第7話 論戦

 1


 バルドはジュルチャガをねぎらい、今日はもう寝ておれ、と言った。

 ロードヴァン城から王都まで、ずっと自分の足で走ってきたのだ。

 いくらこの男でも疲労は大きいはずだ。

 それなのに夜中にこれだけの情報を集めてきた。

 ひた隠しにされているという情報を。


 だがジュルチャガは寝ようとはしなかった。

 もりもりとあきれるばかりの食欲で朝食をたいらげ、外出の支度をした。

 体中に香油を塗り、顔には白粉さえつけ、頭も油を練り込んで丁寧にしつけた。

 この男は、顔も貧相だし体つきも細くて頼りなく、どこにでもいる平民にしかみえない。

 ところがいざというとき、その表情はまるで変わる。

 身だしなみを調え、目に力を込めれば、身分のある美青年にみえてしまう。

 場面しだいで自分の見せ方をがらりと変えられる男なのだ。


 迎えが来たので、カーズとジュルチャガを連れて出かけた。

 すぐに大会議場なる部屋に案内されたのだが、ジュルチャガが衣服を調えると言い出して小部屋を借りた。

 取り出したのは、なんと第一式礼服だった。

 バルドのためにあつらえられたものである。

 将軍の礼装は正式が第一種から第三種まで、略式も第一種から第三種まである。

 これはそのうちもっとも格式の高い場で使う服であり、本当なら拝将礼のとき着るべきだった。

 ところがバルドが大将軍に任命されたのが急すぎて間に合わず、その後王都に戻って来たときにはもう大将軍は辞任していたから、結局袖を通したこともない。

 もう大将軍の座は退いたのだから、これはまずかろうと思ったが、せっかくジュルチャガが用意してくれたのだから着ることにした。

 駄目だったら脱げばよいだけのことだ。


 下着姿になり、式衣を着けた。

 とても肌触りのよい生地だ。

 左右にそれぞれひだをとってひもを結んで加減を調え、帯を巻く。

 帯は幅広で上品な刺繍が施されている。

 その上にひたひれを着る。

 袖がたっぷりとってあり、古風な作りになっている。

 へその位置辺りで飾りひもを結ぶのだが、その色が鮮やかな青になっている。

 本来なら侯爵以上の貴族にしか、公の場では使えない色である。

 大将軍は宮中序列では侯爵なみに扱われるのである。


 バルドを着付けさせると、ジュルチャガは自分自身も手早く着替えた。

 それはよいのだが、どうみても従者の服ではない。

 肩当てに羽根付き帽子。

 二の腕の部分の膨れ上がった付け袖。

 ゆったりした胴衣を膝の上まである靴下で押さえ、豪奢なブーツには拍車の代わりに銀の飾りボタン。

 どこの大商人だという風情なのだが、最後の仕上げに赤紫のサッシュを腰に巻き付けた。

 止めひもやベルトにその色を使うのは伯爵以上の者にしか許されないはずである。

 ちょっとジュルチャガの正気を疑ったが、まあなるようになれと腹をくくった。

 カーズには着替えはないようだ。


 案の定誘導の役人は二人を見て目を丸くしていたが、口に出しては何もいわず先に立って歩き出した。

 何度か扉を通ったあと、部屋の向こうに巨大な扉が見えた。

 その壁面は赤い。

 白輝石に塗料を塗って焼いた赤輝石を使っているのだ。

 赤の間。

 伯爵以上の身分でなければ入れない。

 大会議場というのはこの部屋のことだったのだ。


「これより先は、高位のかたのみお入りになれます。

 おつきのかたは、控えの間が横にありますので、そちらでお待ちください」


 と、案内人が言った。

 カーズは控えの間に歩いていったが、なぜかジュルチャガはバルドに付いてくる。

 案内人も扉番も、それをとがめようとしない。

 あ、服のせいか。

 とバルドは気付いた。

 みなジュルチャガの服の色にだまされているのだ。

 扉が押し開かれ、バルドとジュルチャガは中に入った。


 2


 ひどく大勢の人々がいる。

 中に入って少し進むと、上座のほうから声を掛けた者があった。


「バルド大将軍の後ろにいる者は誰か」


 声の響きは厳しい。

 ジュルチャガは両手を胸の上に合わせ、膝は折らずに礼をして、


「バルド・ローエン卿の臣ジュルチャガにごさいます」


 と答えた。

 すると、さらに厳しい調子で、


「ここは下郎げろうの来る所ではない。

 ただちに部屋を去れ!」


 とその人物は言った。

 ジュルチャガは軽く会釈をして、首に掛けた金色の鎖を外して近くの官吏に渡した。

 何か金色のコインのような物が付いている。

 官吏はいぶかしがりながらも、それを上座の人物の所に運んだ。


「典儀官。

 これは何だ」


 壁際に控えていた官吏の一人が進み出て、コインを改めた。


「これはゴリオラ皇国における準貴族の証しにございます。

 国に絶大な貢献をした平民に贈られるもので、これを持つ者は伯爵と同等の席次を得られます」


 部屋にいた人々はびっくりしているが、バルドもびっくりした。

 ジュルチャガに準貴族の身分が与えられたとは聞いていたが、そう大したものだとは思ってもいなかったのだ。

 準貴族というのだから、貴族に準じるほどの身分だと思っていた。

 そうではなかった。

 準貴族とは〈貴族になぞらえる〉という意味であり、何らかの事情から貴族にするわけにはいかないが、貴族にもまさる功績を上げた平民に、皇宮で上位貴族なみの席次を与える、というものだったのである。

