第3話 はなむけ

 1


 聖騎士ウルベト・マルタンと、聖騎士オギスハ・テラノ。

 聖騎士二人のまなざしがおもしろい。

 初めバルドのもとへ案内されてきた聖騎士二人の態度には、あからさまではないがめきった心情がうかがわれた。

 こんな辺境も辺境のひどい田舎に来て、いささか以上に豊かで大きな集落ができているのを見て驚きもしたに違いないが、バルドと会うころにはその驚きは引いて、上から下を見下ろすような目つきになっていた。


 例えば田舎者の騎士であるバルドが初めてパルザムの王宮に足を踏みこんだときを思えばよい。

 その豪壮で瀟洒しようしやな造りに、まさに度肝を抜かれた。

 建物と、そこに住む人間の値打ちとはまた別物だと知ってはいるが、圧倒的な建物を目の前にすれば、やはり畏怖を感じる。

 豪壮で複雑な宮殿には、積み上げられた歴史と文化が息づいており、そこに暮らす人々の意識や知識の深みをも暗示しているのであるから、そうした感性は軽視してよいものではない。

 二人の聖騎士がフューザリオンを訪れたときの印象は、ちょうどその逆であろう。


 なんだ。

 大きいことは大きいが、田舎の村長の家と変わらぬ造りではないか。


 バルドやジュルチャガたちが住む屋敷を見て、そう彼らが思ったとしても、それは間違いでも何でもないのである。

 実際、フューザリオンでは、領主の館だといっても、この程度のものなのだ。

 バルドが慣れ親しんだパクラのテルシア家の城にしても、建物といい調度といい、美しさと古さがかもしだす趣は、見る者を感動させずにはおかない。

 そこには、土地に根付いてその土地の草木とともに呼吸をしているかのような落ち着きがある。

 そうした建物と土地との一体感は、十年や二十年の歳月で生まれるものではない。


 そしてまた、彼らを案内した部屋は一階だった。

 およそ領主と呼ばれるほどの家であれば、無理にでも二階建てにする。

 階下は使用人が住み、料理、洗濯などの仕事を行う空間であり、階上こそが貴族の空間だからである。

 もっともこれは中原では常識であっても、辺境では必ずしもそうではないのだが、やはりフューザリオンの領主館の造りは、あまりにも質素である。

 この総領主館も間に合わせのように建築されたばかりだし、歴史のない街だというのはその通りなので反論の余地もない。

 しかも、書類だの武具だのが雑然とあちらこちらに突っ込まれ、あとから継ぎ足した家具が通り道をふさぐようなありさまである。

 はるばるメルカノ神殿自治領から足を運んだ聖騎士を迎える部屋がこれか、とあきれられても無理はないのである。


 ただし彼らのそうした態度は、バルドに会って変わった。

 バルドと対峙したとき、二人の目に、はっとした光が浮かんだ。

 立って出迎えたバルドに対する二人の礼も、大国の上級騎士としての威厳を保ちながらも、じゅうぶんな丁寧さを持ったものだった。

 バルドと交わしたあいさつもへりくだったものであったし、話をするその態度も敬意を含んだものだった。


——やれやれ。面はゆいことじゃが、フューザリオンのためにはよいことじゃ。わしのような年寄りにも多少は役割があるということじゃな。


 バルド自身は、自分の大柄な体つきや顔の古傷から相手が勝手に武徳を感じてくれているのだろう、というぐらいにしか思っていない。

 しかしそれはちがう。

 想像を絶する敵たちと相対して磨かれてきたバルドの心胆は神の域にあるといってよく、見る騎士が見ればその片鱗はありありと伝わるのである。

 実際、二人の聖騎士は、バルドの前でひざまずかずにいるのに、多大な精神力を要したほどだったのである。

 もっとも二人の聖騎士もその武威はさすがのもので、国を代表する騎士といわれても信じただろう。

 こんな騎士がごろごろいるのだとしたら、メルカノ神殿の実力はすさまじいものだといえる。


 さて、彼らの態度ががらりと変わったのは、晩餐のときである。

 最初は戸惑ったようだ。

 テーブルに案内されてみれば、ちょこんとナイフとフォークのみが置いてある。

 しかもそのフォークたるや、なんと四本歯である。

 この時点で取り皿がない、というのが妙である。

 そしてまた普通なら、冷菜はテーブル狭しと並べ立てられており、客の着席寸前に温菜も並べられるものである。

 ところがテーブルの上には一切料理がない。

 着席するや、ワインが供される。

 むろん、フューザリオン産のワインである。

 ホスト役のバルドの音頭で乾杯をするや、給仕が入場してすばやくなめらかな動作で、第一皿目を供する。

 フューザリオン産の豚の生ハムに春野菜をあしらったものだ。

 盛りつけの美しさに、二人の騎士は言葉もない。

