第8話 囚われの島
1
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
鉛色の雲がうねりながら空を覆っている。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
低い。
空が低い。
スープのように濃厚な雲は、おのれの重さに耐えかねて、今にも地上に降りてきそうだ。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
声が聞こえる。
低くて昏い声が。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
今までのように、夢うつつのときに耳の隙間から忍び込んでくるような声ではない。
こうして目を覚まして馬に乗って進んでいても、はっきりと耳の奥に響く声だ。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
世界のどこかから届けられている声のようでもあり、四方八方から同時に響いてくる声のようでもある。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
一緒に馬を進めているカーズにもセトにも、この声は聞こえないという。
バルドの耳にだけ、この声は聞こえるのだ。
あまりに大きく響く声が延々と鳴り続けるので、カーズやセトと話をするのにも不自由を感じるほどだ。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
一行が進む速度は遅い。
空気が絡みつくのだ。
ねっとりと。
そして風が吹き付ける。
右から左に、左から右に。
前から後ろに、後ろから前に。
押しつぶすように、吹き上げるように。
吹く風の重さが馬の足に
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
ねばつく汗を拭き取りながら、バルドは考える。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
空と風が異様な
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
それとも世界中でこうなのか。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
やつが目覚めたのだ。
そうか。
今までのやつの呼び声は、起きがけのぼんやりとしたつぶやきのようなものだったのか。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
やつは自分を呼んでいる。
自分に呼び掛けている。
自分はどうしたいのか。
もはややつを恐れてはいない。
逃げようとは思っていない。
やつと対話をしたいのだ。
やつが何を考えているかを知りたいのだ。
やつの知っていることを知りたいのだ。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
それならば。
〈バルド・ローエン〉
〈バルド・ローエン〉
バルドは立ち止まって馬から降りた。
荷物の中からヤナの腕輪を取り出す。
そしてそれをセトに渡して、千歩離れよ、と命じた。
セトがそのようにしたとき、これまでで最も大きく声が響いた。
〈そこか〉
そして声は止まった。
2
その場所で野営をすることにした。
まだ早い時刻ではあるが、疲れたのだ。
それに、パタラポザの使いを迎えるとしたら、人家からは遠いほうがよい。
ここは見渡す限り地平が広がっており、草も木もほとんど生えていない。
風よけになりそうな土のくぼみに陣取ると、多少の枯れ木をかき集める。
火打ち金を火打ち石に打ち付け、火口に火をともす。
火種を綿に移し、細く裂いた枯れ木を燃やす。
枯れ木に火を移し、緑炎石を一個乗せる。
鍋に水を張って火で温め、からからの干し肉を裂いて入れる。
干し肉がしんなりし、水に塩気が移ったら、それで出来上がりだ。
めいめいの椀にスープを取り分ける。
温かい。
スープの温かさが腹をぬくめると、こりかたまった体がほぐされる気がする。
うつらうつらと眠気が襲う。
バルドは二人に断ると、マントにくるまって寝た。
二人はこれだけの食事では足りないだろうから、なにがしかまた食べるだろう。
バルドに今必要なのは眠りだ。
できれば深く静かな眠りがよいが、そうもいかないだろう、と思った。
しかしありがたいことに、夢も見ずにぐっすりと夜明けまで寝た。
ヤナの腕輪はカーズに託した。
もうバルドには、この腕輪は必要ではない。
相変わらず空は鉛色だ。
だが。
あれは何か。
東の空の一角で、雲に切れ間が生まれ。
そこから光が差してきた。
その光の中を。
こちらに飛んで来る者がある。
バルドはじっとそれを見守った。
それはぐんぐん大きくなる。
竜人だ。
飛竜に乗った竜人だ。
飛竜に乗った竜人が近づいて来る。
音もなく滑空してきた飛竜は、バルドたちの手前で体を起こして翼で空気を打った。
