聖夜の死闘

電咲響子

聖夜の死闘

△▼N/A△▼


 寒い。


 吹き荒ぶ風が耳の奥の奥に入り込み頭の芯が凍る。


 熱い。


 凶獣の口から飛来した火球が服を焼き皮膚を焼く。


 奇跡は二度起こらない。あまりの恐怖と絶望と痛苦にさいなまれているためか、奇妙なことに思考は冷静だった。そう。これから俺は死に、朽ち果てるのだ。この深い森の中で。


△▼1△▼


「今回の依頼は市長の排除。直接消すのではなく遠回しにやれ、とのことだ」


 うんざりするほど聞いた上司の声。げんなりするほど聞いた上司の指令。これに逆らって生きていた者はいない。百鬼ナキリの中で"隠密派"に属する我が組織の構成員は二十四名。いずれ劣らぬ謀殺の専門家スペシャリストばかりだ。


「うざってえうざってえ! まぁたそいつの周囲からじわじわるのかよ?」

「うむ」

「ちっ。面倒くせぇぜ」

「ただし報酬は破格だ。我慢しろ」


 組織きっての軽口野郎が、ボスに軽口を叩き軽くいなされた。


「それでは計画を説明する。すでに彼には『立候補すれば妻を殺す』という内容の文書を送った。そして彼の妻は。妻を拉致した後、追加で『立候補すれば娘を殺す』という内容の文書を送った。そして彼の娘は


 チンピラどもがざわつく。幾重にも閉ざされた扉の奥、拷問部屋プレイルームの中に人間がいる。それも二体。


「俺ぁ、俺ぁ市長が要求を呑まねぇことを願うぜ」

「いや…… まともな人間なら要求を呑むはずだ」


 チンピラどもがざわめく。好き勝手な推測をし、好き勝手にさえずっている。現時点で真実を知るのはボスと俺だけ。


「まあ、そうくな」


 ボスが口を開く。


「選挙まであと七日。市長からの意思表示が届くまで、時間はたっぷりある」


△▼2△▼


 組織の内部には、壊れた玩具おもちゃに興味を示す者はいなかった。俺の魔法は標的マトの精神に干渉し、幻覚を見せたり意識を飛ばしたり混乱させたりする、というものだ。類別するならサポート型といえる。

 そして俺はボスの命令で市長の妻と娘を


 今の彼女たちは死人同然だろう。反応のない"人形"を、チンピラどもは早々に見限った。


「よくやった。お前の口座には入金済みだ」

「さっき確認したよ。でも、これじゃ市長との交渉が」

「問題ない。市長はたった今、自分の妻と娘がさらわれたことを大々的に公表した」

「……!?」


 なにがなんだかわからない。


「まあ、そうくな。数日経てば理解できる」


 三日後。市長の支持者たちは熱狂していた。市長を悲劇のヒーローと持ち上げ、地元メディアは誘拐犯を非難しつつも市長を持ち上げていた。


「お前の魔法が優れているのは認める。だがな…… 裏から手を回せばそれと同等以上の効果があるのさ。もちろんひとりじゃできない。集団での工作活動だ」


 ボスが語りかけてくる。俺は言葉を失ったまま沈黙していた。


「さて、仕上げといくか」


 ボスが携帯電話を取り出し指先を動かす。


「これで終わりだ」


 ──ド!──


 刹那、


 ──ゴ!──


 轟音が、


 ──ン!──


 鳴り響く。


「自爆魔法を使う奴がいただろ? あいつに自爆してもらった。市長支持者の真っ只中でな。いったい何人死んだかな? あいつの持った鞄から飛散したビラには警告文が書かれてある。いや、脅迫文か。ふふ…… これで市長を支持する連中は激減したはずだ。誰しも我が身はかわいいからな」


 こいつ。こいつ、狂ってやがる。俺がこんな組織に身を置いたのは、汚も濁も何もかもひっくるめて承知の上だった。が…… もう限界だ。


「ひょおっ! さすが兄貴! やることなすことえげつねえ!」

「この情け容赦ない行動。グッとくるぜ」

「ところで分け前は? 分け前はどうすんだ?」


 このクソ野郎どもが。


「まあ、そうくな。細かい話は後だ。市長の最期を見届けに行くぞ」


△▼3△▼


 市長の最期はあっけないものだった。路地裏で拳銃自殺。追い込んだ側からすればこれ以上ない見世物。だが、世間ではすでに忘れ去られた人物であり、選挙で新市長が誕生した。依頼主様もさぞご満悦だろう。

