第7話 総合部門戦
1
抽選が行われた。
まったく無作為の抽選なので、同じ国の出場者同士が当たったり、同じ部門の出場者が当たることもあり得る。
残念ながら、ドリアテッサは第二試合、シャンティリオンは第四試合となった。
つまり決勝まで二人は当たらない。
第六部門、すなわち総合部門戦では、技で相手を上回ったからといって、審判が勝ちと判定することはない。
確かに相手を倒せる一撃であったとみなされなければ一本と判定されないのだ。
だから事実上相手を転倒させることが必須条件に近い。
逆にいえば、攻撃を受けてもそれに耐えていられるうちは負けない。
当然、全員金属鎧で出る。
金属鎧、しかも重鎧を着けた騎士に、細剣でダメージを与えることはできない。
つまり、細剣部門の出場者が勝ち上がることは、ほとんど不可能といってよい。
両国の出場者の中に一人ずつ金属鎧を着ていない騎士がいるのは、おそらく例年はみられない光景だろう。
シャンティリオンと、ドリアテッサだ。
シャンティリオンは、昨日と同じ軽装だ。
黒いズボンと襟付きの白いシャツと、革のブーツと革の胸当てと、額に巻いた革のバンド。
昨日あれほどの圧倒的な剣技をみせたあとでなければ、競武会を侮辱する行為と取られかねない。
ドリアテッサは、昨日と少し違う。
何が違うかといえば、頭に何もかぶっていない。
しかも、昨日までは長かった栗色の髪を、ばっさりと切り詰めている。
どちらの陣営でも、ドリアテッサのこの様子に驚いている。
そして金属の肩当てを着けている。
胸から下は革鎧なのだが、肩だけが使い慣れた白銀の鎧なのである。
第一試合は、第三部門で準優勝したゴリオラの両手斧を使う騎士と、第四部門で準優勝したパルザムの片手剣を使う騎士が対戦した。
片手剣を使う騎士が、盾を巧みに操って勝利を得た。
剣と斧の攻撃範囲の差もうまく生かしていた。
そして、第二試合にドリアテッサが出場する。
2
相手は第二部門で優勝したゴリオラの両手剣を使う騎士である。
重く強力な武器を使う騎士は、重く強力な武器の攻撃を受ける。
したがって、重厚な鎧を着ける。
重厚な鎧は、関節部を
そうしなければ肉体への負担が大きすぎるからだ。
当然、軽鎧に比べれば動きは制限される。
そのぶん、一撃の威力は強烈だ。
ゴリオラの騎士は、兜は着けていないが、全身はいかにも頑丈そうな鎧に覆われている。
恐ろしい音を立てて剣をたたき付けてきた。
ドリアテッサによい成績を取らせるという指示は、細剣部門以外の出場者には出されていないのだろう。
無理もない。
細剣以外の部門の出場者が細剣を使うドリアテッサに負けてみせたのでは、いくらなんでもわざとだと思われる。
ぶうんと風を巻いて襲い来る大剣を、ドリアテッサは後ろに後ろに下がってかわした。
かろやかなステップだ。
斜めに下がったり、回転しながら下がったりしながら、相手を誘導している。
いつぞやの川辺での、ジュルチャガとカーズの追いかけ遊びのようじゃのう。
と、バルドは思った。
いかに大柄で大力の騎士でも、重い鎧を着て特大の大剣を振り回し続ければ、疲れもする。
無論前線で戦う騎士は耐久力と回復力もずば抜けているが、それでも猛攻を連続したあとには気抜けの瞬間がある。
その気抜けの瞬間に足がほんの少しふらついたのを見逃さず、ドリアテッサは思い切りよく飛び込み、駆け抜けざまに相手の右膝を後ろ側からたたいた。
大剣の騎士の態勢が大きく崩れた。
素早く反転したドリアテッサは、滑り込むように相手の右足を後ろから蹴り飛ばした。
さすがにこらえきれず、転倒する騎士。
大剣を左手だけで持ち、右手を地について尻餅を突いた。
ぐいと力を入れて起き上がろうとする、そのひげ面の喉元に、ドリアテッサの剣が突き付けられた。
「一本!
