第4話 ゲラ・ウォード
1
カーラとアドルカーズが旅立って二日目、つまりバルドたちが旅立つ前夜、ドリアテッサがバルドを訪ねた。
「こんないい女を置いて行くなんて、ジュルチャガはひどい男です。
私はジュルチャガにどんな仕返しをしてやろうかと考えました。
その結果、このフューザリオンを偉大な国にまで発展させ、その初代王こそジュルチャガであると宣言することに決めました。
ふふふ。
大陸のすみずみにまで、フューザリオン建国王ジュルチャガの名を轟かせてやります。
ジュルチャガのやつ、驚き慌てるでしょう。
くっくっく。
ジュルチャガの名を永遠にこの大陸に刻んでみせます。
バルド様。
旅の空で、このフューザリオンの噂に耳を傾けてください。
きっとですよ」
初めバルドはドリアテッサのこの言い分が、いわば遠い未来の夢のようなものだと思った。
だが続くドリアテッサの言葉を聞いて、そうではないと知ったのである。
「アギスにもだいぶ移住者が増えたようですが、財的な基盤がないので村の拡張に苦しんでいるようです。
しかし、ノーラ姫は莫大な持参金を持って嫁ぐはずです。
タルスカノ伯爵も、娘を辺境に捨てたといわれないためにも、相応の財貨と、使い物になる家臣たちをつけてよこすでしょう。
この機に、フューザリオンからも結婚祝いとして人的な援助を与えて、オーヴァのほとりに
もともとテンペルエイド殿にはそういう構想がおありでしたから、喜んでこの提案を受け入れるでしょう」
霧の谷の東北にあったアギスの村が、ここフューザリオンの西に移転してきて今年で丸十年になる。
テンペルエイドはことあるごとに、アギスをフューザリオンのほとりまで拡張し、津を築いて貿易で立国したいと言ってきた。
「フューザリオンからその津まで、大きな道を通します。
バルド様。
その津を通じてフューザリオンは貿易を始めます。
リンツから中型船を購入しましょう。
もちろん船乗りも借り受けなくてはなりません。
それが手始めになります。
トライとパデリアと、そしてリンツが交易相手です。
船の実際の運用はアギスに任せます。
アギスでも船大工を雇い入れ、船造りが始まるでしょう。
人と物が大量に動くようになるでしょう。
そうなるまでに、何年かかるとお思いですか」
なんという展望だろう。
実のところ、フューザリオンからオーヴァまでは十五刻里もない。
しかもなだらかな平野が続いているのだから、大きな道を通すといっても、さほどの大事業にはならない。
津ができるというのであれば、道を作るうまみは充分にある。
その案が実現すれば、フューザリオンは一気に新たな発展の契機を得ることになる。
ドリアテッサはそれを実現するだろう。
バルドはもはやそれを疑わなかった。
そうだ。
それにだ。
何度もテンペルエイドと話すうちに気付いたのだが、あの男には、水の世界へのあこがれがある。
冒険船を率いてまだ見ぬ場所に旅し、危険な航海を経て貴重な品々を貿易する夢がある。
オーヴァは広大だ。
バルドの知る限り、ヒマヤとトライ、そしてリンツとパデリアには交易船が通っているが、それだけだ。
その中間の広大な領域に何があるか、誰も知らない。
ましてリンツの南に、どんな世界があり、街や国があるのか。
そして、そして。
もしかするとオーヴァはずっと南で
そこをたどれば竜人の島にもその向こうにもたどりつけるのではないか。
たしか竜人は、この大陸のほかにも大陸があると言っていなかったか。
テンペルエイドが船団を率いてオーヴァを、さらにはユーグのかなたに雄飛する姿を、バルドは幻視した。
2
翌朝、バルドとカーズとジュルチャガは出発した。
見送ったのは、ドリアテッサと、アフラエノクシリンとシルキエワルシリンとトリルエスラシリン、それからタランカ、クインタ、セト、ユグル、ヌーバ、ミヤのみである。
ユグルは生後半年の娘を抱えている。
主立った者たちには旅に出ることを伝え、見送りは無用と命じてある。
ありがたいことにバルドが旅に出るといっても、誰も不審に思わない。
ドリアテッサは気丈にも涙をみせなかった。
