第10話 継承者
目を開けるとそこは不思議な空間だった。
「ここは何処だ?」
妙な浮遊感、それに何か変な感じがする。
何が変なのかと聞かれると答えようがないのだが。
「これは夢か?それにしてはなんか現実に居るような感覚なんだが...」
そうやって1人で唸っていると。
「やっと目が覚めたか、継承者よ」
後ろから1人の老人に声をかけられた。周りを見てみるが、どうやら俺と老人の2人だけのようだ。
「何者だ?」
どうにもこの老人、ただの老人には思えない。
ただ立っているだけなのに、なんというかオーラが違い過ぎる。向かい合っているだけで圧倒されそうになる。
「何者だと聞かれても困るなぁ、儂はただの神だからな」
は?
「すまん爺さん、俺少し耳が遠くなったかもしれん。もう1回言ってくれないか?」
「お?そうか、ならもう一度自己紹介じゃの。儂は神じゃ」
.........えー?
「これはやはり夢か…」
俺は寝直そうとする。
「待て待て!待ってくれい!お前に大事な話があるんじゃよ!」
自称神様が慌てて俺を止めようとする。
「うるせぇ!いきなり現れた爺さんが神様でしたー。なんて信じられるわけないでしょうが!」
「信じてもらわないと困るんじゃよ!とりあえず話だけでも聞いてくれぇい!継承者に乱暴はしたくないんじゃよ!」
ん?継承者?
「そういえばさっきも俺の事を継承者って言ってたよな?それはどういう事だ?」
継承者という単語が気になったので、とりあえず話だけでも聞いていく事にした。
「その前に、今お前さんが体験しているこの現象の説明をした方が良いのではないか?」
「そうだな、正直訳が分からん」
目が覚めたと思ったら、部屋じゃなく、謎の空間にいました。なんて普通驚く。
「お前さんは全然驚いてるようには見えんがな...」
「な!?爺さん心読めるのか!?」
「そりゃ儂は神じゃからな。では話を戻そう。今儂達が居るのは、天界の一部じゃ。儂は天界で天使達と共に下界、つまりお前さん達の世界を見守っておる。それで少し問題が起きてしまったので、継承者であるお前さんを招待した訳じゃ」
招待っていうか強制連行な気がするが...
「質問いいか?今俺はどういう状態なんだ?これは俺の肉体なのか?それとも下界に肉体だけ置いて幽体離脱みたいな状況になっているのか?」
「安心せい、肉体はちゃんと下界にある。朝起きたらお兄様が行方不明でイリアちゃんが暴れ出す。なんて事件は起こらんよ」
この爺さん...ほんとに考えることを読んでいやがる...!
「それならまずはひと安心だ。とりあえずここまでの話は理解できた。爺さんが神様だって事も信じよう。それで本題なんだが」
「継承者についてじゃな?とりあえず、儂の昔ばなしから聞け、それを聞かんと始まらん」
「それは...長くなるのか?」
「わからん。人間にとっては長いかもしれんが、儂らにとっては短い話じゃよ...」
爺さんは懐から巻物を一つ取り出し、開いた。
「ここに描いてある絵を見ながら説明するから、そこまでわかりずらくはないと思うんじゃが...わからん時はとりあえず聞いてくれ」
そう言って爺さんは話を始めた。
「今からおよそ5千年前、儂はいつものように天使達とここで暮らしておった。その頃の儂はまだ若くての、天使達もまだまだ子供のようなものじゃった。それで私は遊び道具を求めた。よっぽど退屈じゃったのだろうな、大量の力を使い、下界を創り出した。そして、そこに様々な生物を創り出し、その中でも最高傑作だったのが人類だった。儂の姿を元に形造り、それがいろんな方法を使って生き抜いていく姿を見るのが楽しくてしょうがなかった。この部分を見てみろ」
そう言って絵の一点を指指す。
「人みたいなのが...これは獣を狩っているのか?」
「その通りじゃ、こんな感じで人類は進化して行った...。そう、儂が脅威に感じる程にな。」
そこで爺さんは一度話を区切った。
「ここからは儂の黒歴史じゃ、聞いてて気持ちいいものでは無いが。最後まで聞いてほしい。儂自身への戒めの為に」
爺さんは真剣な眼差しで俺の目を見る。
「安心しろよ爺さん。ここまで来たんなら最後まで聞くよ。継承者ってやつも気になるし」
「感謝する...では話を続けよう。さて、進化した人類は、儂の存在に気付き始めた。そう、自分達を最初に生み出した存在がいるのではないかと。儂は基本的に無干渉を貫いていたのだが、つい調子に乗って干渉してしまった。思えばそれが始まりだった。人間は、儂を唯一神とせず、様々な種類の神を信仰し始めた。干渉というのは、ここで、その様々な種類の神を私が生み出してしまった事なんじゃ。人間は様々な神を信仰した。それにより、神々は誰が一番信仰されているのかという事を競い始めた。すると、その1人に一番信仰を得られなかった存在がいたのじゃ。」