ドリアテッサ・ファファーレン殿」
顔の部分が大きく開いた兜でなければ、判定は違ったかもしれない。
歓声が上がった。
パルザム側は、はやしたてるような歓声を上げている。
共にゴリオラの出場者だから、完全な見物気分なのだろう。
重武装の大男に軽装の女騎士が鮮やかに打ち勝ったのだから、はやし立てたい気持ちになるのも無理はない。
二本目の試合では、大剣の騎士が鐘が鳴るなりいきなり突進した。
ドリアテッサが逃げに入る前に捉えようということだろう。
だが、ドリアテッサの動きは大剣の騎士の慮外にあった。
いきなり跳躍して大剣をかわしつつ得意の刺突ぎみの斬撃を相手の顔に放ったのだ。
大剣の騎士は、ドリアテッサの鋭気あふれる攻撃に、おのれの突進力を上乗せしたことになる。
剣は額のまん中をとらえた。
たまらず大剣の騎士は昏倒した。
審判長はドリアテッサの勝利を宣言し、大剣の騎士を係員に運び出させ、内陣の外で治療させた。
大番狂わせといってよい。
しかも、相手の顔に一撃をたたき込み、完全に失神させての勝利である。
人間の顔に剣を打ち込むには、相当の胆力が要る。
この堂々たる試合振りに、居並ぶ両国の騎士たちは、この女も武人であると認めただろうか。
バルドは驚嘆していた。
大障壁は一夜にして出来た、といわれる。
それはただの伝説なのだが、そこにはもう一つの意味がある。
人はたった一晩で目覚ましい成長をみせることがある、という意味だ。
昨日までのドリアテッサと、今見事な闘いぶりをみせたドリアテッサは、別人といってよい。
何があったのかは分からないが、この一晩を無駄にはしなかったことだけは確かだ。
驚いたのう。
この技と心気なら、万に一つの勝ち目もあるかもしれん。
しかも、体力を温存する余裕までみせておったわい。
ざわめきの収まらぬまま次の試合の呼び出しがかかった。
北からは第四部門で三位となったゴリオラの騎士が進み出た。
優勝者がバルドにたたきのめされて負傷し、出場できる状態ではないので、三位決定戦が行われたのだ。
南からは第二部門で準優勝したパルザムの騎士が進み出た。
この勝負は、片手剣と盾を装備したゴリオラの騎士が勝利を得た。
やはり片手剣と盾という標準装備は手堅い。
パルザムの騎士の動きはやや精彩を欠いていたから、どこかに故障があったのかもしれない。
第四試合は、シャンティリオンと、巨大棍棒を操るパルザムの騎士の対戦となった。
騎士の全体重が左足に掛かった瞬間に、シャンティリオンは左足を横から打ち据えた。
そこは鎧の接合部分でまともに打撃が通ったらしく、騎士はひっくり返った。
左足は折れでもしたのか動かないようだ。
両足で立てなければ、とても巨大棍棒を振ることはできない。
それでも無理に棍棒を持ち上げた、その右肘をシャンティリオンは打ち抜いた。
肘を曲げたときにわずかに鎧の隙間がみえたのを巧みに打ったのだ。
騎士は棍棒を取り落とした。
騎士は左手を伸ばしてシャンティリオンにつかみかかろうとした。
シャンティリオンは、その人差し指を打ち据えた。
いくら籠手を着けていても、これはたまらない。
指は折れたのではないか。
ここで騎士が降参を宣言し、勝負は終わった。
むごいことをする。
技は奇麗じゃが、勝負は奇麗とはいえんのう。
と、バルドは思った。
そのとき、シャンティリオンがバルドのほうを見た。
いや、そうではない。
バルドの斜め後ろにいるカーズを見ているのだ。
ああ、そうか、とバルドは気付いた。
シャンティリオンは、昨日の勝負をどう受け止めたらいいのか、混乱しているのだ。
負けに等しい勝ち、というより負け以上に悔しく理不尽な勝ちだった。
つまり、シャンティリオンはいら立っている。
その心のざわつきは、ほんの少しだけドリアテッサの勝ち目を高くしてくれるだろう。
3
ここまでで四つの試合が済んだ。
第二部門から第五部門までの優勝者と準優勝者合わせて八人が武技を競うのであるから、ここまでで全員が一度ずつ戦ったことになる。
