第5話 助手

クリスと別れて、一人研究室に残された俺は、資料を片付けて、帰路に着いていた。


「結局あの黒い箱については何も分からないままか…」


あの謎の物体に関しては、謎が多すぎるのだ。いや、待てよ?|魔法消去(スペルデリート)をまだ使って無いな。防御魔法を打ち消す事ができればあるいは...。

一人でぼそぼそと呟きながら歩いていると、何やら人混みが出来ているのが見えた。どうでもいいので素通りしようとしたが。


「このウスノロ!何のためにてめぇを買ったと思ってんだ!」


その言葉を聞いた瞬間つい足を止めてしまった。

てめぇを買った、つまり、今の発言は間違いなく奴隷への発言だ。

確かめるために近づいてみると、大柄な男が獣人の少女に容赦なく罵声を浴びせていた。

少女を見ると、足には鎖が繋がれていた。足に鎖、これは奴隷である事の証だ。鎖には特殊な魔法が使われており、基本的には壊すことは出来ない。一度奴隷になれば、その後は一生奴隷として生きていかなくてはならないのだ。


|獣人(ビースト)

人と獣を合わせた様な姿を持つ亜人種。基本的には、森の中に集落を作り、集団で生活している。

脅威的な身体能力を持っているが、魔法を使う事が出来ない。

その身体能力を目当てに、人族が獣人の集落を襲い、奴隷にするなどしている。


鎖から視線を外すと、周りに大量の荷物が散らばっている事に気が付いた。状況を見るに、男はこの荷物を運ばせようとしたが、少女が抱えきれなかった、そして周りに荷物が散らばってしまったので、男は腹を立て、少女に罵声を浴びせているようだ。

散らばってている荷物の量を見た感じ、とても一人で持てる量ではない。いくら獣人とはいえ、絶対に無理だ。

実際、少女は頑張って持とうとしているが、持ちきれず落としてしまう。その度に男は声を荒らげていた。


「奴隷...か、あんな女の子まで」


獣人として生まれ、それ故に奴隷にさせられ、その上あんな下衆共の所有物にされる。

実に理不尽だ。やはり、この奴隷制度という物だけは好きになれん。

気付けば、俺の足は先に動いていた。


「おい、そこの男」


俺が声を掛けると男は実に不快そうな、そう、見てるこっちまで不快になるほど不快そうな顔で振り返る。


「なんだ!?こっちは今不機嫌なんだよ!用件なら後にしろ!」


「こんな所で騒ぎを起こすんじゃない。街中だぞ?これ以上騒ぎを大きくしたら騎士達が取り押さえに来る」


騎士、正義の名の元に街の治安を維持する組織。

基本的には、街を巡回し、喧嘩や、窃盗、そのほか様々な犯罪を防ぐ仕事をしている。


「騎士だぁ?残念だが、俺がその騎士様だよ!騎士が自分の奴隷を叱って何が悪いんだぁ?」


こんな奴が騎士って、最近の騎士団は大丈夫なのか?

まぁ普段はちゃんと仕事をしていると信じたいが。


「あんたが騎士だろうがなんだろうが、騒動を起こして良い訳が無いだろうが。まず巡回はどうした?」


「煩いガキだなぁ!子供は黙っておうちに帰ってろ!てめぇには関係ないだろうが!」


なるほど、巡回をサボって奴隷を使って買い物か。

これは現行犯だな。

俺は鞄から、手帳を取り出し、中に挟んであった家紋を男に突きつけた。


「ロンデンハーツ家の名の元に、貴様を職務怠慢、周囲の店への業務妨害で逮捕する」


「な!?ロンデンハーツだと!?なんでこんな所にロンデンハーツ家がいる!」


俺の叔父、ジュリオ・ロンデンハーツは、今の騎士のトップだ。その叔父が、ロンデンハーツ家に逮捕権を与える事を王に進言し、ロンデンハーツ家は、全員が逮捕権を持った。

俺には、正義感なんてものは無いから、基本的には、パトロールしない。他の家族は結構巡回してるようだが。


「一々連行するのも面倒だな...なぁ、あんた。今日は見逃してやるから、さっさと帰って反省してな。まぁ、一応、騎士長様にはあんたがサボってたことは言っとくから。怒られるのは確定だがな」


