第9話 回り始めた運命
「何故この俺がこんな屈辱を受けねばならんのだ...!」
ジリアンは一人そう吐き捨てる。
夜の王都は静かである。それ故にその声は街中に響く。ジリアンを嫌う者は数多いためか、その声が響くと共に窓を閉じる音が響く。
「どいつもこいつも俺の事を馬鹿にして!何故この俺があんな出来損ないなんぞに...!」
ロンデンハーツ家を追い出されたジリアンは、路地裏に座り込んでいた。手持ちの金は有る。しかし、どの店に行っても追い返されるばかり。
「何故俺が父上だけでなく、愚弟にまで敗北せねばならんのだ!」
その声は虚しく響くばかり。
魔力総量だけで強さを決める彼にとっては、サムに負けた事だけは理解出来なかった。
「魔法が使えないあいつが何故俺の魔法を受けてなんのダメージも受けてないのだ?」
「彼の短剣の力ですよ」
「!?」
ジリアンは咄嗟に後ろに飛び退き距離を取る。
急に目の前に現れた謎のフード。声からしておそらく女性だろう相手にジリアンは問う。
「貴様...何者だ?」
「私ですよ、ジリアンさん」
フードの女性はくすくすと笑いながら、フードを取る。
「カルタ?」
「ええ、そうですカルタですよ。ふふふ、流石に驚き過ぎですよ。」
カルタ・ソルン。ジリアンの幼馴染であり、暗殺を家業としている。
「何故お前がここに居る?」
「あら?居ちゃいけない理由があるんですか?勘当されたジリアンさん?」
「もうそんな情報が出回っているのか?」
「ええ、それはもう。もうこの国の大半の人は知ってるんじゃないですか?」
流石にジリアンも驚きを隠せずに顔を手で覆ってしまう。
「俺はそんなに嫌われるようなことをしてきたのか?」
「え?自覚無いんですか?重症ですね!もう救いようが無いです♪」
ジリアンの問をカルタは笑顔でぶった切る。
「少し元気が出ましたね。良かったです」
「お前...俺を励ましに来たのか?」
「いえ、それはついでです。面白い話を持ってきたのですが、とても話を聞いて貰える雰囲気では無かったので」
「お前なぁ」
あまりにも正直な幼馴染に呆れを隠せないジリアン。だが、気が晴れたことは事実なので、何も言えない。
「で?面白い話というのは?」
「弟君がさ、面白い物を手に入れたんだよ」
「それがさっき言ってた短剣か?」
「そうそう。その短剣はね、なんと魔法を打ち消すらしいんだよ。何処までが限界かは分からないけど、大抵の魔法は消しちゃうみたい」
「その情報...どうやって手に入れた?」
「ここしばらくの間彼をストーキングしてたの、それで今日試しに研究室に忍び込んで資料を見てみたらそう書いてあったんだ。まぁ、入れたのは先に馬鹿な先客が罠突破してくれてたからなんだけど。顔も知らない先客に感謝ね」
「あの武器を手に入れたからあいつは調子に乗っていたのか…!道具に頼るなど、流石は愚弟と言ったところか」
「それで勝ててたらそのセリフかっこよく決まったのに」
「やかましい!というかお前、あの戦いも見ていたのか!?」
「いやぁ、良いやられっぷりでしたね!見てて惚れ惚れしましたよ!口だけのエリートさん」
「貴様...それ以上言うならばこの一帯ごと消し飛ばすぞ?」
「おお怖い怖い。話を戻しますけど」
カルタはジリアンの脅迫を軽く流して続ける。
「ここで引き下がる貴方じゃ無いでしょ?」
「当たり前だな。あんな出来損ないに負けたままなどあってはならんのだ」
「なら...いい話があるんだけど、その前に一つ。これを聞いたら二度とロンデンハーツ家には戻れないよ?」
「あんな家、何の未練もない。聞かせろ」
「分かったわ。ならこっちに来て」
そうして夜の闇に二人は消えて行った...。
<hr>
「あぁぁぁぁ...分からん!どうすればこの箱は開くんだよぉぉ!」
騒動の片付けの後、夕飯を食べた俺は自室で謎の箱を開けようとしていた。ちなみにルゥとイリアもいる。
「そこまでして開かないのでしたら何か特殊な条件があるとしか思えません」
「そうですね、主様の短剣を使ってもなんの変化も無かったですし」
「その条件がわからないから悩んでるんだよ!」
この箱の謎は一朝一夕じゃ分からない気がする。
「もしかしたら何か大切なものを見落としているのかもしれない...」
「と言いますと?」
「例えばこの手紙が一枚だけじゃなくて複数枚ある可能性」
あの資料のやまに紛れ込んでる可能性がある。
「とりあえず明日はこの箱があった机周辺に何かないか探してみよう」
「でしたら、主様が学校に行っている間に私が調べておきます」
「それは助かるぞ、ルゥ。この箱は一番大きな机に置いてあったんだ、その周辺を少し見ていてくれ。特に何も無かったら適当にゆっくりしていてくれて構わないよ」
「承りました」
「兄様、私に何か手伝える事は?」
「そうだな...それは明日学校で話そう昼休みに中庭に来てくれ」
「わかりました!」
なんかイリアのテンションが妙に高い。深夜テンションと言うやつだろうか?