別れにあたり、ジュルチャガはアフラとシルキーとトリルを何度も抱きしめた。
カーズが優しい目で、みなしごだった者たちを見ている。
クインタ、セト、ユグル、ヌーバ、ミヤの五人は、カーズにとっても子どもと同じようなものかもしれない。
思えば、よくもこのめんどくさがりの男が、この者たちの面倒を飽きずにみたものだ。
特にクインタへのカーズの熱の入れようは、ひととおりではなかった。
クインタはみなしごたちの最年長なのだから、クインタがしっかり育つということは、みなしごたち全員がしっかりと生きてゆけることにつながる。
そこでバルドは、はっと気づいた。
〈わが忠誠は、奪われたる者たちに捧ぐ〉
そう、この寡黙な男は誓ったではないか。
このみなしごたちもまた、〈奪われた者たち〉だった。
カーズは忠実におのが誓約を果たしたのだ。
果たすことによって、カーズ自身も救われた。
カーズの今のおだやかな表情は、この子たちに与えられたものといってよい。
3
こうしてバルドたち三人は出発した。
行き先はフューザである。
ジュルチャガがフューザに行きたい、と言ったのである。
といっても山頂にまで登るということではない。
そんなことは誰にもできない。
フューザの麓にはたくさんの集落があり、また珍しい亜人などもいるという。
そうした村々を尋ね歩き、道中の山の景色を満喫し、そしてフューザの中腹を横断して北側に抜けようというのである。
フューザの北には北部辺境が広がっており、名も知らぬ国々があると聞く。
そうした未知の国々を尋ねてみたい、というのがジュルチャガの希望だった。
一行は第六街区キノスを経由し、最初の砦村に出て、そこから北上した。
その位置からなら湿原地帯を越えてフューザに入れるはずである。
ところが、その方向を転換させる出来事が起きた。
夕闇の森の中に、
ぼうっと浮かび上がった人のような獣のような大きな顔に、さすがのジュルチャガも、
「うおっっ?」
と驚いた。
バルドは心を引き締めた。
パドゥリ・オーラに会う者は少ない。
そしてパドゥリ・オーラは人の運命の転換点に待っていて、重大な知らせをしてくれる。
そう東部辺境ではいいならわされている。
バルドはその伝承を笑えない。
かつてアイドラが危機に陥ったとき、パドゥリ・オーラに道を教えられるという経験をしたことがあるからだ。
しばらくバルドはパドゥリ・オーラの眠たそうな目を見た。
やがてパドゥリ・オーラは、頭の大きさからすればひどく小さな右手を上げて、バルドたちが今やって来た方向を指し示した。
かたじけない。
バルドが礼を言うと、森の賢者はすうっと姿を消した。
これも不思議な生き物である。
いったいどのような生き物なのだろうか。
そもそも生き物なのだろうか。
と考え始めて、首を振った。
何でもかんでも正体を知らねばならない、というものではない。
少々の不思議は残ったほうが、人生は楽しいではないか。
バルドはそう思い返し、馬首をめぐらせると、来た方向に帰って行った。
「えっ?
えっ?
旦那、帰っちゃうの?」
と言いながらもジュルチャガはついて来た。
カーズも無言でバルドに従った。
その日は結局第六街区キノスの領主館に泊まることになった。
領主のバンツレン・ダイエは大いに喜んでバルドたちをもてなした。
工事総監督を務めるオーロも同席して話は盛り上がった。
翌朝、涙ながらの別れをした三人が帰ってきたのを見て、ドリアテッサは絶句した。
しかも、すぐに南西に向かうという。
さて、しかしこれからどこに向かえばいいのか。
そんな疑問を持ちながら、バルドたちはフューザリオンの各街区を通過し、南西の外れまで来た。
と、南からやって来る者がある。
馬が二騎。
乗っているのは騎士だろうか。
起伏する道と生い茂る草に見え隠れしながら近づいて来る。
そのうちあちらもこちらに気付いたようで、馬足を速めて近づいて来た。
前を走るのは青年である。
年の頃は十七、八だろうか。
まだ騎士というには若い年だ。
装備も革鎧である。
兜はかぶっておらず、赤い髪が緑の草原を背景に鮮やかだ。
後ろを走るのは壮年の騎士だ。
その顔に見覚えがある。
「おい、じじい!