 そうだ。

 ここフューザリオンの客用料理は、まさに芸術品なのだ。

 冷菜はみずみずしくきりっとして、しかもふわりとした柔らかさを持っている。

 恐る恐る口に運んでみれば、その鮮烈さと深い味わいに、ただ夢中で皿を平らげるしかない。

 たった一皿目で、カムラーは客たちの心をわしづかみにしてみせたのだ。

 洗練されたうまさには、何のごまかしもない。

 次々と供される皿の順序、料理法、盛りつけ、鍛え抜かれた給仕たち。

 そこには目まいがするほどの文化の粋が凝縮されている。

 中原で最も古い国から来た二人の騎士は、フューザリオンにも文化はある、と知ったのである。


 だが、彼ら二人のフューザリオンに対するまなざしを敬意あるものに変えたのは、結局のところ、騎士たちや騎士を目指す若者たちだったろう。

 騎士ヘリダンの重厚さ、騎士バンツレンのただならぬ武威、騎士キズメルトルと騎士ノアの風格に、彼らは強く感じるものがあったようだ。

 そして騎士タランカと騎士クインタという若き才能には驚きの表情を見せていたし、それに続く者たちの精進振りにも感心していた。


「フューザリオンは素晴らしい騎士たちが育つ秘密があるのですかな」


 そう食事のとき冗談交じりに言っていたほどだ。

 だが、そうなのだ。

 ここフューザリオンの若手騎士たちは、特別な環境の中で育っている特別な騎士たちなのだ。


 由緒ある騎士家というのは驚くほどの歴史を背負っている。

 いつとは定かに分からないほどの昔から、権力と富貴をほしいままにしてきた。

 だから騎士というものは、どうしようもない驕りをその血に混ぜ込んでいることが多い。

 どこの国でも領地でも、高貴な家ほどそうなのだ。

 パクラのように魔獣の危険にさらされ続けた領地ですら、騎士たちにいささか鼻につく傲慢さがなかったとはいえない。

 だが各国を旅して分かったが、パクラなどは奇跡的に清廉な騎士が集まる場所だった。

 どこの国でも騎士家の奧からはどうしようもないかび臭い匂いがただよってくる。

 それは心を、技を、向上心を、いつでもただちに命を捨てて主家と人民のために戦ういさぎよさをにぶらせ、よどませてしまう。


 だが、フューザリオンで育った騎士たちは違う。

 ここには伝統など何もなかったのだ。

 見習うべき悪い見本などどこにもない。

 ここの騎士たち全体を取り仕切ってきたのは、オルガザード家筆頭騎士であった騎士ヘリダンだ。

 騎士ヘリダンはもともと高潔をうたわれた騎士だが、ここで理想の騎士を育てようとしたふしがある。

 ここの騎士たちは純粋に騎士道を信じ、信じたままに生きようとしている。

 ここはそれができる場所なのだ。

 そして彼らの武道師範はカーズ・ローエンであり、バンツレン・ダイエだ。

 彼らは師匠たちの技と体力に驚嘆し、自分たちも修業を積めばその境地に達することができると信じ込んでいる。

 信じる力は恐ろしいもので、フューザリオンの若手騎士たちは、いつか本当にカーズやバンツレンに追いつくのではないかというほどの成長ぶりをみせている。

 ドリアテッサもそのあたりをよく飲み込んでいて、少しでも早く責任を持たせたいのにがまんして、じっくりと騎士たちを育てている。

 あと十年もしたら、ここにはどんな騎士団ができているか、想像もつかないほどだ。

 だから聖騎士たちが感心するのも無理はないのである。


 その彼らが軽蔑のまなざしを向ける騎士がいる。

 カーズである。

 姫様のお相手はどんな騎士かと、相当の関心を持ってやって来たに違いない。

 ところが引き合わされた相手は、みすぼらしい革鎧を着けたやせぎすの男で、しかも口が利けないのだという。

 武威のかけらも感じられない。

 話し掛けてもたいした反応もない。

 二人はすっかりしらけてしまい、カーズをほとんど無視することに決めたようだ。

 たまにカーズを見る二人の目は、明らかに侮蔑ぶべつの色をたたえている。

 そんな目つきで見られてまったく動じないカーズに、バルドはいよいよ感心したのだった。


 2


 アドルカーズの出発の準備と、第二街区および第六街区の領主引き継ぎが慌ただしく進んでいるころ、ファファーレン家から騎士が来た。

 これは実際にはカリエム侯爵夫人からの使者であり、テンペルエイドの妃が決まったという知らせだった。


 タルスカノ伯爵の末娘ノーラフリザ姫。

 なんとドリアテッサの従妹であるという。

 ドリアテッサはその名を聞いてひどく驚いた。

 失礼ながら、この輿入れはゴリオラ皇国の側からみればまったく釣り合いがとれないものであり、こんな辺鄙な場所の得体の知れない騎士のもとに嫁がせるような姫ではないのだという。