 ゴリオラ皇国の皇王は絶対権力の持ち主であるが、反面常に暗殺の危険にさらされている。

 そのため、皇宮では区域ごとに足を踏み入れるのに厳しい身分条件が設けられている。

 だが制度上身分は低くても、大富豪や大商人とは面談しなければならないこともある。

 その方便として生み出されたのが準貴族という身分だったのだ。

 皇宮で英雄譚を語らせるだけならもっとほかに便法もあったろうに、皇王はなぜかこのような特別な身分をジュルチャガに与えた。


 さて、この場を取り仕切っていた重臣たちは、困惑した。

 邪魔者はできるだけ排除しておきたかった。

 だが他国の制度身分は尊重しなければならない。

 でなければ、こちらの制度身分も他国で尊重されなくなるからである。

 前もって分かっていればジュルチャガを閉め出す理屈も用意できたろうが、突然であったため、そうはいかなかった。

 結局、重臣たちはジュルチャガのことは無視して自分たちの計画を進めることにしたのである。


「ではそのことはよい。

 さて、バルド・ローエン卿。

 跪拝きはいされよ」


 部屋の奥には三段高くなった玉座があり、ジュールラント王が座っている。

 跪拝とは膝を突く礼のことで、奴隷や罪人なら両膝を突くし、騎士の礼では右膝を突く。

 ただし大将軍とは王にさえもめったに跪拝をしないものだ。

 するとすれば拝将礼、つまり将軍位を拝受する儀式作法においてぐらいである。

 だからこのときバルドは、ああ将軍位を去るための礼なのであろうな、と納得し、遠い玉座に跪拝した。

 するとひざまづいて頭を下げるバルドの前に、重臣たちが回り込んだ。


 これではまるで、わしが重臣たちにひざまずいているようではないか。


 バルドは怒りを覚えた。

 自分のプライドのためではない。

 それが大将軍の権威をおとしめ、ひいては王の権威をおとしめる行いであるからだ。


「バルド大将軍の将軍位はすでに召し上げられ、後任の大将軍が任命された。

 したがって、バルド・ローエン卿はすでに大将軍ではない。

 ただし、本日の会議では大将軍としての行いと判断について協議をするので、今この場でだけ仮に大将軍位に戻ったと心得られよ」


 もうその職分にはないのに、その職分にある者として答えもし、その職分にある者としての批判も受けるという意味だろう。

 ひどくうさんくさいものを感じずにはいられない物言いだ。

 重臣たちの列の中から一人が前に出て、しゃべり始めた。


「おほん。

 バルド大将軍殿。

 大将軍は、大障壁の切れ目で四十年にわたり騎士たちを率いて魔獣と戦い続けた歴戦の勇士とのこと。

 そのような優れた指揮官を中軍正将に得られたのは、王陛下のお徳のたまものというべきであろう。

 さて、ところが先のロードヴァン城での戦いでは、魔獣を相手にわが国の辺境騎士団は、騎士六十九人のうち二十六人が死亡、三十八人が負傷した。

 全体では損耗率八割五分という、恐るべき被害であったという」


 バルドの胸は痛んだ。

 自分がもっとうまい指揮をしていれば、損害は減らせたのだ。

 その死者たちは、バルドが殺したといってよい。

 そのことについて責任を取れというなら、どんな責任でも取ろうとバルドは思った。

 たとえそれが命をもっての償いであったとしても。


「バルド大将軍のごとき名将をもってしてもこの壊滅的な惨敗をまぬがれなかった。

 これはわが国の軍制に、少なからぬ問題があることを示しているのではないかな」


 何だ。

 何の話をしている。

 軍制?

