第3話 神話魔法
グラウスに俺の正体について話したあと、教室で話していた実験をしようと思ったが、グラウスは、
「色々と整理したいから今日は帰る」
と、早めに帰ってしまったので、俺は暇を持て余していた。
まさかグラウスがあそこまで真剣に悩んでしまうとは思っていなかったからだ。
よくよく考えてみれば、グラウスの性格的にこうなる事は予想できていたはずなのだが、俺も自分で思っているよりも動揺していたんだろう。
「まさか俺が神に選ばれし者だったとはなぁ」
鏡に映っている自分を見ながら呟く。
よりによって何故自分なんだと思わなくもないが、魔法を使えないからこそ今の自分が居る訳なので、恨もうにも恨めないなんとも言えない気分になってしまう。
モヤモヤする気持ちを抑えながら俺は例の謎の箱を手に取る。
「しかし...何なんだ?この箱は」
見た感じ金属なのだが、紙のように軽い。その上驚く程硬いと来たもんだ、壊そうにも鉄のハンマーなどで叩けば、ハンマーの方が壊れてしまうので、物理的な衝撃で開けるのは無理だという結論に達した。
(ええい、俺は魔法を使えんというのに!)
心の中で名前も顔も知らない挑戦者に文句を言いつつも考え続けるが、分からない。まずこの物体の正体が分からなければ対処のしようが無い。俺が頭を抱えていると。
ガサガサガサガサ
外で音がした。いつもの動物共かと思っていたのだが━
「助けて下さい!誰か!!誰か居ませんか!?」
助けを呼ぶ叫び声が聞こえた。
何事かと外に飛び出る。すると、見たことも無い異形の生物に女性が襲われていた。
(何なんだ!?この生物は!)
見たことも無い生物を見て一瞬興味をそそられたが、今はそれどころではない。
「早く中へ!!」
女性に向かって叫ぶ。
女性が急いでこちらに駆けてくる。すると異形の生物もこっちに来るのは必然。そう思い、腰に付けていた短剣を構えるが、怪物はこっちに来る様子は無い。
(諦めたか?)
そう思った瞬間、火の玉が飛んできた。
(不味い!?)
体が反射的に動き、かろうじて避けられたが、服が少し燃えてしまった。
「気を付けて!あの怪物は魔法を使ってきます!」
「魔法だと!?じゃああれは...あの怪物は魔物だとでもいうのか!?」
いつか魔物を実際に見て研究したいと思っていたが、まさかこんな所で会えるとは思ってもみなかった。
「相手が本当に魔物だというならば...」
俺は構えていた短剣をしまい、代わりにもうひとつの短剣を構えた。
「趣味で作ったこれを使う時がこんなにも早く訪れてくれるとは思ってもみなかったぞ!」
まだ実験段階だが丁度いい、本当に魔物に効果を発輝するのかを試してみよう。正直かなりの博打だが。
「来ます!」
横で様子を伺っていた女性が叫ぶのと同時に魔物が3つの火球を生み出す。もしあれが本当に魔法ならば勝機はある。
「ガァルル!!ガァァァ!!」
魔物が叫ぶのと同時に火の玉が襲ってくる。
俺は深く息を吸い込み━━
「|魔法消去(スペルデリート)!!」
短剣で火球を斬り裂いた。
斬った火球はそのまま消滅し、女性に届くことは無かった。
ぶっつけ本番で成功し安堵するが、そんな暇はない。
俺は一気に魔物の懐に踏み込み、
「そこ!!」
「ガァ!?」
魔物の弱点のコアがある胸部を一突き。そのまま魔物は崩れ落ちるように倒れ、絶命した。
<hr>
俺は、魔物の死体を研究室に運び込み、一段落したところで、女性に何が起こったのかを聞いた。
「まずは自己紹介からさせていただきます。私の名はクリス・ヴァリアーナ。クリスと呼んで頂ければ幸いです。先程は助けて頂き、本当にありがとうございました。」
彼女は深々と頭を下げる。
そして、再び顔を上げ、俺と向き合った。
「よろしく、クリス。俺はサム・ロンデンハーツ。ここで魔法研究をしている。...それで、あの魔物は一体?」
俺はクリスに魔物にどこで襲われたのかを聞いた。
「私はルギアナ王国から来ました。王都の魔法研究について学ぼうと思い、護衛の魔法戦士とともに。ですが、試練の魔窟から妙な気配がしたので様子を見に行ったら、そこに奴はいました...」
王都ランゼルのあるランゼル王国の周囲には4つの国がある。東にルギアナ王国、西にリューズ帝国、南にライア王国、北にアリアンツ王国。つまりランゼル王国はその4つの国に東西南北で囲まれた位置にある。そして、ランゼル王国とルギアナ王国の間には、試練の魔窟という洞窟がある。何故魔窟という名前なのかというと、魔物が眠っているという伝説があるからだ。と言っても魔物が本当に居るなんて誰も信じていなかった(俺を除く)が。
「あの魔窟には度々調査に出向いていたんだが、何も発見できなかった…。隅々まで調査したはずなんだがな。...それで、護衛の人達は?」
ここに居ない。それだけでもう想像はつくが...