勝ち上がった四人が戦い、最後に残った二人が優勝を争う。
第五試合の鐘が鳴った。
ドリアテッサと第四部門準優勝者の対戦である。
こうして相対すると、勝ち目があるように思えない。
盾、剣、鎧で武装した騎士に対して、細剣はどうしようもなく不利だ。
魔剣〈夜の乙女〉のような業物ならともかく、普通の細剣では肉厚の盾にまともに切り付ければ、それだけで折れてしまう。
重量のあるがっしりした剣を受ければ折れ飛んでしまう。
つまり、攻撃も防御もまともにできないのだ。
もともと細剣は決闘剣とも呼ばれ、貴族としての対人用の武器であり技だ。
それは金属鎧や金属盾を相手取るためのものではない。
騎士とは戦争の器であり、その武具に求められるのは繊細さではなく百人を相手取れる頑丈さと威力だ。
だが、ドリアテッサに悲壮感はみられない。
涼しい顔で、剣をだらりと下げたまま、相手の出方を待っている。
金属鎧の騎士が、鎧の音をさせながら一歩前に出た。
ドリアテッサは同じ距離を下がった。
騎士がさらに前に出た。
ドリアテッサがさらに下がった。
しばらくは、この追いかけが続いた。
ドリアテッサは、曲線的に逃げ、うまく相手を振り回している。
そうだ。
ここは戦場ではない。
戦場なら騎士は馬に乗り、従騎士や従卒を従えている。
そんなふうには逃げられない。
だがここでは騎士とドリアテッサは二人きりで、いくら逃げても構わない。
移動に要する体力こそ、ドリアテッサの武器だ。
あの重そうな鎧を着け、盾と剣を把持して身軽な相手を追いかければ、それだけで消耗する。
しかも、二試合目でドリアテッサの相手がどんな目にあったのか覚えていたのか、顔を完全に覆う兜を着けている。
さぞ息苦しいことだろう。
ずいぶん長い時間、ドリアテッサは相手を引きずり回した。
ついに鎧騎士の足が止まった。
このまま身軽なドリアテッサを追い続ける愚を思い知ったのだろう。
ドリアテッサがぐるりと右から相手の後ろに回り込んだ。
鎧騎士は体を回転させて、ドリアテッサの動きに合わせた。
ドリアテッサは素早く相手の頭に一撃を入れた。
金属を打つ鈍い音が響いた。
ドリアテッサはさらに回りながら、またも頭に一撃を入れた。
再び音が響いた。
さらに同じことをもう一度繰り返したとき、鎧騎士は回転するのをやめた。
ドリアテッサはこれ幸いと背後から近寄り、頭に続けざまに攻撃を当てた。
やるのう。
単純な手じゃが、だからこそ有効じゃわい。
と、バルドは感心した。
鎧騎士は重装備のまま走り回って息が切れた。
それで追うのをやめた。
すると今度は兜を攻撃された。
左に左に移動しながらの攻撃なので、盾で防ぐのがむずかしい。
そもそも細剣の一撃をわざわざ盾で防御する必要もない。
だがそれが罠なのだ。
そうでなくても息が切れているところに回転などすれば目が回る。
密閉型の兜だから普通にしていても息苦しいほどなのだ。
天気のよさもドリアテッサに味方した。
鎧の中は、汗と蒸気でひどく蒸し暑くなっているだろう。
そしてあの種の兜は、剣でたたかれるとひどく中で反響してうるさい。
それを続けざまにやられると、頭痛を呼び、思考力を鈍らせる。
おそらく鎧騎士は、今ふらふらだ。
無論訓練された騎士なのだから、それはすぐに回復できる。
それに必要な時間があれば。
ドリアテッサはその時間を与えなかった。
コンパクトなためから鎧騎士の右膝の後ろを打ち抜いたのだ。
細剣で重厚な金属鎧に切り付けたというのに、それは強い衝撃を与えたようだった。
たぶん、接合部分を正確に打ち抜いたのだ。
そこをうまく打つと膝に衝撃がくる。
だが、実戦の中で、動き回る相手の鎧の継ぎ目を正確に狙うなど、老練な騎士でも難しい。
ドリアテッサの今日の冷静さ、迷いのなさは、驚くべきものがある。
たまらず鎧騎士は仰向けに転倒した。
倒れた鎧騎士の剣を持つ手をドリアテッサは打った。
鎧騎士は剣を取り落とした。
「一本!