 バルドはとまどった。

 軍の制度と対魔獣戦の被害のあいだにどんな関係があるというのか。


「かつてわが辺境騎士団は辺境侯の裁量下にあり、近隣諸侯の助言や要請を受けて自由に活躍した。

 また、王直轄軍は規模も小さく、軍事については諸侯が協力し合って臨機応変の働きを現した。

 今は王陛下ただお一人の指示によって動くようになった。

 言うまでもなくわが歴代王陛下は英邁にして知勇に優れたおかたばかり。

 その采配にいささかの誤りもあろうはずがない。

 しかしロードヴァン城は遠すぎる。

 指示を求め答えが返るまでに時間がかかりすぎる。

 ロードヴァン城だけではない。

 ここ数代の偉大なる王陛下のもと、わが国は版図を大きく広げた。

 その隅々で起こる軍事に関わる問題を、すべて王お一人に押し付けてしまうごときやり方には、やはり無理があるのかもしれぬ。

 軍の制度に問題があったとすれば、こたびの大敗もバルド将軍お一人の責任とはいえぬ。

 大将軍のお考えをお聞かせいただけるかな」


 分かった。

 重臣たちの狙いが分かった。

 こいつらの標的はバルドではない。

 ジュールラント王その人だ。

 重臣たちというのは、長年政治の世界で実績を上げてきた人々だが、その背後にはそれぞれ大貴族家がある場合が多い。

 現在の軍制はここ数代の王が心血を注いで作り上げてきたものだが、大貴族たちはそれを苦々しく思っている。

 王直轄軍が大きな実力を持てば、王家の大貴族家に対する立場も強くなっていくからだ。

 そのうえ、王直轄軍が主体になって戦に勝っても、大貴族たちにうまみは少ない。

 現にここ数年いくつもの有力都市を攻め取っているが、領有権を主張できた有力貴族はなく、ほとんどは王家直轄に近い扱いとなっている。

 だから今この機会に。

 直轄軍が強い痛手を受けたこの機会に。

 やつらは王の落ち度をたたいて、その立場を弱め、自分たちの主張を通しやすくしようとしているのだ。

 それは政治の上で王権を弱め大貴族たちの発言権を強めようとすることである。

 同時にあわよくば、軍制を少しでも元に戻して大貴族たちの利権を復活させようとすることである。


 玉座のジュールラントは、さぞつらかろう。

 王族の中にジュールラントに好意的な者は少ない。

 先王ウェンデルラントの異母弟たちは、王位をまんまとウェンデルラントに奪われたことを今でも怒り、ジュールラントを憎んでいる。

 そのさらに先々代王の子や孫たちの多くも、辺境から忽然こつぜんと現れたジュールラントに対して、冷たい目を向けている。

 いわば孤立無援の宮廷で、重臣たちまでもがこのような振る舞いにでるとは。

 自らが率いた直轄軍が大敗した直後では、さすがのジュールラントも強い態度には出られない。

 王直轄の独立騎士団として最大規模である辺境騎士団も大損害を受けた直後であるから、人的資源の補充も難しい。


 この国難の時に。

 今にもシンカイが王都に攻め寄せてくるかもしれないこの時期に。

 支え合い協力しあわねば乗り切れないこの難局にあって。

 王家の足を引っ張るようなまねをするとは。

 大敗したのが直轄軍だけで、大貴族たちの騎士団は健在であるからそう思うのだろうか。

 シンカイの騎馬軍団に対抗できるのは王直轄軍だけだと、こやつらは理解していないのか。

 こんなことをしていたら、本当に国が滅ぶぞ。

 こんなときにこそ苦境にある王を支えてこその重臣ではないか。


 この愚か者どもめが。

 ただではおかん。


 怒りを胸に、バルドは立ち上がった。


 3


 立ち上がって背を伸ばせば、バルドの身長は重臣や官吏たちより頭一つ高い。

 そのため、まっすぐにジュールラント王の顔を見ることができた。

 ジュールラント王の顔色は蒼白である。

 土気色に近いといってもよい。

 いつも自信に満ちあふれて快活なジュールラントがこのような顔をしているのを見て、バルドの腹に憤怒の炎が燃え上がった。


 待っておれ、ジュール。

 今お前を楽にしてやる。


 そう心でつぶやいて、重臣たちを言葉の嵐で吹き飛ばすべく息を吸おうとしたところで、右の袖を引かれているのに気が付いた。

 ジュルチャガだ。

 何の合図なのだろう。

 振り返ると、ジュルチャガが強いまなざしを返してきた。

 そして指を折り曲げて、自分の胸に当てた。

 バルドは毒気を抜かれた思いがした。

 そして、このお調子者を信じてみることにした。

 わが臣ジュルチャガをもってお答えいたす、とバルドが声を発したとき、居並ぶ者みなの顔に驚きが浮かんだ。


「大将軍。

 本当にそれでよろしいのかな。

 その者の言葉の責任は、大将軍にありますぞ」


 この念押しに、バルドは、むろんにござる、ジュルチャガの言葉はわが言葉と同じと心得られよ、と返事した。

 ジュルチャガは、二歩前に進み出た。

 バルドより半歩前である。

 ジュルチャガは一礼して頭を上げ、周りを見回した。


 ずらりと重臣たちが並んでいる。