 だが、カリエム侯爵夫人の手紙を読んでわけが分かった。

 この姫、少しわけありなのだ。

 見目麗しく健康でもあるのだが、商売が大好きという変わった娘で、近年のパルザムとの貿易の激増に目を付け、相当に荒稼ぎしたらしい。

 だが、少しやり過ぎた。

 何人もの貴族の利権をかっさらうような形になり、父伯爵から謹慎を命じられたのだ。

 年齢もすでに二十歳に達しており、このままでは完全に婚期を逸してしまう。

 というより結婚できる見込みがない。

 かといって皇都であまりに身分の低い者に嫁すのは家の体面に傷が付く。

 そんなこんなで、父伯爵も本人も、連合元帥バルド・ローエンの庇護下で新たな領地を切り開いたという青年に嫁ぐことに、大いに乗り気であるという。

 準備できしだいこちらに向かうということで、使者によればすでに皇都は出ているはずだ、ということであった。

 姫を連れた婚礼の行列なのだから、おそらく三か月ほどの旅になるだろう。

 つまり七月の初旬か中旬ごろ、花嫁は到着することになる。


 騎士ガルクスを呼び出してこのことを伝えると、非常に驚き、そしてまた喜んでいた。

 敬愛するあるじの妃として、大陸中央の強大な国の都から、高貴の美姫がやって来るというのだ。

 うれしくないわけがない。


 3


 嵐のように準備の時間は過ぎ去り、出発の日は来た。

 主都ザリアの総領主館前の広大な広場に、出発する人々と見送る人々が参集している。

 聖騎士二人は、ただただ唖然としている。

 無理もない。


 アドルカーズの乗る馬車は、まことにぜいたくな造りをしている。

 職人たちが奮闘したとみえ、飾りも見事だ。

 その後ろにはアドルカーズの財産を収めた馬車が続く。

 その数、四十台。

 付き従う騎士ノア、その長男騎士ダリ、次男騎士ゴア、三男騎士バルーは、もちろん騎乗である。

 その妻や子どもたちと使用人たちの乗る馬車が十八台。

 さらに家臣たちの家財や食料を積み込んだ荷車が二十六台。

 兵士四十人は馬車か馬に乗っている。

 ただ一人も徒歩の者はいないということが、この一団の豊かさを物語っている。


「これが、みなアドルカーズ様の財産であり家臣だというのか」


 呆然とつぶやく騎士ウルベトに、騎士キズメルトルが話し掛けた。


「ローエン家はオルガザード家より、このフューザリオンの二つの街の領主に任じられておる。

 ウルベト殿。

 ローエン家の家臣すべてがアドルカーズ様のお供をするのが当然なれど、それをしてはフューザリオンが立ち行かぬ。

 ゆえにカーズ様は、このキズメルトルとその一党にはここに残るよう命じられた。

 わしがどんな思いでアドルカーズ様をお見送りするか、貴殿にはお分かりか。

 また騎士ノアにしても、一族の者は連れて行くが、使用人の多くはここに残す。

 自分が去ったあとの街が立ち行くようにと、財のほとんどは置いていくのだ。

 それだけではない。

 一緒に連れて行ってくれと願う領民がどれほどあったかご承知か。

 それらの領民もみな置いて行く。

 アドルカーズ様とともにメルカノ神殿自治領に向かうのは、かの若君の財産のごく一部と心得られよ」


 騎士キズメルトルはこう言っているが、キズメルトル自身、財貨をさらえてアドルカーズの馬車に積み込んだのを、バルドは知っている。


 4


 主立った者が輪になって、カーラとアドルカーズを見送っている。

 その後ろには数え切れないほどの領民たちが、別れを惜しんでいる。

 ひとしきりあいさつを済ませたカーラが、最後にカーズに別れを告げようとしたとき、カーズはそれを制し、アドルカーズを抱き上げるよう手振りで示した。

 カーラがアドルカーズを抱き上げカーズのほうに向けると、カーズは十五歩後ろに下がり、すらりと、魔剣ヴァン・フルールを抜いた。

 そして右手で高々と魔剣を構え、流れるような動作で右足を踏み出し、左手を大きく引き、右手の剣を振り下ろした。

 ゆっくりした動作でありながら、まったくつけいる隙のない、完成された動きである。

 カーズはその動作の流れのまま左手を前に突き出し、左足を踏み込み、もう一度右手の剣を振り上げた。


 あ、あ!