男の顔が真っ青になる。


「くそ!これも全部お前がもたもたしてるからだ!お前なんて要らねえよ!」


そう言って男は走って行った。

俺は少女の方に向き直った。


「さて、君はどうする?」


奴隷の所有者が、奴隷の所有権を破棄すると、通常は奴隷商会に引き取られるが。


「君は奴隷商会に戻ることになるが、それでいいのかい?」


少女は首を横に振る。まぁ、普通はそうだろう。

俺自身、あんな所に送りたくはない。あそこは、奴隷が生きる為の最低限の事しかしない。食事は最低限、檻のようなところで、買い手が現れるまで過ごす。病気や、栄養失調等になると廃棄処分。

奴隷商会は、奴隷を人とすら思っていないのだ。


「俺も君をあんな所に渡したくは無い。だが、このまま君を放置する訳にもいかない」


奴隷は、一人では生きていけない。金も無ければ、その金を稼ぐことも出来ない。なので、このまま放置してはこの少女も、犯罪に走る事になる。それだけは避けねばならない。


「私は、またあそこに戻る事になるんですか...?」


「君が望むなら、方法はある」


「それは?」


「俺と共に来る事だ」


「あなたと?」


この少女を奴隷商会に渡さない方法は、至ってシンプル。俺がこのまま連れて帰ればいい。

俺は奴隷制度が嫌いだ。だから奴隷を買うことは無かった。だが、今、この少女を救う方法は、俺がこの子の所有者になる他無い。

知らない、しかも年もそう離れていない男の奴隷になるのは抵抗があるだろう。だが、そうしなれば、商会に引き渡さなくてはならなくなる。だから、俺は時間を掛けて説得するつもりだった。

だが、少女は特に考える素振りも無く。


「これからよろしくお願いします」


即答した。

あれ?俺が想定していた展開と違うぞ?もっとこう...ね?せめて悩むぐらいしてもいいと思うんだけど?


「そ、そんな即答で良いわけ?もうちょい考えたりした方がいいんじゃ?」


そう言うと、少女は悲しそうな目で


「やはり、私は不要なんですか...」


なんて言うもんだからこっちが困る。


「と、とりあえず、なんでそんな即答したのか聞いても?」


「見知らぬ、しかも奴隷である私を気遣ってくれる人です。この人にお仕えすることに何のためらいが必要でしょう?」


この少女の頭の中では、俺はとても善良な人になっているようだ。誰に聞いてもイカれた研究者と言われるこの俺を。

確信。この子はいい子だ。こんな子を奴隷になんかする人族なんぞ滅べば良いと思う。

おっと、いかんいかん、思考が逸れてしまった。


「じゃあ、君の所有権は今から俺に移るって事でいいかい?」


「はい、これからよろしくお願いします!」


「なら、君の名前を教えてくれ」


「申し訳ございません、私には名前がありません」


「なんと、だが名前は必要だな...よし、今日から君の名はルゥだ」


「私はルゥ...私の名前はルゥ...」


ルゥは、幸せそうに何度も名前を呟く。そして、それを何度か繰り返した後、俺に向き直った。


「では、改めまして、自己紹介をさせていただきます。私の名前はルゥ、これからよろしくお願いします。主様」


ん?主様?