お前、バルド・ローエンか!」
強い声だ。
この青年はよい指揮官になれるだろう。
それにしても、なんとまっすぐ胸に飛び込んでくる声なのだろう。
バルドはなぜか背筋がぞくぞくするのを感じながら、そうじゃ、とうなずいた。
青年は後ろを振り返って連れの騎士に話し掛けた。
「コリン!
バルド・ローエンだっ。
剣をよこせ」
「げっ。
ほんとにバルド・ローエン元帥だ」
コリン・クルザーである。
〈
バルドともなじみは深い。
コリンがついているということは、この青年は。
「早く、剣をっ」
「い、いや。
無理だって。
帰ろうよ、ゲラ。
ありゃ、ほんと化け物なんだから」
本人を目の前にして「化け物」とはずいぶん失礼な物言いである。
そういえば、かつてジョグ・ウォードはバルドのことを「化け物じじい」と呼んだ。
そのころはそう呼ばれるだけの武威があったのだ。
今はすっかり枯れ果てているのだが、コリンは昔の面影でバルドをみているのだろう。
「無理かどうか、やってみなくちゃ分からないだろっ。
そらっ。
剣をよこせってば!」
コリン・クルザーが剣を青年に渡した。
長い剣だ。
まるでジョグ・ウォードが少し若いころに使っていた剣のような。
「俺は、ゲラ・ウォード!
おやじが何度もあんたにあしらわれたって聞いて、おやじの代わりにあんたを倒すためにやって来た!
いざ、勝負!」
と言うなり馬を駆って迫ってきた。
バルドは、当惑していた。
おやじというのは、ジョグ・ウォードのことなのだろうか。
コリン・クルザーを連れているし、たぶんそうなのだろう。
しかしジョグ・ウォードにこんな年齢の息子がいるわけがない。
いや、分からない。
何しろ意外性のかたまりのような男であるから、こんな息子だっているかもしれない。
バルドは後ろの荷物から杖を引き抜いた。
もう古代剣は腰につっておらず、やはり荷物に結び付けてあるのだが、そちらは抜かなかった。
もう剣を振るのはしんどいのだ。
ゲラ・ウォードが迫って来る。
素晴らしい突進だ。
なぜかバルドはうれしくなった。
それにしても、この赤い髪。
黒い瞳、いちずに引き結ばれた唇。
この体格。
この気迫。
これは。
これは。
ジョグ・ウォードというより。
まるで若き日のバルド・ローエンそのままだ。
大剣を振りかぶって一気に振り下ろすゲラ・ウォード。
予想をはるかに超える速度と威力に、バルドは一瞬背中に寒気を覚えた。
今のバルドには、とてもまともには受けられない威力だ。
だが、なぜか相手が踏み込んでくる呼吸が手に取るように分かる。
すっとユエイタンが前に出て、相手のタイミングを外す。
「あっ」
驚くゲラ・ウォードの懐に飛び込んで、ばしん、と杖で側頭を打ち据えた。
たちまちすれちがう二頭の馬。
ゲラ・ウォードの体はぐらりとゆれ、馬から草地に落ちた。
「うわっ。
ゲラッ」
コリン・クルザーがゲラ・ウォードに駆け寄り、介抱を始めた。
バルドは、おいコリン・クルザー、と話し掛けた。
「な、なんだい、バルド元帥」
なんだはなかろう。
なぜわしは襲われたのじゃ。
そもそもその若者は誰じゃ。
「い、いや。
それがさ。
俺にもよく分からないんだけど。
あ、こいつはゲラ・ウォード。
ジョグの養子みたいなもんだよ」
それからコリンの語ったところによると、数年前、エイナの民の一団がガイネリアの都を訪れたらしい。
その中のライザという女にジョグは惹かれたようで、おのれのものとした。
ライザは子どもを連れていた。
ジョグはその連れ子も自分の身内として扱うよう命じた。
「この女は俺のものだ! この女の息子は俺のものだ。誰が何と言おうと俺のもんだ。ざまあみやがれ」などと言っていたという。