ドリアテッサ・ファファーレン殿」
そもそも倒れたら負けという規則になっているのは、戦場で鎧を着た騎士が倒れるようなことがあれば、たちまち敵の雑兵に取り囲まれ無力化されてしまうからだ。
転倒させられたうえに武器まで奪われたとなると、戦場では死んだも同然なのである。
鎧騎士は、上半身を起こすと、籠手をはずし、その両手で兜を脱いだ。
うっとおしいかぶり物を自軍の方向に投げ飛ばし、荒い息を何度もついて、呼吸を整えた。
時間稼ぎともみられる行動であり、ほめられたものではないが、ドリアテッサは黙って見ている。
審判長が何事かを鎧騎士に告げた。
分かった、分かったとばかりに手を振って、鎧騎士は籠手を着け、立ち上がって盾と剣を持った。
逞しい顔つきをしたなかなかの美丈夫である。
二人は定位置に戻り、二本目の鐘が鳴った。
鎧騎士は、素早く前に進み出ようとした。
二試合目でドリアテッサが見せた攻撃を覚えているのか、動作に用心が感じられる。
それでもなお、ドリアテッサの攻撃には対応できなかった。
ドリアテッサは一気に間合いを詰めると、力強い踏み込みを行い、真正面から相手の額を打ち据えた。
その素早さは
兜は脱ぎ捨ててしまったため、額を護るものはない。
真剣であれば頭を断ち割られたであろう打撃は、刃引きの剣とはいえ、相当大きな痛手を与えたはずだ。
だが騎士とは、致命的な損傷を受けてなお敵兵を蹂躙する戦争の怪物なのだ。
鎧騎士は剣を振り上げドリアテッサの頭を砕かんばかりの勢いで、それを振り下ろしかけて。
そして動作を止めた。
ドリアテッサの剣先が、喉元に突き付けられていたからである。
頭一つ高い騎士の目をにらみつけるそのまなざしは、動くならば必ず喉を突き破るとばかり、烈火の意志をたたえていた。
長いにらみ合いの後、鎧騎士は剣を捨て、両手を挙げて降参の意志を示した。
「勝負あり!
ドリアテッサ・ファファーレン殿」
判定の声が響いた。
ドリアテッサは決勝進出を勝ち取ったのである。
4
細剣部門の出場者が、片手剣部門、つまり剣と盾と鎧を装備した出場者に勝つという大番狂わせのあと、まったく同じ組み合わせで第六試合が行われた。
シャンティリオンは、ごく短い時間で試合を終わらせた。
まず、相手の左足の向こうずねを打った。
すると相手の左足の動きが悪くなった。
次に相手の右足の向こうずねを打った。
すると相手の右足の動きが悪くなった。
最後に息もつかせぬ連続攻撃を仕掛けたところ、相手が転倒し、一本を取った。
相手は起き上がってこられなかったので、そのまま勝負がついた。
はて。
鎧の上から細剣でたたいたところで、そう効くものではないはずじゃが。
あれも何かの技なのかのう。
とにかく、シャンティリオンには引き出しが多いということは分かった。
いよいよ次は、シャンティリオンとドリアテッサによる決勝戦が行われる。
やはりドリアテッサの勝ち目は薄い、といわねばならない。
5
「ゴリオラ皇国、ドリアテッサ・ファファーレン殿!