「ちょっと待ってくれルゥ、その主様って呼び方どうにかならんか?」


「しかし、主様は主様です。それ以外に何が?」


「えー...そんな主様なんて大層な呼び方、されるような器じゃねぇんだが...」


「主様は、由緒あるロンデンハーツ家の一人、器ならば十二分にあると思われます」


「あー、ここで家をだすかぁ...そん中の落ちこぼれなんだが…」


「家など関係無く、主様は大きな器を持つ方です。少なくとも私はそう思っています」


なんという過大評価。これグラウスが聞いたら絶対腹抱えて笑うだろうな。

あいつが笑っている姿が頭に浮かぶ...あー、なんか腹立って来た。今度会ったら一発殴ろ。


「もういいや、そう呼びたいなら勝手にしろ」


「では、主様、これからどうなされるおつもりで?」


「うん、とりあえず商会に行って手続きを済ませる。その後とりあえず俺の家に帰る」


ルゥの事は家族にも言っておかねぇとだしな。

とりあえず商会に行って来るか。

俺達は、商会に向かうことにした。


<hr>

商会で俺達を待っていたのは、


「お、サムじゃねえか、こんな所に来るなんて珍しい」


何故かグラウスだった。


「グラウス...何故お前がここに居る?」


「いや、それこっちのセリフなわけ、お前奴隷嫌いだった筈だろ?なんでこんな所にいるわけさ」


「質問に質問で返すな...。この少女、ルゥの所有権を貰いに来た」


「...ますます分からねぇな。どういう心替わりだ?」


グラウスの視線が鋭くなる、こいつがこの目をする時は大抵キレる一歩手前だ。


「主様、流石にこれまでの出来事を説明した方が良いのでは無いでしょうか?」


ルゥは、グラウスから何かを感じ取ったのか、俺に意見する。


「そうだな、俺とした事が」


俺はグラウスにこれまであった事を説明した。


「なるほどねぇ、そりゃあお前ならそうするよな」


「...何故そう思う?」


「そりゃあ...お前だから?」


「理由になって無いぞ!」


「いえ、グラウス様の言う通りです!」


「ルゥ!?」


いきなり口を挟んできたルゥに俺は驚き、グラウスは吹き出した。


「ぷっ...あははは!やべぇその子おもしれぇ!あははは!」


「ええい!グラウス!とりあえずさっさとここにいる理由を言え!」


「ははは...あー、おもしれぇ。分かった分かった、そう怒るなって。今日限りの助っ人だよ、お前からあの話聞いて色々考えながら帰ってたらさ、友達から代わりに入ってくれって頼まれてな」


「なるほどな、あの奴隷商人のご子息さんか。お前もなんであんな奴とつるめるんだよ?まぁいい、とりあえず所有権の話をしたい」


「分かった分かった、そう焦んなって、本当に丁度良いタイミングだったよなぁ、俺じゃなかったらもっと色々手続き踏まねぇと駄目だったぜぇ?」


「どういう事だ?」


「そういう棄てられた奴隷ってのは所有権うんたらがめんどいんだよ。だからそういうのをすっ飛ばしてやるって言ってんだよ」


「お前...俺が逮捕権持ってんの忘れてねぇよな?」


「まぁまぁ、さっきの話の男みたいに見逃してくれよ?」


うぅむ、さっきの男はやはり連行しておくべきだったかもしれん。

グラウスは、引き出しから書類を取り出し、色々と記入をして、俺に渡してきた。


「ほい、ここにサインしてくれ。そしたらルゥちゃんはお前の物になる」


俺は書類にサインしてグラウスに渡した。


「おめでとうございます。これでルゥちゃんは晴れて貴方の奴隷となりました!」


パァーン!と、グラウスは、何処から取り出したのか、パーティ用のクラッカーを鳴らした。


「改めまして、これからよろしくお願いします。ご主人!」


「ああ、よろしく。グラウス、ルゥはこれで俺の所有物になった訳だな?」


俺は改めて確認する。


「ああ、間違い無い。誰がなんと言おうとお前が主人だ」


「そうか、なら問題無いな。」


俺は、腰から短剣を引き抜いた。


「絶対動くなよ?」


「あ、主様?何を...」


ルゥが、言葉を紡ぎ終わる前に俺は、


「|魔法消去(スペルデリート)!」


ルゥの足の鎖を斬り裂いた。


「な!?お前!」


「主様!?」


二人が、信じられない物を見た様に俺を見る。それもそうだろう。俺は今、奴隷の鎖を斬ったのだから。

奴隷の証である、足の鎖は、普通は壊れない。強固な防御魔法を貼っているからだ。その鎖を俺は斬った。驚かれて当然だ。


「サム!お前魔法が!?」


「違うよグラウス、これは魔法なんかじゃない。研究の副産物さ」


魔法を求めた俺が行き着いた先が、魔法を無効化する力なんて、皮肉なものだ。


「とある研究の為に行った場所、名前は確か邪竜の墓場だったかな、そこで面白い物を見つけたんだ、見た事も無い鉱物でな、図鑑にも載っていない。これはもしかして大発見か?と思った俺はとりあえず研究室に持てるだけ持って帰った。そこで色々試した結果、その鉱物は、マナを消滅させる性質を持つことがわかった。これで武器を作ったら面白いんじゃないかと思って、とりあえずこの短剣を作ってみた。これが先日のお話だ。そして今日、俺は魔物に襲われた。その魔物にこの短剣を使って見ると、効果は抜群!、一撃で仕留めれたよ。この事から、この効果を|魔法消去(スペルデリート)と名付けた訳だ。まぁ、使う前から名前は決めていだが」