それから二年ほどして同じエイナの民が巡回してきたとき、ライザという女はジョグのもとを離れて旅団に戻ったが、ゲラ・ウォードはジョグのもとに残されたのだという。
バルドは話を聞きながら、非常な衝撃を受けていた。
ライザの息子。
そしてこの年頃。
赤い髪。
この体格、戦闘力、あふれんばかりの気迫。
なんということだ。
この青年は。
この青年は。
十五年前、バルドはパルザム王ジュールラントに頼まれ、魔獣に襲われたコルポス砦の救援に赴いた。
コルポス砦の兵たちを指揮して魔獣の群れを倒したバルドは、シャンティリオンに世の中のことを見聞させる目的で、二人旅をした。
そのとき、名も知らぬ村でエイナの民の旅団と行き合った。
その旅団のライザという名の踊り子と、バルドは一夜を共にしたのである。
そうだ。
そうだ、あのとき。
あのときライザは、何と言ったか。
奇妙な物言いだなと思ったので、覚えている。
ライザは、長を納得させられるほどの金が欲しい、とそう言ったのだった。
あれはつまり、妊娠してしばらく働けなくなることが許されるほどの金が欲しい、という意味だったのではないか。
だとすると、ライザは、あの一夜の交わりで身ごもったことに気付いた、ということになる。
そんなことがあるものだろうか。
だが、そう考えないと、ライザのあの言葉の意味が分からない。
きっとそうなのだろう。
それが直感によるものか、単なる願望によるのかは別として、ライザはバルドに出会って、自分はこの男の子どもを産む、と知った。
そしてその通りに腹の中に子どもが宿った。
少なくともライザはそう思った。
そしてその思い込みを、神々は現実にした。
そうとでも思うしかない。
エイナの民は神に近い、といわれる。
世俗の権力や土地に縛られず漂泊する彼らは、神々との交流をこそ重視する。
エイナの民の踊り子は賤しい娼婦でもあるが、また巫女でもある。
彼女たちは踊りに没入して神と交流するのだ。
ライザは格別に優れた踊り子だった。
とすれば格別に優れた巫女でもあったかもしれない。
これはあのときの子だ。
ゲラ・ウォードは、今十四歳だ。
バルドの息子だ。
それは間違いない。
もう一つ思い出したことがある。
ヒルプリマルチェの戦いの前、ジョグはバルドを「寝取りじじい」とののしり、「いつか覚えてやがれ」と捨て台詞をはいた。
ライザに出会って惹かれたジョグは、息子の父親は誰かと聞いたかもしれない。
ライザに名を名乗ったかどうかバルドは覚えていないが、話を聞いたジョグは、その獣のような直感で、これはバルドの息子だと気付いたのではないか。
そこでライザを妻とし、ゲラを自らの子どもとすることで、バルドに一矢報いた気になったのではあるまいか。
だがすると、バルド・ローエンの息子をジョグ・ウォードが育てているのか。
などと考えていると、ゲラ・ウォードが目を覚ました。
「うーん。
うおっ。
ば、バルド・ローエン!
いざ尋常に勝負」
いや、勝負は終わった。
お前さんの負けじゃ、とバルドは言った。
じゃが、なかなかの奮闘じゃったから、褒美をやろう、と。
そしてユエイタンに結わえ付けた古代剣をほどくと、鞘ごとゲラ・ウォードに渡した。
お前さんの今の体格では、この剣のほうが合うと思うぞ、と言いながら。
ゲラは古代剣を鞘から抜いて振った。
「おっ。
こりゃ、見てくれは悪いが、振り心地はいいな。
よし。
もらっておいてやる」
コリン・クルザーは、口をぱくぱく開けたり閉めたりしている。
「そ、それは。
ま、魔剣スタボロ……」
「何してる、コリン!
帰るぞ!
おい、バルド!
この次会うときには、お前なんか一撃だからな!
覚えていろよ!
お前……」
そこでゲラの言葉がいったん止まった。
「お前、どこかに行くのか?」
バルドたちの旅装に気付いたようだ。
うむ。
フューザに上る。
「フューザ?