 後ろには各部門の専門官や重臣の補佐たちが並んでいる。

 そのすべての人が、強い視線をバルドとジュルチャガに向けている。

 それは今まさ二人に襲い掛かり飲み尽くさんとする津波のごときである。


 しかしジュルチャガの態度には恐れも敵意もない。

 辺りを見渡すその顔には笑みさえ浮かんでいる。

 一息吸って言葉を発した。

 その小さな体軀からは想像もつかない、豊かで滔々たる音声おんじようだ。


「重臣のかたがたに申し上げます。

 先のロードヴァン城における魔獣防衛戦では、多数の死者負傷者が出ました。

 バルド大将軍閣下には、死んでいった者たちのことを思い、大けがをした者たちのことを思い、またその家族らのことを思い、深く心を痛めておられます。

 先ほどのお言葉により重臣のかたがたも同じと知って、厚く感謝の念を抱いておられることでしょう。

 さて。

 ロードヴァン城に集結した三国の騎士は、指揮官級まで含めて、ゴリオラ皇国三十一人、ガイネリア国七十三人、パルザム辺境騎士団六十九人、アルケイオス家九人、アーゴライド家一人、トード家二人、そしてバルド将軍とその側近合わせて二名、計百八十七名でございました。

 襲い来た魔獣は、耳長狼百、青豹百、シロヅノ百、オオハナ百、大岩猿百、フクロザル百、川熊二百以上であり、これにヒヨルド百以上と、マヌーノ百以上がございました。

 合わせて、千を超える大群にございます」


「それがどうした。

 たかが獣であろう。

 亜人どもに追い立てられて襲い来たからといって、何ほどのことがあるか。

 騎士だけでも二百人近くおり、さらに従騎士たちもいたのであろうが。

 追い散らせぬ道理があるまい」


「はい。

 おっしゃる通り、魔獣といえどたかが獣でございます。

 ただ少々しぶといだけのことでございます。

 倒すには普通の獣の十倍の攻撃が必要で、牙や爪には普通の獣の倍の威力があるとお考えくださいませ。

 ここに一頭のシロヅノがいたとします。

 魔獣ではない、普通のシロヅノでございます。

 体の高さは馬と同じほどで、体重は倍ほどでしょうか。

 頭にはハンマーのような角があり、直撃を受ければ命はございませんが、騎士となられるほどのおかたでしたら馬を操ってかわすことは造作もございませんでしょう。

 一頭のシロヅノに対して二人の騎士様がおられれば、両方から注意を引きつつ、それぞれ十回、合わせて二十回の攻撃で倒すことができましょう。

 一頭のシロヅノに対して一人の騎士様がお相手なされば、これはまったく無傷というわけにはいきませんでしょうが、お一人で二十回の攻撃を加え、倒すことができましょう。

 これが魔獣のシロヅノであれば、二百回の攻撃を加えなければなりません。

 いかに俊敏で体力のある騎士様でも、お一人で一頭のシロヅノの魔獣を相手取るのは無理なのです。

 まして敵には耳長狼や青豹の魔獣もおりますから、シロヅノを馬の速度で翻弄ほんろうしようにも、馬のほうを食い殺されてしまいます」


「ならば城壁の内にたてこもって戦えばよいではないか」


「まさに、まさに。

 まさにその通りにバルド大将軍はなさったのです。

 いいえ。

 あの局面ではどこのどなたが指揮をお執りになってもほかの作戦はあり得ません。

 ただし的確に敵の行動を読み、兵力を分散させずロードヴァン城で迎撃の態勢を調えておかなかったら、騎士団もロードヴァン城の住民も皆殺しになり、ゴリオラ、ガイネリア、パルザム三国の東部の街や村は、魔獣の餌食となったでしょう。

 バルド将軍が存分にそうした働きができたのは、自由な裁量権と優れた騎士団をお預けいただいたなればこそでございます。

 そして圧倒的に不利な戦局を将兵ともども耐え抜き、見事魔獣を撃退したのでございます。

 それが軍制によるものであるとするならば、今の軍制をお調えくださった歴代王陛下と重臣の皆さまがたこそ、こたびの大勝利の立役者ともうせましょう」


「む、む」


 4


 別の重臣が一歩前に出て口を開いた。


「三国の連合軍が一時的にとはいえ出来たことは、歴史書にも見えぬまれなことであり、この大英断をなし交渉をまとめきられた王陛下のお手並みには感服のほかない。

 さりながら、国によってしきたりが違うのだから、一国の騎士からなる軍に比べ三国の騎士からなる軍では命令も伝わりにくく、誤解や混乱も生じやすいのは自明の理。

 かりにゴリオラ、ガイネリア両国の協力など仰がず、わが国の有力騎士の協力を求めておれば、おのずと連携もうまく機能し、被害を抑えることもできたと思われるのだが、いかに」


「ははっ。

 おっしゃることはまことに道理でございます。

 各部隊の連携や協力は、騎士様がそのお力をじゅうぶんに発揮される上で何より大事なものかと存じます。

 私めはあの地獄のような攻防戦のただ中で騎士様がたのお働きを拝見しておりましたが、各国の軍はその実力と特色をいかんなく発揮なさり、人数の倍も三倍ものお働きをなさったように思いました」