「私を見捨てて逃げ出しましたよ…国に帰ったらどうしてくれようかしら?まぁ、魔法を使う怪物に出会ったら大体の人は逃げ出すでしょう、でも、でもですよ?こんないたいけな少女を見捨てて逃げるなんて流石にどうかと思いません?あの時私、まずそこに驚きましたよ?」
「いたいけな少女かは知らないが、そいつ等にはあまり言ってやるなよ?逃げるのが普通だからな。なんてったって魔物だからな。クリスだって子供の頃から散々魔物の恐ろしさについては教えられただろう?」
「普通は逃げるって...貴方はどうなんですか?逃げるどころか倒しましたよね?魔物を」
とりあえずクリスを落ち着かせるために紅茶を差し出す。
「ありがとうございます…あら?なかなか良い茶葉ですね。」
「おや?わかるかい?お茶というのはいいものだよな、この香りを嗅ぐだけで心が落ち着いてくる」
俺はこれでもかなり茶葉にはうるさい。色々な茶葉を集めては試してかなり舌は肥えている。中でも今使った茶葉の香りは心を落ち着かせるのに最も適しているので選んだのだが。
「でもこの茶葉、ライア王国製の高級茶葉ですよね?なかなか手に入らないので私も数回しか飲んだことがないのですが…」
「驚いたな...クリス、あんたただのお嬢さんじゃ無いな?かなり高貴な家の出身だろう?」
「その辺りはプライベートなので回答しかねます。さて、ロンデンハーツさん、話を戻しますが...」
クリスは再び俺と向き合い、真剣な表情で俺に質問をしてきた。
「あなたはここで魔法研究をなさっているのですよね?そして魔物を倒す方法を知っていた、普通はそんな事知る訳がありません。ただの魔法研究者が何故魔物を倒す方法を知っているのですか?」
「そうだな、疑問に思うのも当然か...よし、なら一つ一つ説明していくぞ。まず俺、サム・ロンデンハーツはこの国を代表する国家魔法研究員だ。ただ、考え方が異質らしくて他の研究者にはハブられてんだ、まぁ個人的にも話が合わない奴らと一緒に居るのは御免こうむるから好都合なんだが。俺はこの国ではいい意味でも悪い意味でも有名人だ。何せ魔法が使えないんだからな。」
クリスの表情に戸惑いが見える。まぁそうだろう、こんな所で世界の有名人(悪い意味で)に出会ったのだから。
「驚いたか?さて、説明の続きだが、魔物に関しては完全に趣味だ」
「趣味?」
「そう、趣味。いつか魔物に会ってみたい、そして研究したいという俺の願望を叶えるために意味も無く暇な時間を使って調べていたのさ。」
俺は机に置いている数本の短剣の内1つを手に取った。
「これが俺の趣味で出来た逸品だ。この短剣は魔物の心臓部に刺されば即死させられる代物だ。魔法を無効化する事もできる。まぁこれまで使う機会がなかったから本当に効果を発揮するかは分からなかったんだが。」
魔法の無効化も成功した。とても素晴らしい。
「君が魔物を連れてきてくれたおかげで使うことが出来た。この点に関してはとても感謝している。」
危険な博打ではあったが結果的に助かったからオールオッケーだよな。
俺は自分にそう言い聞かせた。
―――――――――――――――――――――――――
クリスは唖然とした表情でサムを見ていた。
(この男...なんなの?さっきからとんでもないことを平然と言っているけれど)
サムの口ぶりからすると、短剣を使ったのはさっきのが初めて、つまり、もし効かなければそのままあの魔物に...
(この男の度胸、一体何処から出てくるの?何のために命を賭けて...)
そこでクリスは気付く。
(もしかしてこの男...好きな物に命をかけているのでは?ならば彼が好きな物は何?いや、答えは出ているわ。彼が好きなのは魔法を研究する事。なら!)
そしてクリスは問う
「1ついいかしら?」
「なんだ?」
「あなたは魔法研究の為なら自分の命は投げ出せる?」
「突然だなぁ、まぁ、そんなの考えるまでもない。」
そしてサムは
「無論だ。命なんて知識のためのコマでしかないんだ。俺は俺が魔法を使えない理由、使えるようになるための方法を見つけるためなら何だってするさ。そして何よりも、俺は魔法を愛している。」
平然と答えた、クリスが求めた答えを。
彼女は思った。彼ならば可能かもしれない。私が求める答えに行き着くことが出来るかもしれないと。
そして彼女は
「貴方にお願い、いえ、依頼があります。」
覚悟を決めた。
「ルギアナ王国第3王女、クリス・ルギアナ・ホロウ・ヴァリアーナからの依頼です。」
唖然としたサムを真っ直ぐ見つめ、言葉を放つ。
「私と共にある魔法について調べていただきたいのです。」
「その魔法とは...?」
サムが問う。
その問いにクリスは答えた。
「その魔法は...神話魔法です」
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