「それが魔神か?」
「その通りじゃ、察しが良くて助かるぞ」
爺さんは再び絵の一点を指指す。
「ここなんじゃが...お前さんにはどう見える?」
「どう見えるって言われても...」
そこには、人間が武器を持って獣と戦っている場面が描かれていた。
「人間が、獣を倒そうとしているようにしか...ん?この火の玉はなんだ?」
絵をよく見てみると、人間の方を火の玉のようなものが襲っている。
「これ...もしかして魔法か?」
だが、人間が使っている様子は無い。とすれば答えは一つ。
「この人間達が相手にしているのは...魔物!?」
「流石じゃな、大正解じゃよ」
爺さんが拍手を送ってくる。
「信仰を得ることが出来なかった魔神は、いっその事人間を滅ぼしてしまおうと動き始めた。魔神は、その力を使い、魔物を創り出した。そして魔物を下界に送り、暴れさせた。人間達には魔力が無い、しかも魔物には魔力が無いと有効打は望めない...つまり人間はただ蹂躙されるしかなかった。」
「だから、人間に魔力を与え、魔物に対抗出来るようにした」
爺さんが目を見開く。
「知っておったのか?」
「多分その後の話は大体把握できてると思う。その後爺さんは人間と共に魔神と戦い、封印したって事だろ?」
「その通りじゃ。やはりお前さん...只者ではないな?人間達の記憶からは私の存在は消していたはずなんだが...何故その話を知っている?」
「国の禁書子にあった古文書に書いてあったんだよ」
しかし、爺さんは首を傾げて、
「儂、古文書なんて作った覚えないぞ?」
とか言いだした。
「どういう事だ?じゃああの古文書は何なんだよ?」
「うーむ、天使なら何か知っとるかもしれんな。」
そう言って爺さんは指を鳴らした。すると、どこからともなく1人の女性が現れた。背中には大きな羽根、そして頭の上には光の輪がある。
「お呼びでしょうか?」
「メタトロンを呼んできてくれ」
「了解しました」
そう言って女性は消えた。
「今のが?」
「うむ、天使じゃよ。今来たのはウリエルと言って、天使の中でも最高位に立つ4人の内の1人じゃ。」
そんな感じでしばらく待っていると。
「メタトロン、参上致しました」
今度は少女が現れた。
「おお、来たかメタトロン。実は聞きたいことがあってな。サム君、彼女が書記を担当しているメタトロンだ。」
「初めまして、継承者様。私はメタトロンと申します」
「えっと、初めまして。」
いきなり過ぎて、返事が少し変になってしまった。
「でだ、メタトロンよ。お主、下界にある古文書について何か知っておるか?」
「下界に古文書?内容はどのような?」
「魔神と人間の戦いについてだ。国の禁書庫にあったんだが」
「そんな馬鹿な!?そのような古文書、私は知りません!」
メタトロンが声を荒らげる。どうやら全く心当たりがないらしい。
「どういう事だよ...ん?」
ポケットの中に手を入れてみると、1枚の紙が入っていた。
「なぁ爺さん...これは現実の肉体じゃないんじゃなかったっけ?」
「ああ、現実の肉体を転写しているから、持ち物はそのままじゃぞ。じゃないとお前さんすっぽんぽんになってしまうからな」
「それ早く言って欲しかったよ...。とりあえずこれ、その古文書の内容のメモだよ」
そう言ってメモを爺さんに渡す。
「サム君お手柄じゃぞ!えーなになに?......これは!?」
神様が驚きの声をあげる。そして無言で紙をメタトロンに渡し、メタトロンも同じような反応を見せる。
「まず、結論から言うぞ。これは儂の言葉では無い。何者かが私になりすまして書いた物だ」
「どういう事だ?」
「『魔神復活の兆し見られし時、人類に1つの命を授ける。その者、魔力持つが、魔法使うこと叶わぬ。されど、その能力、特異なり。その力目覚めし時、魔神との決戦の時なり。我、その者を生み出す時、力を使い果たす時なり。人よ、力を手に入れ、我の代行者となれ。悪しき魔神に永劫なる眠りを与えよ』か。これに書いてある代行者とは、継承者の事だろうな。しかしじゃな、ここに書かれているのは継承者になる条件とは大きく異なっている。」
「じゃ、じゃあ俺が魔法を使えないのは継承者だからって理由じゃないのか!?」
それじゃあ結局俺の謎については何もわからないままじゃないか!
