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フユがいなくなって一週間が経った。ハルのように報道されることもない。失踪したわけではないらしいが、二人には学校に来てるのかどうかさえもわからない。
「どのみち、ここに来ないならいないのと同じよ」アキが呟いた。
慰めようにも言葉が見つからなかった。その日は曇天だった。太陽の姿は見えず、空はいまにも泣き出しそうに見えた。
「ねえ、ナツ」アキは虚ろな目をして言った。「こんな経験がない? そろそろ衣替えの時期だと思って学校に行くでしょ。そしたら、自分一人だけがみんなと違う服を着てるの。それではじめて衣替えの時期にはまだ早かったんだってはじめて気づくの」
「なんだよ急に」
「あるいは、こういうのはどう? 友達と約束した時間に待ち合わせ場所に行っても誰もいないの。一時間、二時間と待ってようやく来るんだけど、みんなわたしが約束の時間を間違えたと主張するの。そして事実、そうなのよ」
アキは続けた。
「ねえ、おかしいのはわたし? それとも世界の方? 時間なんてものは本当に存在するの?」
これが冗談なら、ナツにもまだかける言葉があっただろう。だが、アキの表情はいたって真剣だった。
「わたしね、物心ついた頃にはもう手首に腕時計が巻かれていたのよ。親にそのことを訊いたら、わたしが時間の迷子にならないようにだって言うの。きっと、むかしから時間の感覚に乏しかったのね。だから、わたしは誰よりも時間を気にしなければならなかった。わたしの一日は腕時計を手首に巻くことからはじまるの。まるで、手錠でもかけるみたいにね。事実、わたしは時間の奴隷だわ。何をするにも時計を確認せずにはいられない。そうでないと、時間からはぐれてしまいそうだったから。でもね、そういう生き方はとても疲れるの。わたしは時間から逃げたかった。そして、気がついたらここに流れ着いていた。ここは不思議な場所だわ。いたいと思えばいつまでだっていられるような気がする。わたしが本気でそれを望めばってことだけど。実際には、いつまでもチャイムが鳴らなければそれはそれで不安になりそうだもの。たとえ、ここが天国でも、わたしにはまだ未練があるんだわ。『下』の生活への未練が」
アキは言い切ると、雲の切れ間から差し込む光でも探すように視線を彷徨わせた。
「ハルやフユは、その未練を断ち切ってしまったのかも。きっと、ここの他にも時間の魔の手が及ばない場所があって、二人はそこを見つけたんだわ」
ナツにはアキが言ったことの半分も理解できなかった。それでも、何か言葉をかけるべきだと思った。いまのアキはきっと風船のようなものだ。自分がしっかりひもを握っていないと、どこに飛ばされるかわからない。
「フユを探しに行くぞ」口にして、自分でも驚いた。
「どうして」
「だって、このままじゃ嫌なんだろ」
「そうだけど。違うの。それは根本的な解決にはならない。わたしが言いたいのは――」
「ああ、もう」ナツはもどかしげに言った。「お前はフユに会いたくないのか?」
「会いたいけど」
「ならそれでいいじゃないか。ほら、行くぞ」ナツはアキの手を取った。
「一応訊くけど」アキは手を引かれながら言った。「フユのクラスは知ってるのよね?」
「お前は知ってるのか?」
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