5
クラスはおろか、学年さえ知らなかった。制服のスカーフは学年ごとに色が違うが、フユはいつもその上から紺のカーディガンを着ていたため一度も視認できなかった。背格好や言葉使いから下級生であろうことは察せられたが、確証はない。ナツたちは、フユのことを何も知らなかった。
二人は一年生の教室を回った。そこらにいる生徒に適当に声をかけ、フユのことを訊く。声をかけるのはナツの役目だった。アキはその後ろをついて回るだけ。
「フユさん?」その一年生は眉根を寄せて言った。いったい何人目だっただろう。廊下を一人で歩いているところをつかまえたのだ。「フルネームはわからないんですか?」
「ごめん。それしかわからないんだ」
後輩の顔からは不審の念がありありと伺えた。
「先輩たちはどうしてその人を探してるんですか」
「急に連絡がつかなくなったんだ」
「よくわかりませんけど、友達だったんですか?」
「どうだろうな」アキに肘を入れられた。「いや、友達だ。友達」
「連絡がつかないってことですけど、電話番号とかメールアドレスは知ってるんですか?」
「いや」
後輩の表情がますます曇った。
「じゃあ、どこで知り合ったんです」
「それは話すと長くなるというか」ナツは苦笑した。「ごめん。急にこんなこと言っても怪しいだけだよね」
「いえ」口ではそう言ったが、目は「はい」と言っていた。
その後も、教室を移動しながら訊いて回ったが、誰もフユのことを知らなかった。名前の似た生徒に当たっても、そのすべてが別人だった。
「まさか同級生だったのか?」
「先輩っていう可能性もないではないわよ」
ナツは首を振った。「考えられないな。フユを先輩と呼ぶなんて」
二人は職員室に向かった。一年の担任をつかまえて話を聞く。だが、やはり心当たりがないという。
「本当に知りませんか? こう……ちっちゃい子で年中カーディガンを羽織ってて……」
そのとき、後ろから初老の技術教師が割り込んできた。
「ああ、そんな生徒がいたなあ」
「本当ですか」
「ああ、たしか錦戸不由美って名前だった」教師は頷いた。それから首を傾げ、「でも十年は前のことだぞ」
「十年?」
「ああ、そうだ。ちょっとした有名人でな。というのも……と、その前に当時の背景を説明しておこう。いまのクラブ棟は二十年ほど前に建てられたんだ。それ以前まで使われていた……つまり旧クラブ棟はその北東に立っていた。二つの棟はある時期まで併用されてきた。だがいよいよ取り壊しの話が持ち上がってきてな。旧クラブ棟を根城にしていたいくつかのクラブが潰れたんだが、中には立ち退きを拒否する生徒もいた。彼女もその一人だったんだ。それで……あれ」
「どうしたんですか」
「思い出せないんだ」教師は困惑したように言った。「いや、旧クラブ棟はなくなった。それは覚えてる。現にクラブ棟はいま一つしかないだろ? でも……その解体作業がいつだったのかさっぱり思い出せないんだ。旧クラブ棟は気がついたらなくなっていた」
教師は「おかしいなあ」と繰り返した。
「それで、その女の子はどうなったんですか?」
「ああ、いなくなった」教師は思い出したように言った。「それこそクラブ棟ごと異次元にでも吸い込まれてしまったように」
「本当に幽霊だったのかも」屋上に戻ると、アキは言った。「ねえ、ナツはいったい何者なの」
「なんだよ急に」
アキは聞こえなかったように、
「タレント? 幽霊? ねえ、わたし、もうハルやフユのときみたいに驚きたくないの。ナツだってきっと消えちゃうんでしょ。そうなる前に、ナツが何者なのか知っておきたいのよ」
「馬鹿言うなよ。わたしはどこにも行かない」
そうさ、ここから先はどこへも行けないんだ。
「本当に?」アキがすがるような目で言った。
「ああ」ナツは微笑んだ。「明日また屋上で会おうぜ」
「明日だけ?」
「明後日も明々後日も、だ」
明々後日はもう休日だが、そのことにはあえて触れなかった。
「ごめん。わたし不安定になってた」
「そうじゃないときがあるか?」
「もう、馬鹿にして」
そこで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「本当にちょうどいいときに鳴るんだな」アキは呟いた。
「そうね」アキはくすりと笑い、ドアに向かった。
「またね。ナツ」
「ああ、また」
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