「その前に何個かツッコませろ。邪竜の墓場って、皆気味悪がって近付かない上に危険しかない場所じゃなかったか?なんでそんなところに普通に行ってんの!?あと魔物に襲われたってどういう事だよ!」


「魔物については長くなるから後日話す。相談したいこともあるからな」


「それは分かったけど、それにしたってお前、邪竜の墓場が危険な場所って事ぐらい分かっているだろう?」


邪竜の墓場。

魔物の中でも最高クラスの化け物、ドラゴン。その中でも災厄と言う言葉を具現化したような存在、邪竜アジ・ダハーカが死んだとされる場所。周囲は黒い霧で覆われており、一部は視界がとても悪い。足場も悪く、一部だが、有毒ガスも出ている為、一人で行くのはとても危険だ。


「グラウス、研究の為ならどんな危険な事でもする。それが俺だとお前も分かっているだろう?」


「分かっているからいつも心配なんだよ!このままだとお前、ほんとに何か大変な事をしでかすぞ?」


「だが、収穫はあった!またこれで俺の謎に一歩近付けたかもしれないんだぞ!」


「結果論だろ!お前だって分かっているはずだ!このままだとお前、自分の謎を解明する前に死ぬぞ!あの神話が偽りだった時、お前の謎はまた深まる!お前の探求心は凄い、俺には想像出来ないほどに深い。だけど、お前自身の身に何か起きれば、探求すらできなくなるじゃないか」


「お二人共落ち着いてください!ここで喧嘩してなんの意味が有るんですか!」


取っ組み合いになりかけた所で、ルゥの仲裁が入り、少し落ち着く。


「サム、俺が言いたいことは言った。ちゃんと考えてくれ。頼む」


グラウスが頭を下げる。そんな事されたら気まずいじゃないか...


「すまんな、グラウス。俺も熱くなりすぎた...お前の言ってる事は分かる。これからは気をつけるよ。」


俺も頭を下げる。これで和解。


「サム、危険なところに行く時は俺も連れて行け。どんな所でも一緒に行ってやる。そういう約束だった筈だろ?」


「分かった、これからはもっと頼らせてもらうよ」


幼い頃の約束、それは今でも俺たちの間に根強く残っている。二人の悪ガキが、絆を結んだ時の約束。


『地獄の底まで共に向おう』


死ぬ時は二人一緒という、子供がするには重すぎる約束。昔は軽い気持ちだったのかもしれない。しかし、大きくなった今でもその約束は続いている。それはある意味では呪縛なのかもしれない。


「かなり話は逸れたけどさ、鎖を斬ったのは、どういうつもりなのか聞いていいか?」


ふと、ルゥの方を見ると、不安気な表情だ。ああ、そんな顔しないでくれルゥ。そんな顔にさせるためにやった訳では無いんだから。


「簡単な理由だよ、俺はルゥを奴隷として扱う気は無いってことだ」


「どういう事だ?」


「ルゥは、今日から俺の助手として扱う」


ルゥは驚きの表情を見せ、グラウスは「へぇ」と口を漏らす。


「俺は奴隷が嫌いだからな、奴隷は一生奴隷なんて常識、ぶち壊してやるさ。ルゥは助手として扱うことにする。丁度、研究するのに人手が欲しいと思っていたんだ。ルウなら獣人だから、色々と力仕事を手伝ってもらえると助かるし。後は、ルゥ次第だが?」


ルゥは、力強く


「よろしくお願いします!」


そう言って眩しいくらいの笑顔で頷いた。


<hr>

「グラウスはまだ仕事なんだよな?」


「ああ、そうだ、二人仲良く帰ってな」


「そうさせていただきます」


俺達は、グラウスと別れ、商会を後にし、再び帰路についていた。


「主様の御家族は、一体どのような人達なのですか?」


「うーん、一言では言い表せない位凄い人達、いい意味でも悪い意味でも」


「会うのが楽しみです。」


「会った事を後悔するかも」


「そんな事はありません、主様の御家族なんですから」


「そうかよ」


二人で談笑しながら、俺達はロンデンハーツ家に向かうのだった。

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