一 はじまりの話③
「だから! そのような者、さっさと首を刎ねてしまえばよいのだ!」
どこぞの有力貴族の声が、会議の場に響く。
もう夜中だというのにお元気なことだ。紫乃宮圭人はどうにかこうにかあくびを噛み殺しながら口の中だけで呟いた。
あの騒動のあと、女王一行は列車で桜都にトンボ返りして『女王陛下の地方視察の邪魔をした小娘』の処遇を決める会議に強制参加状態だった。
「しかし、そのような真似をしてみろ。諸外国はここぞとばかりに『やはり和桜国は昔から何も変わらぬ野蛮な国よ』とあざ笑うに決まっておる!」
小娘を処刑しようという意見に反論するのは、優太の父親である紅瀬波侯爵。
「ならば! こたびの騒動、誰がどのように責任を取るというのだ!」
圭人に言わせれば、こんなものは会議でもなんでもない。ただの、貴族たちの主導権争いだ。庶民の子どもの喧嘩のほうがドロドロしていないだけ、まだ見ていられるだろう。
「んー……今日のところは、うちの親父も適当に引き下がればいいのになぁ」
「そういうわけにもいくまい。相手が、緑河侯爵だからな」
「緑河家はうちの天敵だから反対したいのはわかるがな。ったく面倒くせぇなぁ、さっさと警備責任者の俺を厳重注意処分にでもして、さくっと終わればいいのに」
「馬鹿。そうなればお前の経歴に傷がつくだろう」
「あー……なんでもいいから、早く終わらないかなぁ」
ヤケ気味に優太はぼやく。
しかし、この会議で彼以上にいらいらをためている者がいることに、圭人はまだ気づいていなかった――
「そのようなことができるわけなかろうが!
「貴公こそどこに耳をつけておるのだ! 私は、薄汚い小娘がこともあろうに陛下の観桜を邪魔したことが」
「そうか――つまりは、こういうことか」
会議という名の怒鳴り合いの声を割って、冷ややかな少女王の声が響く。
「その娘が、わらわに目通りできるような、西洋風に言うなればレディであれば、このような騒動にはならなかったと」
「いや、あの、陛下……その」
「黙れ。このわらわ――樹乃花姫の言葉を遮るのか」
取り繕うようなどこぞの貴族の声を、女王陛下はねじ伏せる。
「……あれは……まずいぞ」
「あぁ、陛下は……相当キレておいでだな……」
……考えれば当たり前ともいえる。女王陛下にとって、せっかくの息抜きである遠出と花見を邪魔され、トンボ返りで桜宮に戻ってきての、この深夜になっても終わる気配のない会議だ。
こんな目にあったら、たとえ十七歳の少女の身でなくとも、血管のひとつやふたつ切りたくなるというものだ。
「ならば、その娘をレディにしてしまえば、何も問題はないのだな。聞けばその娘はわらわとそう年の変わらぬ、親のない子供だというではないか。少しは哀れにもなるというもの。あの狼藉も、親の墓前に供える花が欲しかったためと聞いておる。わらわはそのような孝行娘を罰することはできぬ、が……あのような行いをしたことは、確かにきちんと改めさせねばならぬ。よって」
和桜国女王・樹乃花姫は豪奢な王錫をだんっ!! っと床に叩きつけた。
「娘の身柄は、宮廷魔術師主席・紫乃宮圭人の預かりとし、教育の一切を任せるものとする。圭人、あの娘をどこに出しても恥ずかしくないレディに育ててみせよ」
「……は?」
「この国の誰もが力を認める魔術師の預かりであれば、お前たちも手出し口出しをせぬだろうからな」
ついさっきまで小娘の首を刎ねるように言っていた貴族たちを、女王は氷のような目で一瞥して、それから圭人のほうに顔を向ける。
「……さぁ、わらわの宮廷魔術師どの。お返事はどうしました?」
にっこりと愛らしく微笑んだ樹乃花姫。その白い手には王錫。そして腰掛けているのは簡易なものとはいえ、玉座。
彼女はただの少女ではなく、桜女神の血を受け継いだこの国の最高神官であり、そしてこの国を治める女王だ。
これは王命。
つうっ……と、圭人の背中に冷たい汗が伝い落ちる。
圭人には、その時間が異様に長く感じられた。
――なぜ、こんなことになったのだ……!?
だが、どんなに理不尽で受け入れがたい命であったとしても――
「かしこまり、ました……」
宮廷魔術師主席であり、伯爵家当主である紫乃宮圭人はそれを、粛々と受け入れる以外ないのだ――。
「それはようございましたわ。では圭人、近う寄りなさい」
女王・樹乃花姫に王錫でもって手招きされれば、圭人に拒むことはできない。
言われたとおり傍に寄ると、ほんの小さな声で樹乃花姫は言った。
「いきなりこんな妙なことを命じてしまい、申し訳なく思います」
「女王陛下……」
「でもわかって。あの子を救うには、こういう大袈裟な形にしかできなかったのです」
「……」
何も言葉が見つからず沈黙する圭人を見つめて、女王・樹乃花姫は名前の通り、花のように儚く微笑んだ。
「あぁ。本当に……なんでもできるはずなのに、不自由な身分ですわ、女王って」
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