 バルドはカーズが何をしているのかに気付いた。

 型稽古だ。

 それにしても、なんという全身の動き。

 手や足や胴体や頭の動きの連関か。

 左手一つをとっても、それを振り回しまた収める動作が、右手の剣の振りにつながっている。

 それは実戦の中では肘の動きに置き換えられたり、体のこなしの中に溶け込んでしまうため、みえない。

 ところがこうして型稽古で基本となる動きをみせられると、カーズの剣の秘密が分かる。

 体全体の動きの中で、どのように剣に威力が伝えられていくかが。

 そうか、カーズ・ローエンの片手剣は、このように振られていたのか。


 盾持ちの鎧騎士が持つ片手剣は、端的にいえば右手だけで振る。

 むろん足や腰の動きも必要なのだが、左手も足もそれぞれ別の役割を持っている。

 カーズの振るこの剣は違う。

 体のすべての部分が、右手が振る剣のために動作し連係するのだ。

 ゆえにカーズの片手剣には全身の持つ重さや速度や技が込められている。

 まさに全身剣なのだ。

 そのことが、この型稽古をみれば分かる。


 最初の型が終わり、次の型に移った。

 今度は斜めからの振り下ろしだ。

 左右の振り下ろしが交互に行われる。

 なんとも美しい動作で。


 カーズと知り合ってもう二十年近くになるが、バルドはカーズの稽古を見たことは一度もない。

 カーズは自分の稽古は誰にも見せないのだ。

 その理由が分かった。

 これは、見せられない。

 見せれば、カーズの技の秘密は盗まれてしまう。


 この型は、カーズの大叔父にあたるカントルエッダが生み出し、カーズが完成させたものなのだろう。

 たぶん、本来は誰にも見せないはずのものだ。

 それを今、カーズは人々の前で行っている。

 何のために。

 決まっている。

 アドルカーズの目に焼き付けるためだ。

 父カーズが剣を振る姿を。

 もちろん一歳半のアドルカーズに、何が理解できるわけでもない。

 だがそれでもそのまぶたに焼き付かせようと、カーズは型を舞っている。

 そうだ。

 これは型稽古というより、型舞いだ。


 騎士ノアが、騎士ダリが、騎士ゴアが、騎士バルーが、食い入るようにカーズの動きを見つめている。

 彼らはカーズのこの贈り物を、やがて正しくアドルカーズに伝えなければならない。

 そのまなざしの必死さは、彼らが自分たちのその役割を理解していることを告げている。


 いや。

 アドルカーズのためだけではない。

 今、この場にはノア家のほかにも多くの騎士たちがいる。

 騎士ヘリダン、騎士バンツレン、騎士タランカ、騎士クインタ、騎士セト、騎士見習いヌーバ。

 騎士キズメルトル、騎士ツルガトル、騎士ハンガトル、騎士トリガトル。

 カーズの型舞いは、これらの騎士たちすべてに残す置き土産でもあるのだ。


 カーズの型舞いは続く。

 それを見ながら、バルドは思った。

 この男は、いったいどんな気持ちで武技を磨いてきたのだろう。

 若き日に養った技は国を守るに至らず、ザルバンは滅び去ってしまった。

 王の剣としての務めを果たすことはできなかったのである。

 忠誠を尽くすべきものは地上から失われた。

 果てしない喪失と虚無の中で、この男は師カントルエッダが残した、剣を磨け、という言葉を頼りに生きた。

 剣技の極致に達する。

 そのことだけをよすがに、かろうじて生き永らえることができたのだ。

 この男が目指そうとした強さとは何だったのか。

 敵はもういない。

 倒すべき敵はいないのである。

 復讐は禁じられたのであるから、物欲将軍もシンカイも、カーズにとっては敵ではない。

 だから、カーズが目指した強さとは、物欲将軍に勝てる強さというわけではない。

 この世の何者にも負けない力。

 自分自身を喰らい尽くそうとする絶望と戦える力。

 人間を苦しめるあらゆる理不尽さを打ち払える力。

 おそらくそうした力を求めてこの男は剣を磨いた。