そしてばさばさと翼をはためかせてからふわりと着地した。
あおられた風で砂ぼこりが激しく舞い、ささやかな営火のあとを吹き飛ばす。
砂は三人の人間と三頭の馬に吹き付けた。
セトが異変に目を覚まして慌てている。
カーズはいつの間にか立っており、吹く風にも態勢を崩されない。
バルドはまぶたを固く絞って砂ぼこりに耐えた。
飛竜が翼を収めて頭を地に伏せると、一人の竜人が降りてきた。
チチルアーチチである。
3
かくかくとした、ぎこちない動きで、チチルアーチチが近づいて来た。
「バルド・ローエン」
そうでなくても聞き取りにくい竜人の声なのだが、まるで一音一音をたどるようにしゃべるので、一瞬何を言われたかわからなかった。
「この竜人とともに、来い」
この竜人、とは妙な言い方だ。
自分自身のことを指しているのだろう。
いや。
そうか。
今、この竜人の族長の娘は、パタラポザに操られているのだ。
それでおかしな動作やしゃべり方のわけが分かった。
バルドはチチルアーチチに、分かった、少し待て、と声を掛けると、厳重に身繕いをした。
古代剣を腰に着け、マントを体に巻き付ける。
自分のマントだけでは足りないと思ったので、セトのマントも借りた。
そして体をぐるぐると覆ってひもでくくりつけた。
頭にはしっかりと頭巾をくくりつけ、鼻も布で覆った。
カーズに手伝わせて身繕いをしたのであるが、ふと、帰って来るときはどうすればよいかと思った。
そのときはそのときのことだ。
それに帰って来る心配などする必要はないかも知れない。
カーズに手伝わせて飛竜の首に乗った。
その後ろにチチルアーチチが乗り、そのまま出発しようとした。
慌てて止めると、カーズに命じてチチルアーチチとバルドをロープでしっかり結わえさせた。
飛竜が助走を始めた。
カーズ。
セト。
フューザリオンに帰って待っておれ!
その言葉は二人に届いただろうか。
4
今回は途中での休憩はなかった。
それでよかった。
逆に時間を置いたらバルドの体力や気力がもたなかったかもしれない。
容赦のない速度で飛竜は飛んだ。
下界の景色はすさまじい速度で後ろに飛び去っていった。
大障壁を飛び越えるまで、あっという間だった。
考えれば前回は王都を出発したのだから、なるほど今回のほうが距離は近い。
その後ユーグに入り、激しい風に吹かれながらも、バルドはうつらうつらと眠りかけた。
ふと気付けば眼下に何かがある。
水ではない何かが。
その上を飛竜が旋回している。
この薄赤色の気持ちの悪いかたまりは何か。
そうか。
囚われの島だ。
パタラポザの住む島だ。
やつはここから出られないという。
当然、バルドを連れてくるのはここでなくてはならない。
それにしても、妙な島だ。
草も木もなく、ただぬめぬめした薄赤色の岩場が続いている。
でこぼことした起伏はあるのだが、まるで強い熱で溶けたコイネンシリーの樹液のようにどろどろしている。
思ったよりずっと大きな島だ。
だがこのつるつるした島の、いったいどこに降りるのだろう。
足が滑って立てないのではないか。
あるいはあの粘りけのある地表から、ずぶずぶと体が沈み込んでしまうのではないか。
そんなことを考えていたら、ふいに飛竜は囚われの島を離れた。
イステリヤのほうに向かっている。
そして囚われの島が見渡せる砂浜に着くと、チチルアーチチはバルドを飛竜から降ろした。
二人をつないでいたロープなど、チチルアーチチによりいともあっさり引きちぎられた。
またマントを体に結わえ付けていたひもも、チチルアーチチは引きちぎった。
長時間の飛行ですっかり疲労し、また凍えていたバルドは、うまく体を動かせず、砂浜に倒れてしまった。
風の気配がする。
どうにか体を仰向けにしたとき、すでにチチルアーチチと飛竜の姿はなかった。
これは、どういうことなのだろう。
またもここで一晩過ごせということなのだろうか。
そのとき、バルドの頭に言葉が響いた。
〈やっと会えたな、バルド・ローエン〉
巨大な声である。
圧倒的な力を感じさせる声である。
この声を聞いただけで、相手は闘いようもあらがいようもない存在なのだと痛感する。
バルドは返事をしようとしたが、口が凍えてしまってうまく動かない。
だから心の中でつぶやいた。
——こんな格好じゃが、失礼する。
その心の中のつぶやきに返事があった。
〈どんな格好でも気にはしない〉
〈しかしどんな格好なのかね〉
——砂浜に寝転がっておる。
〈おや〉
〈もしや竜人の娘が無礼なことをしたのではないだろうな〉
——そういうわけではないが、わしの老いた体にはいささかこの旅はこたえたのじゃ。
〈それは申しわけないことをした〉
〈何か必要な物はあるかね〉
〈竜人に持って行かせよう〉
——いや。老いに薬はないじゃろう。しばらくたてば、動けるようになるはずじゃ。
〈いや〉
〈老いに薬はある〉
〈今からそのことについての提案がある〉
〈ところで今霊剣は持っているのか〉
——持っている。
〈そうか〉
〈ほんの少しでいいから、その力を解放してみてくれないだろうか〉
〈無理ならばあとででいいのだが〉
——スタボロス!