「本当にそうか。

 例えばじゃな。

 王妃様のご生国しようこくのことを悪くいうわけでは決してないが、ゴリオラ皇国はもともと北方の蛮人が築いた国ではないか。

 わが国のように古い伝統を持つ国とは騎士の気質も異なるであろう。

 かの国の騎士がわが国の騎士と同じだけの武勲を挙げたといえるかどうか。

 それともまさかそのほう、わが国の騎士がかの国の騎士に劣ると申すのではあるまいな」


「恐れ入ってございます。

 パルザム王国の騎士様の勇猛果敢にして知略無尽なることは、あまねく中原に知れ渡るのみか、遠く辺境におきましても周知の事実にございます。

 いっぽう、ゴリオラ皇国の騎士様がたも、雄偉華麗にして進退は鮮やか。

 バルド大将軍様の指揮のもと存分のご活躍ぶりでございました。

 例えばゴリオラ皇国の従卒六十名でございます。

 彼らは馬もなく鎧もなく剣で戦う力のない若年の者たちでございますが、北方の大森林より削り出したる良質の長弓と矢を持参いたし、手練の技にて魔獣どもに矢の雨を降らせました。

 打って出ることのできない籠城戦で、初めのうち最も活躍したのはこの熟練の弓隊であったと申してよいかと思います。

 三国のよい所が補い合った好例にござります」


「む。

 それでは、ガイネリアはどうか。

 聞くところによればバルド大将軍は、総指揮官の座を賭けてガイネリアのジョグ・ウォード将軍と一騎打ちの決闘を行ったとか。

 噂に高いジョグ・ウォード将軍を一蹴した大将軍の武勇には感じ入ったが、けしからんのはジョグ・ウォード将軍。

 バルド大将軍が総指揮官と決まっておるのだから、黙ってその指揮に従えばよいではないか。

 それを指揮権を賭けた決闘をなど求めるは、かの国の気位の高さが災いしたとしか思えぬ。

 また、指揮官同士が決闘したとあれば、配下の騎士たちのあいだにも対立し合う空気が生まれたであろう。

 この点、いかに」


「ははっ。

 恐れながら申し上げますが、ジョグ・ウォード将軍は辺境の出にございます。

 お若いころからバルド大将軍に挑戦し続け、いわばその胸を借りて武の技と威を積んだおかたなのです。

 私もかつて辺境のある村で、バルド大将軍がジョグ将軍に稽古をつけなさるその場に立ち会うたことがございます。

 弟子が師匠に会えば、わが成長ぶりをお確かめくだされとばかり、しゃにむにまとわりつくのもまたごあいきょう。

 バルド大将軍もそこはよくご存じで、お年を押してあえて大剣をご準備なさり、力と力の真っ向勝負でジョグ将軍を圧倒なされたのです。

 そのあとに遺恨など残りようはずもございません。

 たたきのめされて落馬なさったジョグ将軍は、立ち上がるやガイネリアの騎士の皆さまの前で拳を振り上げ、この戦ではわが軍の指揮はバルド・ローエン卿がお執りになる、と大声を発せられたのです。

 これを見てガイネリアの騎士の皆様がたは、おお今回の総指揮官はジョグ将軍の師匠格のかたか希有の猛将よと心からご理解なさり、大いに士気を高められたのです。

 ガイネリアのかたがただけではありません。

 パルザム、ゴリオラ両国のかたがたも、この決闘によりジョグ将軍とバルド大将軍の武威の尋常ならざるを肌身でお感じになり、ここに三国連合軍は一つにまとまったのでございます」


「む、む。

 しかし騎士のすべてがバルド大将軍に心服したとはいえまい。

 ゴリオラの指揮官はファファーレン家の御曹司であったと聞く。

 かの家はゴリオラでも有数の名家。

 失礼ながら出自定かでなく爵位も領地もお持ちでないバルド将軍に心から従ったとは思えぬ。

 また、これも失礼な言い方になるが、パルザム辺境騎士団の騎士たちにしても、戦歴も武徳も明らかでない大将軍を突然迎えて、いささかとまどいもなかったとはいえまい。

 いやいや。

 これは決してバルド大将軍のお人柄や采配をうんぬんしているのではない。

 日頃なじんでおらぬ指揮官と騎士では、どうしてもうまくゆかぬところがあったのではないかと心配するのだ」


「ははっ。

 指揮する者と指揮される者との信頼の絆を大切におぼしめされるそのご配意。

 大国のご重臣とはここまで行き届いた目とお心をお持ちなのかと、ただ感激するばかりです。

 されど、そのご心配はご無用にござります。

 防衛戦に勝利し魔獣どもを追い返したあとのことにございます。

 しばらく様子を見て、もう魔獣どもは去ってしまったと判断された時点でゴリオラ皇国の部隊は帰国なさいました。

 その前にファファーレン侯爵家ご継嗣ティルゲリ伯爵アーフラバーン様は、バルド大将軍閣下の足下に剣を捧げられたのです」


「何!

