2318年のクリスマス

ぽてゆき

『2318年のクリスマス』

 今日は2318年の12月35日。

 つまりクリスマス……なんて言うと、昔の人は首を傾げるだろう。

 なぜなら、元々12月は31日までしかなく、クリスマスは12月25日だったらしいから。


 突如、遙か遠く宇宙の彼方から飛んできた謎の光、その影響で地球は公転周期をずらされてしまった。

 当時は全人類大騒ぎだったらしい。

 僕にとってはこれが普通だけに、昔は今より1年が短かかったなんてとてもじゃないけど信じられない。


 まあ、今も昔もクリスマスが年末にあるってことは同じ。

 普段はみんな、宇宙の星々で暮らしたり仕事したりしているのに、なぜかこの時期になると多くの人たちが地球に戻ってくる。

 昨日、火星の空気循環システム会社に就職した友人と1年ぶりに再会したけど、なんでこっちに帰ってきたのかと聞くと、


「やっぱり地球で見る初日の出が一番綺麗だからね。それに、やっぱここが故郷って感じがするし」


 だって。

 そもそもおまえは月の出身で、大学に通っていた4年間しか地球に居なかったろ……というツッコミが出掛かったが、まあ日の出を褒めた件でチャラにしてやった。


 初日の出が理由かどうか分からないが、とにかくもう地上に人が溢れかえっている。

 昔と違って、今の地面は常に少しだけ浮いているのだが、人間の重みでそれが落ちてしまうんじゃないかと心配になるぐらい。

 ちなみに、陸地が浮いてるってことを僕が初めて知ったのは中学の時。

 歴史の授業で『頻発する大地震に備えた対策として、20**年に地球上すべての地面を浮上させる<浮遊陸政策>が行われた』と習った時は、心底驚いたことを今でも覚えている。

 クラスのみんなはほとんどその事を既に知っていたので、その後しばらくイジられ続けた恥ずかしい記憶と共に。

 友達は「普通に親から聞いたけど」と言うので、家に帰ってから両親を問い詰めた。


「ああ、すまんすまん。そんなの知ってるもんとばかり思っててな」


 そうごまかしたが、たぶん嘘だ。

 なぜなら、うちの親は2人揃って大の宇宙好きで、僕は小さい頃からずっと宇宙の話ばかり聞かされてきた。

 地球から見た月の表側は美観保持のためにビルの建築や人が住むことが禁止されているのと比べて裏側は大都市になってるとか、セレブたちはこぞっと土星の輪に別荘を建てたがっている、とか。

 それに比べて、地球の話なんて一度も聞いたことが無い。

 僕は生まれ育ったこの星が大好きなのに、何も教えてくれなかったり、興味無い態度をとることに苛立ちを覚えて、


「2人はなんでそんなに地球のことが嫌いなの?」


 と、率直な質問をぶつけたりもした。

 その直後は無言で何の返答もしなかった父が、少し経ってから手紙をくれた。

 ……いや、手紙というかただの白紙。

 意味がさっぱり分からなかったが、その翌日、ふとその紙を見てみると文字が浮かび上がってきた。

 そこには、父自身そして母の分も含めて、宇宙に対する強い憧れが切々と書き綴られていた。


 そもそも、今の人類は大きく2種類に分けられる。

 それは、宇宙に行ける者、そして行けない者。

 その手紙を読んで初めて知った。うちの両親、そしてこの僕も後者であることを。

 宇宙にどれだけ行きたいと願っても、絶対に行く事は叶わない。

 なぜなら、体質的に地球の大気圏外に飛び出した瞬間に死んでしまうのだ……!

 その原因はただ1つ。

 地球の1年を長くしてしまったあの<謎の光>だ。

 

 宇宙の彼方から突如飛来したその光を浴びた人間の体には、遺伝子レベルである特殊な情報がすり込まれる。

 その情報はある意味とても危険な爆弾のようなもので、宇宙空間に飛び出した瞬間に起爆して、持ち主を死に至らしめる。

 さらにたちの悪い事に、その遺伝子は親から子へと確実に受け継がれるらしい。

 つまり、僕の遠い先祖は<謎の光>を浴びたってわけ。

 ちなみに、その光は地球全体を覆い尽くすほどの広範さを持っているのと引き換えに、物質への透過力が極めて低かったことで、何かしら建物の中に入ってた人はその脅威から免れることができたって。

 つまり、<謎の光>が飛来したその日、その瞬間、建物の外に居た人だけが、永遠に宇宙へ行けない呪縛に捕らわれることになった、というわけ。


 そんな恐ろしいモノがこの体の中に埋め込まれているなんて考えるとちょっと怖いけど、僕は意外と気だった。

 なぜなら、何度も言うけど僕はこの星が大好きだから。

 爆弾遺伝子を持っていない人たちがこぞって宇宙に飛び出した結果、地球の人口は大幅に減少した。

 都市部は縮小する代わりに自然が広がった。

 緑が映え、海は澄み、空気がとても美味しくなった。

 ……と言っても、僕はそうなってから生まれたわけで、昔の環境と比較することはできない。

 でも、ただ単純に、住み心地が良くて好きだな……そう思ってるってこと。


 だから、高校の修学旅行の行き先が火星だったけど僕は行けなかったり、月で生まれたアイツが地元の人式から帰ってきて盛大だった事を自慢されたりしても、それほど悔しい気持ちにはならなかった。