バルドの心での呼びかけに、確かに古代剣は応答した。
左の腰の辺りから温かい熱が伝わってくる。
たぶん今古代剣は青緑の燐光を放っていることだろう。
〈ああ!〉
〈すばらしい!〉
〈なんという強く、そして透き通った力だ〉
〈これこそ私が長きにわたって待ち望んだものだ〉
〈さて、バルド・ローエン〉
〈君に提案がある〉
5
〈だがその前に〉
〈確認しておきたいことがいくつかある〉
〈われわれがお互いを理解し信用する前提として必要なことだ〉
——訊いてみるがよい。わしもおぬしに訊きたいことがある。
〈結構〉
〈ではまず君の経歴の確認だ〉
〈君は辺境で生まれ、パクラの騎士になった〉
〈年老いてから、主家を離れて放浪の旅に出た〉
〈そして辺境の名もない村の雑貨屋で霊剣を手に入れた〉
——そうじゃ。
〈ふむ。素晴らしい〉
〈運命というやつなのかな〉
〈そして君は霊剣と同調し、わずかながら霊剣の力を引き出せるようになった〉
——そういうことなのじゃろうな。
〈それはわずかに私にも感じられていた〉
〈だがあまりにもわずかな感触なので〉
〈気のせいかとも思った〉
〈君は何度も霊剣の力を引き出したな〉
——そうじゃ。魔獣を斬った。日を置いて何度かのう。
〈そうだ。それで、私は気のせいかもしれないが〉
〈霊剣の使い手が現れているのかもしれないとも思った〉
〈いずれにしてもマヌーノたちに準備させた魔獣の侵攻は調いつつあった〉
〈今度こそ正常な使い手と霊剣が手に入るかもしれないと思ったのだ〉
——六、七十年もかけて準備したのじゃったかな。
〈ほう!〉
〈どうして知っているのだ。ああ、マヌーノに聞いたのか〉
〈さて、当時パルザム王国で、君の教え子が王となった〉
〈君は王の頼みを受けてロードヴァン城に向かい、魔獣防衛戦の指揮を取った〉
——わしのことを当時から知っておったのか。
〈知っていたとも〉
〈ただし君についての知識と霊剣のゆくえを結び付ける発想はなかった〉
〈さて、君は押し寄せる魔獣に対し、霊剣の力を解放し、危機を脱した〉
〈それに間違いないか〉
——間違いない。
〈ふむ〉
〈やはりそういうことだったのだな〉
〈あのとき私は眠りかかっていたので、ゆっくり確かめることができなかったのだ〉
〈ほかに急いでやらなくてはならぬこともあったしな〉
〈しかし、よかった〉
〈魔獣の大侵攻は、これから百年か二百年に一回、やり続けるつもりだったのだ〉
〈まさか最初の一回で見つかるとは〉
〈私は運がいい。やっと幸運がめぐってきたわけだ〉
——あんなことを、何度も繰り返すつもりじゃったのか。
〈もちろんだ〉
〈中継装置も見つかったしな〉
〈あとは最後の霊剣とその使い手だ〉
〈見つかるまで何度でもやるつもりだったとも〉
——どれだけの人間が死んでもか。
〈うん?〉
〈ああ、人間か〉
〈それは私にとって、霊剣の使い手を生み出すかもしれない存在、として意味がある〉
〈だからあまり数が減るようなら、次の侵攻は延期しただろう〉
——なんだと!