 まことか?」


「ははっ。

 何で敬愛するご重臣様にうそ偽りを申しましょう。

 それだけではございません。

 かの伯爵麾下きかの騎士様がたも、われもわれもとあとに続き、バルド大将軍のご懿徳いとくよわが騎士道の導きの光たれと、剣を捧げていかれたのです。

 これにつきましては、それぞれのかたが自署なさった名簿が残されておりますれば、まごうかたなき事実にございます。

 それだけではございません。

 パルザム王国辺境騎士団の騎士様がたも、団長始め残らずバルド大将軍に剣をお捧げになったのです。

 私は眼前にこの奇跡のような光景を拝見し、騎士と騎士との名誉のつながりとはこういうものかと、感涙にむせび泣いたのでございます」


「なんと。

 むむっ。

 むむ」


 5


 別の重臣が一歩前に出て、こう言った。


「そのほう、ジュルチャガと申したか」


「ははっ。

 さようにございます」


「ちょうどよかった。

 そのほうを召し出さねばならんと思っておったのじゃ。

 さて、おのおのがた。

 わしはある人物から、妙な話を聞いた。

 数年前、東部辺境のオーヴァのさらに東を荒らし回った、〈腐肉あさりゴーラ・チェーザラ〉のジュルチャガなる盗賊がおったと。

 その者、名うての悪党で、こともあろうに騎士ばかりを狙って荒稼ぎをしておったというのじゃ。

 聞けばバルド大将軍が手元に置いておる小者もジュルチャガという名とか。

 もしも万一、バルド大将軍の身内がけがらわしき盗賊であったとしたら、これはどういうわけであろうか。

 まあそんな馬鹿なことがあるわけはないが、幸いにも今この都には、盗賊ジュルチャガの顔を知るかたがおられるのじゃ。

 ささ、こちらへ進まれよ」


 出てきた人物を見て、バルドは心の臓が凍り付いたかと思った。

 カルドス・コエンデラであった。


 6


 カルドスは、コエンデラ家当主として長年、近隣の領地を卑劣な手段で苦しめ、奪い取ってきた男である。

 バルドの主家であるパクラのテルシア家にとっては不倶戴天の敵といってよい。

 パルザム王家に売った恩義により伯爵位を与えられ、同時にパルザム王家に対して仕掛けた許されざる陰謀により幽閉されていたはずだ。

 まさかもう一度会うことがあろうとは思ってもいなかった。

 食べ物には恵まれているようで、頬は少しふっくらしている。

 目の下にたるみができているが、むしろ少し若返ったようにさえみえる。

 以前の毒々しい生気が抜け、まるで憑き物が落ちたような穏やかな顔をしている。


「この部屋に、盗賊のジュルチャガなる者がおりますかな、コエンデラ卿」


 うながしに応じて、カルドスがきょろきょろと部屋を見回した。

 バルドを見てびくっと逃げ腰の構えをみせたが、付き添いになだめられた。

 その視線が隣のジュルチャガに移った。

 だがそのままカルドスはジュルチャガから目を離し、辺りをきょろきょろ見回し始めた。

 しびれを切らしたのか、カルドスを呼び込んだ重臣が、


「ほれっ。

 あの男です。

 あの者が〈腐肉あさり〉のジュルチャガなのではありませんかな」


 と指さした。

 その指にしたがって、カルドスの目がじっとジュルチャガにそそがれた。


「いや。

 ちがいますな。

 あれはジュルチャガではない」


 そのカルドスの言葉はバルドを大いに驚かせた。

 まさかカルドスがジュルチャガとわしをかばうとは。

 どういう心境の変化か。


「そっ、そんなはずはない。

 バルド将軍の従者こそは、名うての悪党のジュルチャガのはずだ。

 先王陛下の印形をバルド将軍から盗み取り、カルドス殿に高値で売りつけた悪党のはずだ」


 うろたえる重臣を周りの人々がうろんな目で見始めた。

 そこでジュルチャガがこう言った。


「お久しぶりです、カルドス・コエンデラ様」


 カルドスはびっくりした目でジュルチャガを見つめ返した。


「お、お前はっ?

 お前は、あのジュルチャガなのか?」


 本当に動転している。

 とても演技とは思えない。

 ということは、先ほどもジュルチャガをかばって見て見ぬ振りをしたのではなく、本当に分からなかったのか。

 そういえば、今日のジュルチャガはめかし込んでいるし、態度も違う。

 薄汚い盗賊と同一人物にはみえないかもしれない。


「はい。

 重臣のかたがたに申し上げます。

 私は確かに、このカルドス・コエンデラ様のもとに印形を持ち込んで売りつけました。

 ウェンデルラント先王陛下がアイドラ・テルシア様にお渡しになり、アイドラ様がバルド大将軍にお託しになった印形です。

 しかしそれはバルド大将軍から盗んだのではありません。

 バルド大将軍は、あのままでは勅使様ご一行がカルドス・コエンデラ様に殺されてしまうとご懸念なさり、それでわたくしめにそのようにするようお命じになられたのです」


 カルドスを連れてきた重臣は、それでもなおジュルチャガを追求しようとした。


「お前が〈腐肉あさりゴーラ・チェーザラ〉のジュルチャガなのだな。

 そのことは認めるのだな」


「はい。

 わたくしめは、カルドス様にお会いしたとき、確かにそのように名乗りました。

 また、バルド大将軍のもとをいったん離れてリンツ伯爵様の命令を受けて動いていたときにも、このジュルチャガという名を名乗っており、今日までそのようにいたしております。