「継承者とは、この儂に代わり、下界を監視する役割を担う資格を持つ者の事じゃ、儂はほかの神々をまとめなければならんからな。下界を監視する暇がなかなか無い。だからそれを代わりにやってもらおうということじゃ。つまりはそんな代償、継承者にあってはならんという事だ。」
「じゃあ、魔法が使えない俺にその資格は無いんじゃないのか?」
「いや、お前さんは本当は魔法を使う事ができるはずだ。何者かによってそれを封じられておる」
封じられている?俺の魔法が?
魔法が使えない理由が、何者かによって封じられているからだなんて、俺のこれまでの努力は一体なんだったんだと言うんだ...!
「一体誰なんだ?俺の魔法を封じ込めたのは?」
「いくら儂でもそこまではわからんよ。自分自身で解明するしかないじゃろうな」
とりあえず使えない理由がわかっただけでもこの爺さんには感謝だな。
「とりあえず、これが儂の過去、そして人類の過去じゃよ」
「継承者についても理解はしたよ。全然実感は湧かないが...で?俺はいつそれを受け継ぐ事になるんだ?」
「お前さんがその寿命を終えた時、ここに自動的に召喚される。その後についてはその時説明するとしよう」
「人生は楽しめるって事だな、親切なシステムな事で」
「他に聞きたい事はあるかの?なんでも聞くが良い!」
俺はもう1つの気になった事を聞くことにした。
「俺の研究室に置いてあった謎の箱について何か知らないか?」
爺さんは顎に手を当てて少し考える。
「ああ、あれか中身はどうじゃった?驚いたか?」
「やっぱり知っていたか。あれの開け方がわからなくて悩んでんだよ」
「なんじゃと?開け方がわからない?開け方は紙に書いて置くように言っていたはずなんだが…2枚あったじゃろ?」
「1枚だったんですけど」
「...メタトロン、あいつを呼んでこい」
「...わかりました」
これまで黙って後ろに控えていたメタトロンに、爺さんは命令し、メタトロンはさっきのウリエルのと同じように消えた。
「すまんな、サム君。儂達の不注意で色々と迷惑をかけているようじゃ...」
「あんまり気にしてないから大丈夫だよ、爺さん」
「ならありがたいのじゃが...」
しばらくすると、メタトロンが戻って来た。その横にはもう1人の天使がいる。顔がメタトロンと瓜二つなので、おそらく双子だろう。
「呼ばれて参上サンダルフォンちゃんでーす。神様、お呼びでしょうか?」
性格は似ても似つかないようだ。
「何故サンダルフォンがここに?ガブリエルはどうした?」
「ガブリエルさんに聞いた所、忙しかったのでサンちゃんに代わって貰ったと」
「そういう事じゃったのか...」
爺さんは頭を抱える。なんか...苦労してそうだな。
「お?君が継承者のサム君?私サンダルフォンって言うの。よろしくね」
「よろしく。で、爺さん、こいつがあの箱を持ってきたって事でいいのか?」
「その通りじゃよ、してサンダルフォンよ、私は紙を2枚置いていけと言ったはずなんじゃが?」
爺さんがサンダルフォンにジト目を向ける。
「ああ、ガブさんに頼まれたあれですか?1枚どっかに消えたんで、とりあえず1枚置いときましたけど?なんかいっぱい罠があって滅茶苦茶めんどくさかったですよ、あの家みたいなの!持ち主の趣味悪いですよねぇ〜」
この女...持ち主が目の前にいるのに好き放題言いやがる。
「めんどくさい罠ですまんな。大事なものが沢山あるから仕方が無かったんだよ。」
そう言うと、サンダルフォンの顔からみるみる血の気が引いていく。
「あれ?もしかして...あの家って継承者君の?」
「家じゃないが、俺の研究室だ」
「もしかして...私やっちゃいました?」
やっちゃいましたじゃねーよ。こっちは大迷惑だよ!と、心の中でツッコミを入れる。
「あれには儂からサムくんへのプレゼントが入っているんじゃよ。それ故に解錠方法が特殊でな。だからあのメモを一緒に置いておくように言ったのじゃよ」
「不用心だな爺さん。それ盗まれたらどうする気だったんだ?このアホのせいで罠が全部壊れてたんだが?」
俺はサンダルフォンを指さしながら言う。
「とりあえず開け方を教えよう。たられば話をしてもしょうがない」
「流石神様。わかってらっしゃる!」
助け舟を出されたと思ったのか、サンダルフォンが調子に乗る。
「お前は後で説教じゃ!」
「そんなご無体なぁ〜」
サンダルフォンが崩れ落ちる。
「サンちゃん。私も一緒に受けてあげるから。元気出して?」
「メタ〜!」
サンダルフォンがメタトロンに抱き着く。素晴らしい姉妹愛な事で。
「で、箱の明け方なのじゃがな、あれは意識を集中し、開け!と強く念じれば開く。」
「確かに特殊だが、えらく簡単だなおい」
俺の苦労を返せや。
「そんな難しくしてもしょうがないじゃろ?お前さんにしか開くことが出来んのじゃから」
「とりあえずわかった。感謝する」
「ふぉっふぉっふぉっ。感謝されるのは久しぶりじゃのぉ、いい気分じゃわい。うん?そうか、もうそんな時間か」
急に爺さんが真剣な顔になる。一体どうしたというのだろうか?