パルザム王国、シャンティリオン・グレイバスター殿!」
高らかに名が告げられ、二人は闘技場に進み出た。
総合戦の決勝を細剣使い同士が戦うというのは、異常なことだろう。
このような場に臨むときは、闘争心をいやがうえにもあおり立て、おのれの心身を高ぶらせるものだ。
そうであるのに、二人の様子はむしろ静かといってよい。
そのこともまた、異常なことであるだろう。
ドリアテッサは女性としては身長が高いほうだが、こうして並ぶとわずかにシャンティリオンのほうが高い。
選んだ剣の長さは同じだ。
腕の長さもわずかにシャンティリオンがまさるようだ。
そのわずかな歩幅と腕の長さの差は、細剣同士の戦いでは大きな意味を持つ。
急に風が吹いてきた。
北から南に吹く風だ。
切り詰めたドリアテッサの栗色の髪が風になびく。
シャンティリオンの白いシャツが、ばたばたとはためく。
筒鐘が鳴らされた。
シャンティリオンは剣をすうっと持ち上げ、ゆるやかにドリアテッサのほうに向けた。
ドリアテッサは、だらりと剣を下げたままだ。
その目はシャンティリオンの目をにらみ返してはいない。
むしろ下半身に目線を送りつつ、やわらかに体全体を捉えようとしている。
ひときわ強い風が吹いた。
シャンティリオンが、一気に間合いを詰め、左から右に剣を横なぎにした。
ドリアテッサは身を沈めてこれをかわした。
かわさなければ首が刈り取られていた斬撃である。
バルドの背筋に寒いものが走った。
この男、本気で殺す気だ。
しかもおなごの顔をまともに狙ってくるとは。
シャンティリオンは、上から下に剣を振り下ろした。
ドリアテッサは、右によけた。
ただよけたのではない。
半歩接近しつつよけた。
今、ドリアテッサは、シャンティリオンの斜め左前にいる。
その距離、わずかに半歩。
顔と顔は指呼の間にあるが、シャンティリオンが激しい目線を浴びせているのに対し、ドリアテッサの放つ気配はぼんやりしている。
バルドの位置からははっきりとは見えないが、相手の目をにらんではいないように思われた。
シャンティリオンの剣がドリアテッサの左足首を刈った。
そう思われるほど、低く速い斬撃だったが、ドリアテッサは素早く下がってこれをかわした。
一呼吸入れたシャンティリオンは、それまでより剣速を上げて連続攻撃を仕掛けた。
一撃目はなぎ払い、二撃目は突きだった。
そしておそらく三撃目に本命のなぎ払いを送り出すつもりだった。
ドリアテッサは一撃目を体をひねってかわし、二撃目が来る直前、肩の前で剣を振った。
一瞬それは盾のようにみえた。
シャンティリオンは攻撃をやめて、半歩退いた。
ドリアテッサは柔らかな姿勢で立っている。
右肘を自然に折り曲げ、持ち上げた剣の先は胸の高さだ。
シャンティリオンは三度呼吸をして気息を調え、さらに大きく息を吸って次の攻撃を繰り出した。
速い、速い、速い。
シャンティリオンの剣は、突きからなぎ払いへと変化し、さらに反転してドリアテッサを攻め立てた。
ドリアテッサは、それをかわす、かわす、かわす。
まるでジュルチャガが乗り移ったかのように、白刃の下に身をさらしてかわし続ける。
十数度に及ぶ攻撃の最後に胸元に迫った突きを、ドリアテッサは自分の剣ではじいた。
シャンティリオンがまたも一歩引いて呼吸を整えようとした、そのとき。
電光石火の動きをみせたドリアテッサが、力強い踏み込みのあと、突きぎみの斬撃をシャンティリオンの顔面目がけて放った。
ドリアテッサの剣がシャンティリオンの頭部を斬り裂いた。
と見えたのは錯覚で、シャオティリオンは紙一重の見切りでこれをかわし、逆にドリアテッサの顔面に斬撃を放った。
ドリアテッサは体をひねってこれをかわしたものの、右肩に当たった。
肩当ては金属鎧であったのに、ドリアテッサは強烈な衝撃を受け、地に伏した。
シャンティリオンは素早く近寄り、ドリアテッサの喉元に剣を突き付けた。
「一本!