 それ以前にどのような主人のもとでどのような仕事をしたかについては、残念ながら申し上げるわけにまいりません」


 嘘はついていない。

 嘘はついていないが相手が間違いなく誤解するように言葉を選んでいる。

 あきれつつ感心していると、ジュールラントが初めて声を発した。


「主人の秘密をぺらぺらしゃべるような者では、それこそその言葉は信じられんな。

 それにしても、ヨード伯。

 けいは何がしたいのか。

 ローエン家のジュルチャガは、余も以前から知っておる。

 知っておるどころではない。

 一時親しく余のそばにあり、先のグリスモ伯の反乱を見抜いて余と余の軍を救ってくれたのがこの男なのだ。

 余の身内同然の男なのだ。

 ジュルチャガは余に一度も嘘や間違いを申したことがない。

 これほど信頼できる者はめったにおらん。

 それに対して卿が証人として引き出したカルドスは、先王陛下に対し嘘をつき続け、先王の愛する妃とその息子を迫害し、養育費を着服し、果てはこれこそジュールラントなりと自分の息子を余の偽物に仕立て上げた男ぞ。

 先王陛下がわが母に宛てた親書を勝手に開封し、わが母には知らせもせず返事を捏造ねつぞうした男ぞ。

 ヨード伯。

 この嘘と裏切りしか知らぬ男のどこを卿は信じたのか。

 ほかにも聞きたいことがある。

 カルドスは屋敷から出ることを先王陛下が禁じられた。

 卿は誰の許しを得てカルドスを屋敷から連れてきたのか。

 そしてカルドスの屋敷に入ることは禁じられておったはずだが、どうやって親しくなったのか。

 あとで余の元に参り、納得のゆく説明をせよ」


 ヨード伯とやらは、顔を真っ赤にして口をぱくぱくするばかりだ。

 ジュールラントのほうは、すっかり余裕を取り戻している。

 部屋の空気が変わった。

 ヨード伯はもう今の地位は保てないし、きつい処罰を覚悟しなくてはならない。

 ここまで重臣たちは、狐を狩るような気分でいた。

 だがいつ何時自分が狩られる側になるかもしれないのだと、今ようやく気付いたのだ。


 7


 一人の重臣が進み出た。


「バルド大将軍は、いまおいくつかな」


「はっ。

 六十一歳にございます」


「六十一歳か。

 そのお年でこのようにご壮健であられるのは、見事というほかない。

 老躯を押して王国のために戦い抜いてくだされたことには、われら一同深く感謝申し上げておる。

 なんでもバルド大将軍は魔獣たちとの戦いの中で気を失い、二か月ちかくも昏睡状態であられたとか。

 そのお年であれば、無理もない。

 三国の騎士たちがバルド大将軍を敬愛していたことはよく分かったが、戦いの途中で気を失う指揮官では彼らもじゅうぶんに力を発揮することはできなかったのではないかと危惧するが、いかに」


「ははっ、ははっ。

 バルド大将軍の体調までお気づかいくださるとは、なんたる広きお心。

 大将軍もさぞや感激いたしておられましょう。

 ところで、お聞き及びかと思いますが、城門も破られ混戦状態となってからは、バルド大将軍は剣を抜いて戦いなされました。

 一人の騎士として、剣を振り続けられたのです。

 剛勇なる騎士のかたがたが力尽きていく中、バルド大将軍は最後の最後まで戦い抜かれたのです。

 お若い騎士のかたがたも、壮年の騎士のかたがたも、無尽蔵とも思えるバルド将軍の体力と武威に、ただただ感嘆なさるほかありませんでした。

 そして最後の敵を追い払い、ロードヴァン城の危難を退けたことを確認なさってから、お倒れになったのです。

 騎士のかたがたの中で最後まで立っておられたかたこそ、このバルド大将軍閣下なのです。

 それはただ体力があったからできたということではなく、民を思い国を思い王陛下のことを思えばこその、体力気力の限りを振り絞ってのお働きであったのです。

 だからこそ騎士様がたは、鬼神のごとき強さをみせたバルド大将軍が来る日も来る日も目覚めないことを見て、そこに騎士の理想の姿を見いだされ、剣をお捧げになったのです」


「むむう」


 8


 それから何人もの重臣が、バルドとジュールラントの非を明らかにせんと論戦を挑んできた。

 そのことごとくをジュルチャガは論破した。

 つまり、ついに重臣たちは、バルドとジュールラントの落ち度を見つけることができなかったのである。

 それだけではない。

 重臣たちが敗戦と呼ぶものを大勝利に置き換え、重臣たちが欠点と呼ぶものが実は大きな長所であることを明らかにしてみせたのである。

 ついに重臣たちは、ロードヴァン城における魔獣防衛戦が、絶望的な状況の中での奇跡的な大勝利であり、大将軍と騎士たちの勇戦は大いにたたえられるべきものであると同時に、王と王国と重臣たちにとっても名誉の戦であったと結論して査問会をしめくくった。


