聖夜の死闘
電咲響子
聖夜の死闘
△▼N/A△▼
寒い。
吹き荒ぶ風が耳の奥の奥に入り込み頭の芯が凍る。
熱い。
凶獣の口から飛来した火球が服を焼き皮膚を焼く。
奇跡は二度起こらない。あまりの恐怖と絶望と痛苦に
△▼1△▼
「今回の依頼は市長の排除。直接消すのではなく遠回しにやれ、とのことだ」
うんざりするほど聞いた上司の声。げんなりするほど聞いた上司の指令。これに逆らって生きていた者はいない。
「うざってえうざってえ! まぁたそいつの周囲からじわじわ
「うむ」
「ちっ。面倒くせぇぜ」
「ただし報酬は破格だ。我慢しろ」
組織きっての軽口野郎が、ボスに軽口を叩き軽くいなされた。
「それでは計画を説明する。すでに彼には『立候補すれば妻を殺す』という内容の文書を送った。そして彼の妻はもうその部屋にいる。妻を拉致した後、追加で『立候補すれば娘を殺す』という内容の文書を送った。そして彼の娘はもうその部屋にいる」
チンピラどもがざわつく。幾重にも閉ざされた扉の奥、
「俺ぁ、俺ぁ市長が要求を呑まねぇことを願うぜ」
「いや…… まともな人間なら要求を呑むはずだ」
チンピラどもがざわめく。好き勝手な推測をし、好き勝手に
「まあ、そう
ボスが口を開く。
「選挙まであと七日。市長からの意思表示が届くまで、時間はたっぷりある」
△▼2△▼
組織の内部には、壊れた
そして俺はボスの命令で市長の妻と娘を壊した。
今の彼女たちは死人同然だろう。反応のない"人形"を、チンピラどもは早々に見限った。
「よくやった。お前の口座には入金済みだ」
「さっき確認したよ。でも、これじゃ市長との交渉が」
「問題ない。市長はたった今、自分の妻と娘がさらわれたことを大々的に公表した」
「……!?」
なにがなんだかわからない。
「まあ、そう
三日後。市長の支持者たちは熱狂していた。市長を悲劇のヒーローと持ち上げ、地元メディアは誘拐犯を非難しつつも市長を持ち上げていた。
「お前の魔法が優れているのは認める。だがな…… 裏から手を回せばそれと同等以上の効果があるのさ。もちろんひとりじゃできない。集団での工作活動だ」
ボスが語りかけてくる。俺は言葉を失ったまま沈黙していた。
「さて、仕上げといくか」
ボスが携帯電話を取り出し指先を動かす。
「これで終わりだ」
──ド!──
刹那、
──ゴ!──
轟音が、
──ン!──
鳴り響く。
「自爆魔法を使う奴がいただろ? あいつに本気で自爆してもらった。市長支持者の真っ只中でな。いったい何人死んだかな? あいつの持った鞄から飛散したビラには警告文が書かれてある。いや、脅迫文か。ふふ…… これで市長を支持する連中は激減したはずだ。誰しも我が身はかわいいからな」
こいつ。こいつ、狂ってやがる。俺がこんな組織に身を置いたのは、汚も濁も何もかもひっくるめて承知の上だった。が…… もう限界だ。
「ひょおっ! さすが兄貴! やることなすことえげつねえ!」
「この情け容赦ない行動。グッとくるぜ」
「ところで分け前は? 分け前はどうすんだ?」
このクソ野郎どもが。
「まあ、そう
△▼3△▼
市長の最期はあっけないものだった。路地裏で拳銃自殺。追い込んだ側からすればこれ以上ない見世物。だが、世間ではすでに忘れ去られた人物であり、選挙で新市長が誕生した。依頼主様もさぞご満悦だろう。
そして今こそ組織を抜ける絶好の機会。この千載一遇のチャンスを逃すものか。元より組織の中で影の薄い俺は、自分が市長自殺観覧に同行していると
地下。地下に都市がある、らしい。そこは誰もが受け入れられる場所だと聞いた。闇市場で買った地図が頼みの綱だ。
すでに太陽はその姿を消し、夜空を覆う雲の隙間から月明かりが照らしている。静寂に包まれながらも分厚い妖気を放つ森を、夜空を覆う雲の隙間から月明かりが照らしている。
俺は
覚悟を決めて駆け出した。地下街の入り口に向かって駆け出した。
進路を遮るように立ち並ぶ樹木の間を縫い、月光が朧にゆらめく中をひた走る。
突如。
眼前に異物が現れた。爪―― 爪だ。俺は身をひねり、
顔を上げ、周りを見渡す。闇の中で一際妖しく輝く眼光の群れ。すなわち獣の群れ。囲まれる前に突破しなければならない。俺の魔法は人間にしか効かないのだ。
△▼4△▼
寒い。
吹き荒ぶ風が耳の奥の奥に入り込み頭の芯が凍る。
熱い。
凶獣の口から飛来した火球が服を焼き皮膚を焼く。
奇跡は二度起こらない。あまりの恐怖と絶望と痛苦に
因果応報。
魔獣凶獣の群れが、うずくまる俺を取り囲む。もはやこれまで。俺は目を閉じた。
…………………………………………
…………………………………………
俺は目を開けた。そこには細切れになった獣たちの死体が転がっていた。
「こんばんは」
俺は弾かれたように地面を蹴り、
「……何者だ?」
「おっと。命を助けてあげたのに、いきなりそれかい?」
深々とフードを被った男がしゃべる。
「まずは感謝の言葉から、じゃないかね?」
「ふん…… ありがとよ」
湧き出る感情を押し殺し、礼を言うのが精一杯だった。この男が手にしているのは、両端に巨大な鉈のようなものを備えた長い棒状の武器。あまりにも大きすぎる。到底生身の人間に扱える代物ではない。魔法で身体能力を強化しているのだろうか。
「君も実におもしろい。臆病な性根を隠そう、隠そうとしている」
「…………」
「だが、君は弱い。
返す言葉を探す。いつの間にか降ってきた雪が、熱くなった俺の心と身体を冷ましてゆく。
「楽園じゃないが、地獄でもない―― だろ?」
「その通り。君の心がけ次第さ。おっと、今年はホワイトクリスマスになりそうだ」
降り注ぐ雪は大地に、樹木に、そして獣たちの死体に積もりすべてを覆い隠した。
「「メリークリスマス」」
△▼5△▼
地下街への螺旋階段を下りながら、ボトルに満たされた治療薬を少しずつ火傷の痕にかける。異様な風体をした"サンタさん"からのプレゼント。
奇跡は二度起こった。
これから先、拾った命を生かすも殺すも俺の心がけ次第、だ。
<了>
聖夜の死闘 電咲響子 @kyokodenzaki
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