へえ。
そ、そうか。
げ、元気で……」
ゲラは何かを言いかけて口ごもり、強い口調で言い直した。
「いいか、バルド!
お前を殺すのは俺だ。
それまで死ぬんじゃねえぞ!」
そう言いながら、ゲラ・ウォードは走り去った。
そのあとをコリン・クルザーは追った。
バルドは、初めて会った、そして二度と会うことのないであろう息子の姿が見えなくなるまで見送った。
——スタボロスよ、わしの息子を頼むぞ。
見送りながら感慨にひたった。
騎士であるバルドは血よりも家を重んじる。
バルドの正式の孫はアドルカーズただ一人である。
アドルカーズこそはバルドの養子であり家の継ぎ手であるカーズのただ一人の子だからである。
アドルカーズこそがローエン家の後継者であり、バルドの孫なのだ。
だが郷士出身の、というより庶民としてのバルドの感覚からすれば、血のつながった子や孫もまたいとおしい。
ゲラ・ウォードに子や孫ができ、ウォード家が栄えると想像してみる。
そのウォードの血筋とは実はバルドの血筋なのである。
ジョグに血筋を略奪されたといってもよいし、ローエンの血筋がウォード家を乗っ取ったといってもよい。
そんなことはどうでもよい。
ジョグもそうだろう。
ただ望むのは、ゲラやその子孫たちが雄々しくたくましく生きることだ。
騎士として恥ずかしくない生き方をすることだ。
危機に陥れば、スタボロスが助けてくれるだろう。
バルド自身の旅路を陰で支えてくれたように。
バルドは、ふと思った。
四千二百七十一年の二月にスタボロスは死んだ。
十六年前のことである。
それ以来スタボロスの魂は魔剣に宿り、バルドを助けてくれた。
そのことをもはやバルドは疑っていない。
なにしろ〈試練の洞窟〉の冒険では、スタボロスは古代剣から生々しく姿を現し、共に戦神と戦ってくれたのだから。
では、もし十六年前のあの夜、スタボロスが死ななかったとしたら、どうだろう。
スタボロスはあのときすでに老齢だった。
バルドの旅についてくることはできなかったろうし、足手まといにしかならなかっただろう。
死んで霊魂となることによって、スタボロスは不思議な働きを現し、バルドを助けることができた。
——もしや、もしやスタボロスは、わしを助けるために死んだのか?
それは分からない。
ただ一つ分かるのは、死はスタボロスにとって祝福だったということだ。
そうだ。
命をつないでもらうということが祝福である場合もある。
だが、死ぬことが祝福である場合もあるのだ。
これからもスタボロスは古代剣に宿り、バルドの子孫を助け続けるだろう。
なんと偉大な死ではないか。
スタボロスは、古代の神霊獣たちにも劣らないといえる。
そのスタボロスの宿る古代剣をゲラ・ウォードに託することができたのは、何とも幸せなことだった。
振り返ったバルドは、カーズがびっくり仰天して目をむいているのをみた。
ふだんの顔とわずかな違いなのだが、見慣れたバルドには、いかにカーズが驚いているか明白だった。
それは、いつも憎らしいほど沈着冷静なこの男が初めてみせる茫然自失の姿といってよい。
むろん、カーズはライザのことを知らない。
ゲラ・ウォードの正体にも気付きようがない。
初対面の跳ねっ返り者に、秘宝であり大切な人々の思いが詰まった古代剣を無造作に渡した。
カーズにはそのようにみえたはずだ。
ははは。
あのカーズが魂消ておるわ。
ついにカーズを驚かせてやった。
ははははははははは。
草原にバルドの高笑いが響いた。
驚いているのはカーズばかりではない。
ジュルチャガもあたふたとしている。
「ね、ねえ、旦那。
これはいったいどーゆーこと?
ねえったら、旦那。
せつめーしてよーーー」
バルドは説明するつもりなどなかった。
これは神々との秘密だ。
楽しい楽しい密約のようなものだ。
愉快だった。
ただ愉快だった。
神々のなさることは、まこと楽しい。
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