 バルドは深く感心した。

 なぜなら論戦に応じてことごとく勝利を収めながらも、ジュルチャガは重臣たちの、ひいてはその背後の大貴族たちの顔をつぶさなかったのだ。

 むしろその功績をたたえたといってもよい。

 見事な大論陣だった。

 バルド自身が抗弁していたら、敵をたたきつぶすような物言いしかできなかったに違いない。

 それでは論戦に勝てたとしても、重臣たちと対立したという事実は残ってしまう。

 ジュルチャガのおかげで、バルドは最初で最後のパルザムでの将軍職を、不名誉を負うことなく引退できたのだ。

 ということは、バルドを抜擢したジュールラントにも恥をかかせずに済んだということである。

 それだけではない。

 重臣たちの中には、ジュールラントやバルドに好意的な者もいたはずだ。

 あの場での質問者たちにののしり声を返せば、その好意的な者たちをも敵に回してしまうところだった。

 それを避けられたということは、やはり今後の大きな財産となる。


 バルドとジュルチャガは勝利者として赤の間を出た。

 カーズと合流して控室に入るなり、ジュルチャガはへなへなと床にへたり込んでしまった。


「ふわわーーー。

 つーーーかーーれーーたーーーーーー」


 実にだらしない姿だが、この男にはへたり込む権利がある。

 と、そこに王からの呼び出しがあった。

 バルドは侍従に飲み水を運ぶよう頼み、カーズとジュルチャガを控室に残して王の元に向かった。


「じい。

 ロードヴァン城では、すさまじい戦いだったようだな。

 よくやってくれた。

 礼を言う。

 苦労をかけたな。

 ところで、魔獣の襲撃の最後の部分が、よく分からん。

 報告書でもあいまいな書き方をしていたな」


 バルドは最後に二百を超える川熊の魔獣が近づいて来たこと、それを魔剣スタボロスの力で退けたことを報告した。


「ふむ。

 あの《見つけたぞ》という声は、そのときのものか。

 では、見つけたというのは、その剣のことか?」


 そうかもしれないし、そうでないかもしれない、としかバルドには答えられなかった。


「む、む。

 そのような優れた魔剣があると宣伝するのも善し悪しか。

 噂が流れるのは止められないが、このことは公的にはふれないことにしよう。

 幸い、魔獣との戦いに参加したわが国の騎士で、王宮とつながりのあるものはおらん。

 アーゴライド家の騎士にはじいから口止めしておいてもらえるか。

 じいにしかその魔剣の力を引き出すことはできないのだな?

 ところで、マヌーノの女王に会いに行くと報告書にあったが、行ったのか。

 会えたのか」


 バルドはマヌーノの女王との会見について述べた。

 ジュールラント王は、難しい顔をしてこれを聞いた。

 また、バルドは、ジュルチャガに調べさせた各国の戦況についても報告した。

 さすがにジュールラントもいろいろ調べてはいたが、黒い大きな馬車がトード家近くにいたことがある、との報告には眉をしかめた。

 そしてバルドをねぎらってから退出させた。

 ジュルチャガに礼を伝えてくれ、と付け加えて。


 バルドは、カーズとジュルチャガと合流した。

 そして宮殿を出ようとしたのだが、


「正妃様がお目通りをお許しくださるそうにございます」


 という案内を受けた。

 そういえばシェルネリア姫が輿入こしいれしているのだった。

 後宮近くの庭で、バルドはシェルネリア姫に拝謁した。

 ドリアテッサもいた。

 シェルネリアは、ひどくうれしそうな顔をした。


「まあ、まあ。

 バルド・ローエン様。

 お懐かしゅうございます。

 あなたさまは、陛下とわたくしの仲を取り持ってくださったおかた。

 今日までごあいさつもできませんでしたこと、おわび申し上げます。

 それにしても、なんて立派なお姿。

 大将軍の礼装がよくお似合いになって。

 その立派なご体格でそのご衣装。

 重臣のかたがたも、さぞ気圧されておしまいになったに違いありませんわ」


 シェルネリアは、バルドに紅茶と菓子を振る舞い、特に政治とも軍事とも関わりない雑談を楽しんだあと、最後にこう言った。


「どうかしばらく王都におとどまりくださいね。

 近々あの角砂糖が届く予定ですの。

 あれをぜひバルド様に召し上がっていただきたいのですもの」


 バルドは、もう早々に王都を出て辺境に戻るつもりだった。

 だがこう言われたからにはもう少しだけとどまることにした。

 事態は三日後に急転する。

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