「とりあえず、今日はこれで解散しよう。二人共、明日から助手として、よろしくな」
「「はい!」」
そうして、俺達は各々眠りについた。
<hr>
邪竜の墓場、昼ですら視界が悪いが、夜になると、何も見えないと言ってもいいほどの暗闇と化す。そんな場所に佇む人影が一つ。
それは少女であった。本来ならばこんな所にいるはずの無い小さな少女。見た限りでは10歳前後ぐらいだ。
「ここは...そうか。我は眠っていたのだな」
少女が言葉を発する。しかしそれは少女にしては余りにも重みがある。
「どれほど眠っていたのだろう...ドルトス!ドルトスは居るか!」
「ここにおります。主よ」
少女の呼びかけに答えたのは、黒く禍々しい一匹の蛇であった。
「おおドルトス!無事だったか!」
「はい。主の封印が解けるのと同時に私も目覚めました。ですが…」
「無事だったのはお前だけか」
「はい」
「仕方あるまい、あの戦いで生き残っただけましだ」
「私は運が良かっただけです。主が傍にいなければ私も生きてはいなかったでしょう」
「生き残った者が勝ちだ、胸を張れ。出ないと死んだあいつらに示しがつかん」
「ありがたきお言葉、ありがとうございます」
その会話はそう。まさに王とその僕の会話である。
「してドルトスよ、目覚めるにしては少し早すぎる気がするのだが...どうなのだ?」
「はい。想定よりも千年は早いかと」
「一体どういうことなのだ?早く出られることに越したことはないが...」
「我々を封じ込めていた魔封結晶が力を失ったからでしょう。使い魔を送らせたところ、1人の少年が魔封結晶を発見し、そのまま大量に持ち帰った事が分かりました」
「ありがた迷惑というやつだな、予定が狂ってしまった」
「そして何よりも、その少年...類まれなる魔力を持っているようで、それも主の依り代にふさわしい程に」
「それは面白いな、その少年の居場所は?」
「居場所はランゼル王国です。」
「新しい国が出来ているのか...それで?少年の名は?」
「サム・ロンデンハーツです」
「よし、ならば第一目標はそのサムという少年に会うという事で行こう!」
「しかし主よ、先程から気になっていたのですが...そのお姿はどういうことでしょう?」
「姿?...そう言えば何か視線が低くなったような...!?なんだこれはぁ!?」
少女は自分の姿を見ると飛び上がるように驚いた。
「何故私はこんな姿になっているのだ!?」
「いえ、ですのでそれを聞いているのですが...もしかすると、早く目覚めすぎた代償かもしれません」
「...まあいい、姿はどうであれ私が私であることに変わりはない」
「それならば問題は無いですね」
「一つ気になることがある。全盛期と違って全く破壊衝動が湧いてこないだ」
「それも早起きに関係するかもしれませんね」
「まぁ、全てはサムという少年に会うことから始まるのだ。まずは会ってみようではないか。きっと驚くであろうな、私に会えば」
少女は笑う。未来に起こることを頭で思い浮かべながら。
「この私、アジ・ダハーカと会うなんて、夢にも思っているまい!」
「では主よ、そろそろ」
「そうだな、よし、ドルトス!いつものやつで行くぞ!」
「わかりました」
そう言ってドルトスは少女の首に巻き付き、そのままマフラーに変身した。
「では行こうか。新しい世界へ!」
「お待ちください主よ、とりあえずその頭の角と、尻尾は隠した方がいいかと、悪目立ちします。」
「そうか、ならこうしてっと…よし、これで良いな。では出発だ!」
そして少女は歩き出す。新たな出会いを求めて。
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