シャンティリオン・グレイバスター殿」
間髪を入れず、審判長の判定が下った。
ドリアテッサは右肩を押さえてうずくまったまま、しばらく起き上がれない。
やはりシャンティリオンは、金属鎧を外からたたいて中の人間にダメージを与える技を持っているようだ。
審判長がドリアテッサに近寄って何事か話し掛けた。
ドリアテッサが顔を上げて首を振り、立ち上がった。
筒鐘が打ち鳴らされ、二本目が開始された。
二人は剣を向け合って対峙したまま、動こうとしない。
再び風が強まってきた。
土ぼこりが上がる。
なお二人は動かない。
ドリアテッサのほうは、もともと防御中心の戦法を取っている。
分からないのはシャンティリオンだ。
あれほど積極的な攻めをみせたシャンティリオンが、今度はなぜ仕掛けようとしないのか。
その答えは、すぐに分かった。
シャンティリオンの額を、一筋の血がつつっと流れたのだ。
先ほどのドリアテッサの一撃を、完全にはかわせていなかったのである。
見切り、とは直感による予測である。
上級者になれば、相手の剣がどのタイミングでどう伸びてくるか、その軌跡がはっきりと目に映る。
シャンティリオンは、昨日、ドリアテッサと戦った。
その剣速、足の運び、打ち込みのくせといったものを、目に焼き付けたはずだ。
力強い踏み込みから繰り出す、刺突ぎみの一撃の軌道も威力も、きちんと目に収めたはずだ。
また、今日の第二試合と第五試合も見ただろうと思われる。
その記憶は、目の前の敵の動作に加味され、シャンティリオンの見切りを、より確かなものにするはずだった。
だが、シャンティリオンの見切りは、シャンティリオンを裏切った。
逆にいえば、ドリアテッサの剣はドリアテッサのこれまでを上回った。
まるで剣が伸び、急に加速したように、シャンティリオンにはみえたに違いない。
成長のただ中にある人間は、時としてこういう奇跡を起こす。
ドリアテッサの成長力がシャンティリオンの見切りを狂わせたのだ。
頭部から出血する損傷であるから、今も視界はくらくら揺れているかもしれない。
頭痛が正常な判断を狂わせているかもしれない。
この瞬間は、ドリアテッサがシャンティリオンを追い詰めているといってよい。
今まさに、ドリアテッサの勝機が見えかけている。
ドリアテッサは右に回り始めた。
素晴らしい速度で走る、走る。
それに合わせてシャンティリオンは向きを変えていく。
くるくるくるくると、シャンティリオンの周りをドリアテッサは回った。
そして、力強い踏み込みを行い、刺突ぎみの斬撃をシャンティリオンの顔面に放った。
ドリアテッサが攻撃態勢に入ると同時に、シャンティリオンは剣を左に引いた。
来る!
シャンティリオンの奥の手が。
シャンティリオンは一撃目をドリアテッサの斬撃に合わせて放った。
突進の加速を加えてもなお、剣の速度はシャンティリオンが上回っている。
攻撃の姿勢を取るドリアテッサには、シャンティリオンの剣をかわすことができない。
そのはずであったが、シャンティリオンの剣は、ドリアテッサの剣に受け止められた。
斬撃を繰り出すとみせたのはおとりで、初めから防御を行うつもりだったのだ。
シャンティリオンの剣はただちに引かれ、まったく同じ軌道で、ただし半歩踏み込んだ位置で繰り出された。
ドリアテッサは頭を沈めて二撃目をかわした。
はじめからその動きをするつもりでなければ到底できない動きである。
今やドリアテッサの剣の先は、シャンティリオンの胸先にある。
だがしかし、ということはドリアテッサがシャンティリオンの間合いの中にいるということでもある。
その位置では、戦慄すべき速度で迫る三撃目を、けっしてかわすことはできない。
はたして三撃目がドリアテッサを襲った。
ドリアテッサはその斬撃をかわそうとはしなかった。
逆に上半身を右にひねりつつ肩を沈め、襲い来る白刃にみずから当たりにいった。
シャンティリオンの白刃はドリアテッサの肩当てに当たり、するどい金属音を立てながら首の付け根に吸い込まれた。
バルドは、妖魔に心臓をつかまれたかと思った。
バルドから見てドリアテッサは右に、シャンティリオンは左にいる。
ドリアテッサに右首に打ち込まれた剣先は、ちょうど死角になって見えない。
今にもドリアテッサの首がちぎれ飛ぶだろうと思った。
だがそうはならなかった。
その時何が起こったのかは、金属の激突音が教えてくれた。
ネックガードだ。
ドリアテッサが着けている肩当てにはネックガードが付いている。
ドリアテッサはシャンティリオンの剣を首筋に呼び込み、ネックガードで受け止めたのだ。
あえて踏み込んで相手の剣を受けたことで、ドリアテッサの剣はシャンティリオンの胸にほとんど届いている。
しかし右足を大きく踏み込んでしまっているため、一度剣と足を引いて踏み込み直さねば、威力のある攻撃はできないと思われた。
だが、ドリアテッサはそのままの態勢で腰を回転させ、剣先を前方に送り込んだ。
あの技だ!
