第6話 雪が始まる。

 ここは渋谷のマンションの渋井家。

「行ってきます。」

 谷子がマンションの一室から出てくる。 中にいる家族に出かける挨拶をして、玄関の扉を閉める。今から学校に向かう。

「もうすぐクリスマス、雪が降るといいな。」 

 彼女は、渋谷生まれ、渋谷育ち。それでも雪が降るホワイトクリスマスを夢見る女の子。

「雪が降ったら配達を休めないかな?」

 彼女の父、渋井谷男。谷男は、渋谷郵便局で、はがき・ゆうパックの配達のアルバイトをしている。(月給10万円。)

「いい年した大人がバカな夢を見ないで下さい。」

 彼女の母、渋井谷代。谷代は、渋谷区役所で、窓口案内のアルバイトをしている。(月給10万円。)

「年末ジャンボでも買いに行こうかな?」

 天下の渋谷であっても、正社員の仕事は無い。渋谷家はなんとかアルバイトで、生活を維持している、アルバイト家族だった。

「もう販売は終わってますよ。」 

 谷男と谷代が若い頃に渋谷にやって来たが、正社員になることはできず、引っ越すお金がもったいないので、ずっと住み続けている。渋谷に住んでいる。といっても、お金持ちではない。 両親は良い仕事が無く、アルバイトで、なんとか毎日をを暮らしている。

「ガーン!?」

 渋井家の3人は、 渋谷の築50年のボロボロのマンションに住んでいた。マンションは築50年のボロボロである。マンションには、ワンルームがたくさんある。そのうちの1部屋を 渋井家は借りている。(家賃5万円。)

「神は無慈悲ですよ。」

 渋井家の部屋の間取りは、6畳と台所、ユニットバスがあるだけである。家族3人で暮らすには、かなり狭いのである壁は薄く、声は隣に筒抜け、隣の住人が動いたら、渋井家の住んでいる部屋も揺れるのだ。

「俺たちが、ここに住んでいられるのも、大家さんのおかげだ。」

 マンションの10階に住んでいる大家さんの松トウ。彼女は小さい頃から谷子を可愛がっている。一人暮らしをしているので、谷子のことを実の孫のように大切にしてくれている。

「そうですね。私たちが忙しいので、小さい頃から谷子の面倒をみてもらってますからね。」

 大家さんのおばあちゃんは、昔からよくしてくれる。両親が仕事を休めない時に、小さかった谷子を預かってくれたり、経済状況が苦しいからと、家賃を相場の半額にしてくれている。本当なら、渋谷なんて、家賃の高い所には住めていない。

「家賃5万なら、バイトでも真面目に働けば、家族3人暮らしていけるかもしれない!?」

 ヤンキーとギャルだった父と母が心を入れ替えて、バイトでも郵便局と区役所で働くようになった。今の谷子が生きていられるのも大家さんのおばあちゃんのおかげかもしれない。

「あ、雪だ!? わ~い! 渋谷に雪が降ったぞ!」

 渋谷の街に雪が降り始めた。谷子の目の前を雪がひらひらと舞い落ちてくる。


つづく。

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