「どうした爺さん?いきなり真面目な顔になって」
「いや、そろそろタイムリミットが近づいてきておるようでの、話を急がせなくてはなと思ってな。」
「どういう事だ?」
まだ俺に話したい事があるのだろうか?
「継承者、サム・ロンデンハーツよ、本当はこんな事をお前さんに頼んではいけないということは重々承知している、じゃが頼む、力を貸してくれ!」
爺さんが頭を下げる。
「待て待て待て。爺さん、とりあえず頭を上げてくれ。いきなり過ぎて俺どういう反応すればいいかわかんないんだよ!とりあえず俺に何を頼むのか教えてくれ」
爺さんは頭を上げ、再び俺と向き合う。
「すまんの、儂とした事が肝心のことを言ってなかった。これから世界には異変が起こる。その異変を解決してほしいんじゃ」
「そもそもそれを事前に防ぐことはできないのか?」
爺さんは首を横に振る。
「無理じゃな、事はもうすぐそこまで来ている。今からでは到底間に合わん」
「そうか...で?具体的にはどんな事が起こるんだ?」
まず気になるのはそこだ、それが分からないと対処のしようがない。
「そうじゃな、言うなれば...『|神々の黄昏(ラグナロク)』じゃな。魔神が復活し、魔物が復活し、人間対魔神軍の戦争が起こる」
「そんな戦い...俺に解決出来るわけないだろ!?無茶振りにも程がある!」
「じゃから最初に謝ったじゃろうが!それに、お前さんの本来の力ならば、可能な筈じゃ!この儂から直々に継承者に選ばれたんじゃぞ?」
俺にそんな大層な事ができるはずがない。俺はただの研究者だ。戦争を止めるなんて出来やしない...。
「爺さんが解決する事は出来ないのか?」
「それができるなら最初から頼んでないわい!」
間違いない。
「本当に俺なんかにできるのか?」
「それを決めるのはお前さんじゃ。もし1人で不安なら2人、まだ不安なら3人、お前さんには仲間がおるじゃろう?そしてこれからもその関係は増えていくじゃろう。間違いない」
そうか、1人で無理なら仲間と協力すれば…。
「だが、こんな話を信じてくれるだろうか?」
「それはお前さん次第じゃろう。いずれその時は来る。間違いなくな。その時お前さんがどういう道に進むか…楽しみじゃの」
そして爺さんは愉快そうに笑う。
「さて、もう時間じゃな。いいかサム君?自分を信じるのじゃ、運命はもう動き出している。流れに乗れ。決して流されてはならぬ!お前さんが間違っていると思った運命には抗え!呑まれてはならぬ!この言葉を忘れるな」
さっきまでの愉快な爺さんは見る陰もなく。そこに立っているのは偉大な神だった。
「わかったよ、爺さん。やれるだけやってみる。これから何が起こるかなんてわからないが、|神々の黄昏(ラグナロク)だっけか?止めてやるよ!あんたの頼み、俺が任されてやるよ!」
頭を覆っていた靄が晴れたような気分だ。とても清々しい。
俺が爺さんに向かって宣言すると、後ろで控えていた2人の天使が前に出た。
「継承者君、研究室の事悪く言ってごめんね?罠に掛かった事に凄く腹が立っちゃったの。あの罠、天使でも手こずるってどういう仕組みしてるの?まぁ、それは置いておいて、とりあえず頑張って!」
「もうちょい落ち着いて話す事はできないのか?」
応援されるのは嬉しいんだが、どうにも騒がしくてしょうがない。
「継承者様、私達は天界から見守っております。勿論、何かあれば可能な限り手助けします。ですので、頑張って下さい!」
「ありがとうメタトロン。何かあったらよろしく頼むよ」
サンダルフォンと違い、メタトロンは頼りになる。
「さて、そろそろ本当に時間じゃの。さっきの言葉。信じているからな、継承者サムよ。」
爺さんがそう言うと、途端に視界が光に覆われていく。
「頑張ってねー」
最後にサンダルフォンの声が聞こえ、俺の意識は暗転した。
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