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 ナツはそのニュースを夕食の席で知った。


 形ばかりの団欒の時間。両親とナツ、それに弟の。まだ十歳にも届かない弟がうるさくくっちゃべる以外に会話らしい会話はない。自室に引き上げたいくらいだが、それを自ら主張するのもいかにも思春期という感じで気恥ずかしい。ナツは「いただきます」と「ごちそうさま」の間には一言も言葉をさしはさまず、黙々と箸を動かすのに終始するのが常だった。


 いてもいなくても同じだ。しかし、家族がどれだけナツに注意を払っていなかったとしても、その瞬間だけは別だった。ナツはテレビのニュースがはじまるや否や、驚きのあまりむせ返ってしまったのだ。


「ちょっと、大丈夫?」母親が弟との会話を中断して言った。


「これ、姉ちゃんの学校じゃない?」


 弟がテレビを箸で指しながら訊いた。家族の目線がテレビに集まる。弟の箸の先、四二インチの画面の中で、ハルが微笑んでいた。おそらくは学生証の写真だろう。その写真と「行方不明」の四文字が結びつくまでには時間がかかった。


「知り合いなのか?」


 父の問いかけに、ナツは思わず首を振った。そのことに自分自身驚く。首を振った理由は自分でもわからない。でも、屋上での関係を人に話したことはなかったし、また説明が容易でないことはわかっていた。


(ああ、そうなんだ。毎日屋上で会ってるんだけど、苗字もクラスも知らなくて……)


「ねえ、この人誘拐されたの?」弟が訊いた。


「わたしが知るかよ」


 弟は「誘拐だ誘拐だ」と楽しそうに繰り返した。


「ダメよ、おもしろがったりしちゃ」


「だってうちとは関係ないでしょ」


「たしかに身代金目当ての誘拐なら、うちを狙うとは思わないけど……」


「おいおい」父が苦笑する。「水を挿すようだけど誘拐だけはないと思うよ。そういうときは報道協定というのが結ばれるから、こういうかたちで報道されたりはしない」


「ということは家出?」と母親。


「さあね。何か別の事件に巻き込まれたという可能性もあるし……」


「たとえば?」弟が無邪気に尋ねた。


「たとえばだな……」父親は言葉を詰まらせた。


「ごちそうさま」ナツは茶碗を叩きつけるようにして言った。


「あら、さんまならもう一匹食べてもいいのよ?」


「気分じゃないんだよ」


 ナツは食器を流しに運んだ。


「でも、あの子の顔、どこかで見たことあるのよね」


 リビングを去る間際、母がそうひとりごちるのが聞こえた。その理由がわかったのは翌日のことだった。

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