昨日カーズがみせた、あの技だ。
あの不思議なわざを、ドリアテッサは見事に再現してみせた。
剣は、深々とシャンティリオンの革の胸当てを貫いていた。
二人の動きが止まり。
闘技場は沈黙に包まれた。
6
シャンティリオンは、信じられないものを見る目で、おのれの胸に突き立った剣を見ている。
もう戦闘の狂気は、彼の中から抜け去っている。
この剣が刃引きされた試合剣でなければどうなっていたか。
いうまでもない。
剣先は臓腑を突き破り、命を失っていたろう。
シャンティリオンは、はっきり理解しているはずだ。
自分は敗れたのだと。
敵の剣先を体にふれさせる気は毛頭なかったはずだ。
万一剣先が届いたとき弱点を守れるよう、上等な胸当ても身に着けた。
だが、つぶされた剣先は革の胸当てを突き抜け、ドリアテッサの剣はシャンティリオンの体に届いた。
天地がひっくり返ったような驚きを味わっていることだろう。
シャンティリオンが顔を起こし、ドリアテッサを見た。
ドリアテッサは対戦相手をじっとみつめている。
その横顔を見ながらバルドは、うつくしい、と思った。
ただおのれの最高のわざを振るおうとする者の顔がそこにあった。
ほおを紅潮させ、荒い息をつくその顔は、力を出し切れた喜びにあふれている。
審判長が、シャンティリオンに話し掛けた。
シャンティリオンがうなずいた。
救護班が呼ばれ、シャンティリオンに刺さった剣が、注意深く抜かれた。
シャンティリオンは痛がりもせず、ほうけたようにドリアテッサを見ている。
シャンティリオンが担架で運ばれたあと、審判長の宣言が響いた。
「勝負あり!
ドリアテッサ・ファファーレン殿」
ゴリオラ側で歓声が起き、ほどなく大歓声になった。
ドリアテッサ・ファファーレンは、細剣を取って総合部門戦に優勝するという快挙を成し遂げたのだ。
今まで聞いたこともない大殊勲であり、競武会の歴史とともに語り伝えられるべき手柄といってよい。
ドリアテッサは片膝を地に突き、感謝の祈りを捧げた。
神々と、そして誰かに。
それから礼を済ませ、ドリアテッサが自陣に歩き始めると、待ちかねた朋友たちが石垣を乗り越えて迎えに出た。
肩をたたき、取り囲んではやし立てながら、総合部門優勝という栄誉を自国にもたらしてくれた女神を祝福した。
誇れ、誇れ。
大いに誇るがよい。
実のところ、誇らしい気持ちになっているのはバルド自身だった。
まるで自分の娘が大手柄を立てたかのようだった。
だがバルドはパルザム側のたまりを見て、水を浴びせられたような気になった。
パルザムの騎士たちは静まりかえっていた。
高位の貴族は、騎士たちの指標たらねばならない。
高位の職位にある騎士もまた同じである。
シャンティリオンは、国内でも有数の名家の血を受ける者である。
同時に、近衛隊長という、特別な武威を備うべき地位にある者である。
その男が他国の、しかも女に後れを取ったという事態は、パルザムの騎士すべての恥辱である、と彼らは感じているだろう。
静まりかえっているうちはまだよい。
その沈黙の次にくるものが潔い祝福でなかったとしたら、何が起こるのか。
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