〈ああ、申しわけない〉
〈それは君にとっては腹立たしい価値観だったのだな〉
〈だが、問題ない〉
〈君がこの星の最高権力者になれば、君の思う通りにすればいいのだから〉
〈ところで、ほかにいくつか訊きたいことがある〉
6
〈私が目覚めてから……ああ、私が眠っていたことは知っていたかね〉
——おぬしは二十年ほど起きて、十年か十五年眠ると聞いている。魔獣大侵攻の直後に眠ったということもな。
〈それはいったい誰から訊いたのか〉
〈まあそれはあとでいい〉
〈私が目覚めると、驚いたことにフューザの中の中継基地に置いておいた竜人エキドルキエが死んでいた〉
〈自動人形たちに確認すると、なんと試練の洞窟の達成者が出て、その中の一人の名前がバルド・ローエンだという〉
〈試練の洞窟のことは、どうして知ったのだ〉
——竜人の長ポポルバルポポに聞いた。
〈……なるほど。そういうわけか〉
〈君は竜人の島に来たのだな。私が眠っているあいだに〉
——そうだ。
〈いったいどうやって来れたのだ〉
〈翼もないというのに〉
——竜人の一部、長の言うところの反乱者たちがパルザムの王宮に押し寄せ、霊剣とその使い手を差し出すよう命じた。そして百を超える数で襲い掛かったが、逆に空から落とされて敗北した。その敗北した竜人を引き取ろうとした族長の娘に、この事柄の説明をせよと迫った。その結果、チチルアーチチは何人かの人間を竜人の長のもとに連れてきたのだ。詳しくは長に聞くがよかろう。
〈もちろん、そうする〉
〈いや、もうそんな必要もないかもしれない〉
〈この話し合いがうまくまとまれば〉
〈竜人の島など粉々に吹き飛ばしてもかまわないのだから〉
〈君たち人間も、そのほうが安心だろう〉
〈しかしそうか。チチルアーチチは君の顔を知っていたのか〉
〈それで迎えにやらせたとき迷いなく君に近寄ったわけだ。なるほど〉
——おぬしもチチルアーチチの目を通してわしを見たのではないか。それともおぬしはわしの顔は知らなんだのか。
〈これは恐れ入った〉
〈あのとき私が竜人の娘を支配していたのに気付いていたのだな〉
〈なるほど。君はただものではない〉
〈ああ、それで事情を正直に話すとな〉
〈私には目はないのだ。だから物は見えない〉
〈また他の生き物を支配しても、その目を借りることもできない〉
〈心の表側に浮かんだ言葉は読み取れるけれども、心の奥にしまった記憶までは読めない〉
〈ついでにいえば、耳も鼻もない〉
〈口もないから、こうやって心で話をする方法しか採れないのだ〉
——なに? ではおぬしには体がないのか?
〈体はある。大きい体が〉
〈その位置からなら見えるはずなのだがな〉
——見えるじゃと? しかし囚われの島の上には誰も。まさか! おぬしは、囚われの島そのものなのか?
〈ほう。柔軟な思考をしているな〉
〈何百年も私と付き合っている竜人たちも、そこは気が付いていないというのに〉
〈しかし、その通り〉
〈もとはこの島の中に封じられていたのだが〉
〈段々大きくなって、今ではこの通り島そのものとなった〉
〈泳いでいる魚をどんどん吸収しているから、今でも少しずつ大きくなっている〉
7
〈しかし試練の洞窟に挑戦などという危ないまねは、やめておいてほしかったぞ〉
〈まあとにかく、踏破おめでとう〉
〈さて、それでだ〉
〈なぜ竜人エキドルキエを殺した?〉
〈エキドルキエは君に何をしようとした?〉
——エキドルキエは、魔剣を発動させて中継装置とやらに呼び掛けて〈初めの人間〉の遺産を呼び出すよう、わしに言った。そしておぬしを殺せと。殺したあと遺産はわしが死ぬまではわしのものだが、死んだあとは竜人のものとなる、と言った。
〈なるほど〉
〈そうなると分かっていたからあそこに閉じ込めたのだが〉
〈まさか君のほうからあそこに行くとは。しかも試練の洞窟を踏破して〉
〈ではなぜ君は、エキドルキエの提案を蹴ったのだ〉
