗に伴って能力も低下しているのだ。

 標的は真下のどこかにいるが、ここからでは見えない。

 しかし迂闊に下に移動すれば、標的に姿を確認され、その時点で確実に終わりだ。

 あの男より優れているのは移動能力であり、それだけが勝算に通じる要素だ。

 同じ場所で、同じ条件で勝負を仕掛けても勝てない。

 勝算が必要だ。

 周囲を見渡すと、壁際にフォークリフトを見つけた。

 最後に使った者が忘れたのか、鍵が付いたままになっている。

 仲峰司は一つ奇策を閃いた。

 だが失敗は死に繋がる。

 標的は身を潜めているのか、動く気配はない。

 必要以上に時間をかけるのは危険だ。

 この作戦に限らず、失敗は常に死に通じている。

 仲峰司は実行を決断した。

 フォークリフトの陰に転移し、しばらく動向を見てみる。

 転移したことは気取られなかったのか、反応はない。

 標的の位置は二階物置の下の辺りだ。

 仲峰司は意を決すると、フォークリフトに乗り込み鍵を回した。

 調子が良いのか普段から整備されているのか、エンジンは一秒かからずに始動し、仲峰司はハンドルを切ってアクセルを踏みつけた。

 標的が身を乗り出して銃撃を開始したが、仲峰司は積まれていた木箱にフォークリフトを正面から当て、強引に積載させて盾にすると、そのまま標的に向かって走らせた。

 轢かれることを予想したのか標的は移動を始めたが、仲峰司はその方向へフォークリフトを走らせた。

 進行方向に積まれている木箱に衝突させれば、木箱は標的に向かって崩落することになる。

 アクセルを踏み込んで積まれた木箱へフォークリフトを突っ込ませた。

 木箱は固定のために三つをベルトで止めてあり、連鎖的に崩落する。

 だが、木箱が崩れる中を、標的は一気に疾走して巻き込まれずに突破した。

 そしてフォークリフトに銃撃を加えようとしたが、その時には仲峰司は転移していた。

 標的真上の天井付近の空中に転移した中峰司は、重力の法則に基づいた自由落下し始め、だが、標的が顔を上げ、視線が重なる。

 これでも気付くのか! 

 仲峰司は羨望に近い気持ちで胸中叫んだ。

 フォークリフトと木箱の質量による二重攻撃で、回避したとはいえ多少なりとも動揺し、感覚が鈍ることを期待したのだが、まったくといって良いほど効果がない。

 だが、狙いはここではない。

 標的は銃口を向け、そして仲峰司は空中で空間転移を実行。標的の弾丸はなにもない空間を通過する。

 そして仲峰司は標的の真後ろに出現した。

 しかし通常ならば完全に虚をついたはずの連続転移さえも、標的は察知した。

 着地の瞬間の音からだろうが、反射神経が良すぎる。

 だが、まだ予想の範疇であり、そして次が体力的に限度だ。

 仲峰司は三度目の連続空間転移を実行し、標的が引き金を絞る前に移動した。

 そして標的はさらに背後で発生した音に反応して、体を強引にねじって、振り向きざま拳銃を発砲した。

 空間転移が終了した仲峰司は、標的の後姿、完全に背中を見せている姿を確認して、勝利を確信した。

 標的が反応した音の正体は、真上に転移したさい手から落とした、一発の弾丸だ。

 それは仲峰司と共に落下し、彼が空間転移した後も落ち続け、そして今、崩落した木箱に当たり、音を立てた。

 神経を極限まで鋭敏にして、自分の位置を察知していた標的は、そんな些細な音にも反応し、そして最後の空間転移は、実は前方数メートルに移動しており、つまり標的の正面へ向かって転移した。

 そして今、弾丸の落下音に反応した標的は、背後を見せている。

 相手の動きを自分が制御する。

 戦いの基本であり究極である技術に成功したのだ。

 仲峰司は標的の後頭部に銃口を向け、引き金を絞った。

 一発の銃声。

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