 だが磨き抜いた剣技は、おのれを責めるやいばでもあった。

 それだけの力を持ちながら、お前は何をした。

 何ができた。

 そうした問いが、この男の中にはうずまいていたはずだ。

 だからザルバンの遺民の存在を知ったことは、この男にとって救いだった。

 血縁の姫の存在を知ったこともまた、救いだった。

 自分の力を必要とする人がいる。

 奪われた人々がいる。

 その人々のために、磨き抜いた剣の技を役に立てることができる。

 それはどれほどの喜びであり救いであったことか。

 であればこそ、そうした人々のための戦いが終わったとき、より大きな虚無がこの男の胸に棲み着いた。

 そんなとき、この男はバルドに出会った。

 神々が出会わせた。

 この男は、技の限りを尽くしてバルドをたすけた。

 ドリアテッサを辺境競武会で優勝させるために。

 メイジアの城をゴドンの手に取り戻させるために。

 ジュールランの命を守り、その覇業をなさしめるために。

 中原の民衆を魔獣の大軍から守るために。

 物欲将軍を倒し、諸国戦争を終わらせるために。

 まさにこの男の磨いた天下無双の技は役に立った。

 そうした戦いを戦い抜く中で、この男はますます成長した。

 挑み、学び、おのれを練り上げた。

 この長命の剣士の技は、今こそ円熟の極みにあるといってよい。


 誇れ、カーズ・ローエン!

 お前の技を、居並ぶ騎士たちの目に焼き付けるがよい。

 この世のものとも思えない美女に出会った人間が、その一瞬の思い出を生涯忘れることができないように、お前の剣の舞は、騎士たちの心に刻み込まれ、決して忘れられることはないだろう。


 結局カーズの型舞いは、攻撃の型が七つ、受けそらしの型が五つ、特殊な攻撃の型が三つ、そして複合の型が二つ、計十七に及んだ。

 見守る騎士たちは、いつしか右膝を地に突いていた。

 二人の聖騎士もそれに倣った。

 騎士が騎士に贈る最高の礼である。

 聖騎士は他国でいえば上級騎士にあたる。

 上級騎士は、国主以外に対してめったにこの礼を取らない。

 騎士ヘリダンも膝を突いている。

 騎士たちの後ろでは、群衆もみな膝を突いている。

 すべての人々が、カーズの型舞いを見上げている。


 すべての型舞いを終えたカーズは、剣を鞘に収め、馬車の前にたつカーラに歩み寄った。

 途中、聖騎士ウルベトが、


「カーズ・ローエン様。

 ご子息は確かにお預かりします」


 と畏敬を声に含ませて言ったとき、カーズはかすかにウルベトのほうを向き、柔らかな笑みをみせた。

 馬車の中には、剣匠ゼンダッタがアドルカーズに捧げた剣が立て掛けてある。

 その剣をカーズは手に取り、代わりに魔剣ヴァン・フルールを馬車に置いた。

 なんとカーズは魔剣ヴァン・フルールをアドルカーズに譲り渡したのだ。

 カーラが目を見開いて無言で驚いている。

 むろんカーラはそれがどのような剣であるかを知っているのだから。


 そのあとバルドが馬車に近寄り、ヤナの腕輪を腕から抜いてカーラに渡した。

 メルカノ神殿という不気味な場所でこれから成長し、おのれの地歩を築いていかねばならないアドルカーズにとって、この秘宝は強い味方となるはずである。

 カーラの目は、こぼれんばかりに見開かれた。


 バルドはふとカーズを見た。

 カーズは何かを言いたげにしている。

 バルドのほうを見て、そしてアドルカーズを見ている。


 はて。

 何か言い忘れておることがあったかのう。


 バルドはしばらく考えた。

 そして、はっと気付いたので、カーラと騎士ノアにこう言った。


 アドルカーズが成人し騎士となったら、ローエン家当主を名乗らせよ。


 二人は目に力を込めてうなずいた。

 カーズもうなずいている。

 こうしてカーラとアドルカーズとその家臣たちは、二つの秘宝を携え、多くの財貨を携えて旅立っていったのである。

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