 そして今こそ組織を抜ける絶好の機会。この千載一遇のチャンスを逃すものか。元より組織の中で影の薄い俺は、自分が市長自殺観覧に同行しているとおもわせる魔法を使い、メンバー全員に。アジトから脱け出した俺は、あらかじめ調査した通り四国にある"自由郷"に向かう。

 地下。地下に都市がある、らしい。そこは誰もが受け入れられる場所だと聞いた。闇市場で買った地図が頼みの綱だ。


 すでに太陽はその姿を消し、夜空を覆う雲の隙間から月明かりが照らしている。静寂に包まれながらも分厚い妖気を放つ森を、夜空を覆う雲の隙間から月明かりが照らしている。


 俺は得物バトルアクスを握り締め、呼吸を整える。あらかじめ調査した通り、この森は魔獣の巣窟。俺にやれるだろうか? ……いや、やるしかない。

 覚悟を決めて駆け出した。地下街の入り口に向かって駆け出した。


 進路を遮るように立ち並ぶ樹木の間を縫い、月光が朧にゆらめく中をひた走る。


 突如。


 眼前に異物が現れた。爪―― 爪だ。俺は身をひねり、すんでのところでそれをかわす。魔獣か。身をひねりつつ戦斧バトルアクスを横薙ぎに振るう。の首が吹きび、血飛沫が舞った。

 顔を上げ、周りを見渡す。闇の中で一際妖しく輝く眼光の群れ。すなわち獣の群れ。囲まれる前に突破しなければならない。俺の魔法は人間にしか効かないのだ。


△▼4△▼


 寒い。


 吹き荒ぶ風が耳の奥の奥に入り込み頭の芯が凍る。


 熱い。


 凶獣の口から飛来した火球が服を焼き皮膚を焼く。


 奇跡は二度起こらない。あまりの恐怖と絶望と痛苦にさいなまれているためか、奇妙なことに思考は冷静だった。そう。これから俺は死に、朽ち果てるのだ。この深い森の中で。


 因果応報。百鬼ナキリのテロリストとして、これまで数多くの無辜の民を屠ってきた。自業自得。そのツケが回ってきただけのこと。身から出た錆だ。

 魔獣凶獣の群れが、うずくまる俺を取り囲む。もはやこれまで。俺は目を閉じた。


 …………………………………………

 …………………………………………


 俺は目を開けた。そこには細切れになった獣たちの死体が転がっていた。


「こんばんは」


 俺は弾かれたように地面を蹴り、咄嗟とっさに身構える。何の気配もなく、にいた。


「……何者だ?」

「おっと。命を助けてあげたのに、いきなりそれかい?」


 深々とフードを被った男がしゃべる。


「まずは感謝の言葉から、じゃないかね?」

「ふん…… ありがとよ」


 湧き出る感情を押し殺し、礼を言うのが精一杯だった。この男が手にしているのは、両端に巨大な鉈のようなものを備えた長い棒状の武器。あまりにも大きすぎる。到底生身の人間に扱える代物ではない。魔法で身体能力を強化しているのだろうか。


「君実におもしろい。臆病な性根を隠そう、隠そうとしている」

「…………」

「だが、君は弱い。地下街アンダグラウンドは決して楽園じゃない」


 返す言葉を探す。いつの間にか降ってきた雪が、熱くなった俺の心と身体を冷ましてゆく。


「楽園じゃないが、地獄でもない―― だろ?」

「その通り。君の心がけ次第さ。おっと、今年はホワイトクリスマスになりそうだ」


 降り注ぐ雪は大地に、樹木に、そして獣たちの死体に積もりすべてを覆い隠した。


「「メリークリスマス」」


△▼5△▼


 地下街への螺旋階段を下りながら、ボトルに満たされた治療薬を少しずつ火傷の痕にかける。異様な風体をした"サンタさん"からのプレゼント。


 奇跡は二度起こった。


 これから先、拾った命を生かすも殺すも俺の心がけ次第、だ。


<了>

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