——やつの言葉にはいくつもの嘘があり、信用できなかった。例えば、遺産の形も大きさも知らないと言いながら、一方では城より大きな金属のかたまりだと言った。そんな嘘をつく者の言葉は信じられない。呼び出した遺産には誰でも命令できるが、霊剣の持ち主の命令が優先されるとやつは言った。だがそれも信じられないし、呼び出したあとわしを殺すなり心を支配するなりしないという保証もなかった。
〈なるほど。なるほど〉
〈見事だよ、バルド・ローエン〉
〈君の思考は実に明晰だ〉
〈それに比べてエキドルキエは愚かだった〉
〈信頼を築くには嘘をつかないことが何より大事だというのに〉
〈だがそのおかげで私は滅びずにすんだ〉
〈教えておこう〉
〈呼び出した物の命令権は、霊剣の持ち主だからといって優先されない〉
〈命令の優先順序は、その物の中に刻み込まれた秩序に従って決まるのだ〉
〈霊剣の機能はそこにはない〉
〈今、かの物はいかなる命令も受け付けないようになっており〉
〈どこか分からない場所、たぶんユーグの奥底か天空のかなたに隠されている〉
〈霊剣は、その命令遮断の封印をはずす力を持っているのだ〉
〈封印をはずすには、霊剣で何らかの命令を与えればいい〉
〈例えば、ここに来い、といった命令をな〉
〈つまり霊剣で誰かがそれを呼び寄せてくれれば、私は最高の優先度でそれに命令できるわけだ〉
8
〈さて、もう一つ質問がある〉
〈君はヤナの腕輪を持っているな〉
——うむ。
〈どこで手に入れたのだ〉
——マヌーノの女王が、自分をおぬしの、いやエキドルキエの呪縛から解き放ってくれた礼として、わしにくれたのじゃ。
〈やはりマヌーノが持ってたのか〉
〈そうと知っていたら取り上げておくのだったが〉
〈今君は腕輪を身に着けていないが〉
〈どこにやったのかね〉
——おぬしと話すのに邪魔なようじゃったからのう。あれはわが息子に託した。
〈ほう〉
〈それにしても、あの腕輪には霊剣の探知を妨げる機能もあったのだな〉
〈マヌーノはそのことも知っていたのか〉
——あの腕輪を持っていれば、心の支配からはまぬがれる、としか聞いておらんの。
〈偶然か。しかしそんな機能も付けておくとは、実にいやらしいやつだ〉
——それは誰のことじゃ。
〈うん?〉
〈ああ。腕輪を作ったやつのことだ〉
〈人間たちがジャン王と呼び、竜人たちが初めの人間と呼んでる悪党のことだよ〉
——ずいぶんと嫌ったものじゃな。
〈嫌わないわけがあるか?〉
〈こんな所に私を閉じ込めて自由を奪ったやつだぞ〉
〈私のすべてを奪った男だ〉
〈だが、もうそのことはよい。本当によい〉
〈ジャンのことなどもうどうでもよいのだ〉
〈私が復讐したい者たちはほかにいる〉
〈私は復讐のために生き永らえてきたのだ〉
——おぬしが復讐したい者たちとは誰じゃ。
〈ふむ〉
〈その質問に答える前に〉
〈提案がある〉
——何じゃ?
〈君の心と私の心をつなぎたい〉
——もうつないでおるのではないのか?
〈これは外側から話し掛けたり聞き届けたりしているにすぎない〉
〈心と心をつないでも、思考の表層に浮かんだ言葉しか読み取れないが〉
〈それが嘘か本当かを知ることができる〉
〈誠意ある話し合いをするためには〉
〈非常に有効な手段だ〉
——断らずに勝手にやればいいのではないか?
〈それでは君の信頼を失う〉
〈君をのがせばあと何十年、何百年待たねばならないか分からない〉
〈二度と次の機会が訪れないということもあり得る〉
〈私は君の信頼を絶対に失いたくないのだ〉
——ふむ。受けねば話は進まないようじゃな。どうせわしには失うものはない。やるがよい。
〈失うものはない、だと〉
〈そうか〉
〈死を覚悟してここに来たのか〉
〈なるほど〉
〈つくづく君は見事な男だ〉
〈では、つなぐ〉
その瞬間、バルドの頭の中に激痛が走り、視界ががくがくと揺さぶられた。
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