 まっ、正直ちょっと行ってみたいな、ぐらいに思うことはあるけど、死んでも行きたいとは決して思わない。


 しかし、どうやらうちの親は死んでも行きたいぐらい、強い憧れを宇宙に抱いてるらしい。

 その手紙の最後は、こんな一文で絞められていた。


『お前が立派な大人になった頃、私たちは宇宙に行こうと思っている』


 当時は、そんな風に書いてあったものの、まさか本気で考えているとは思っていなかった。

 だから、そんな手紙の事などすぐに忘れてしまい、普通に暮らし続けた。

 ところが、僕が社会人になって3年目の今年。

 暑い夏が去って枯れ葉が舞い散る頃、ひとり暮らしをしているアパートに両親からの手紙が届いた。

 そこには、『来年の正月は金星で迎えることにした』と書かれていた。

 僕は、太陽系でも綺麗に日の出が見えるのは金星だ、と宇宙情報誌に書いてあったことを思い出していた。

 月生まれのアイツの言葉を聞かせてやりたいって思ったけど、自分の親がこうと決めたら絶対に変えない性格だってことも十分に分かっていた。

 

 社会人になってから、仕事が忙しいこともあって親と会う機会はほとんど無かったけど、その手紙を貰ったは、週一ぐらいのハイペースで食事に誘った。

 会って話す内容は、たわいの無いものばかり。

 子供の頃に家族で行った遊園地でのちょっとしたハプニングだとか、運動会の借り物競走で母親がとんでもないもを貸した話だとか。

 

 普通に笑っている親の顔を見る度に、胸が張り裂けそうになった。

 どうにかして宇宙行きをやめさせたい気持ちがどんどん強くなる一方で、それって逆に笑顔を奪うことになるんじゃないか、と葛藤した。

 

 大学の先輩にミロ生物学の専門家がいて、例の爆弾遺伝子について相談してみたりもしたけど、今まで数え切れないほどの科学者達が研究しても解決に至らなかったこと、それが全て、と諭された。


 木星に住む宇宙一のカスマ相談師とか言う怪しげな電話相談室にかけたりなんかもしてみたけど、結局その人は宇宙に行ける側の人間であって、そうでない人の心なんて分かりっこない……ということが分かっただけで終わった。


 トレートに「行かないで!」って言おうとしたことも数え切れないほどあったけど、その度に思いとどまった。


 そうこうしているうちに、季節はもう冬。

 12月に入ってすぐ、僕は図書館で興味深い本を見つけた。

 それはタイムシン開発に関する歴史について書かれた文献で、やたら小難しい専門用語がちりばめられていてすぐに閉じたくなるような代物だったが、その最後の方のページに気になる一文を見つけた。


『そして結局、サンタクローシステムだけが残った』


 残った、ってことは今もあるはずなのだが、そんな言葉まったくの初耳。

 その足で図書館の人に聞いてみると、役所に行けば誰でも利用できる、と教えて貰った。

 すぐ役所に向かうと、フロアの片隅に『サンタクロースシステム受付所』なる窓口を発見。

 担当の人に、ざっくり説明して貰った。


 サンタクロースシステムとは、ざっくり言うと<過去へのメッセージ送信>を実現するもの。

 そもそも、タイムマシン研究が盛んに行われていた22**年、ある大事件が発生し、全世界、全宇宙においてタイムマシンの開発が制限されるようになったらしい。

 だけど、果てしないほどの時間と数え切れない程の人間が積み上げた研究を完全に破棄するのはあまりにもったいなさ過ぎる……ってことで、生まれたのがサンタクロースシステム。

 それは、過去の時代に手紙を送れるというもの。

 ただし、当然ながら様々な制限が課せられている。

 その中でも大きな制限は2つ。

 1つ目は、歴史の変わるほど大きな出来事があった日時に関する記述は伏せ字となる。

 2つ目は、そのシステムを利用出来るのは1年に1度。クリスマスの日のみ。

 

 ……そう。

 これは、サンタクロースシステムを利用した過去への手紙。

 宛先はあなた。

 僕の先祖であるあなたにお願いがあります。

 爆弾遺伝子を植え付ける<謎の光>が飛来する日、必ず家の中に居て下さい。

 しかし、制限により明確な日時を書くことはできません。

 その代わり、最後にメッセージを伝えます。


『唐突に現れる黒点の真下にある言葉を拾い集めた時、金星から見る初日の出は美しく輝くでしょう』

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