西暦2041年、町工場の廃墟より
──アカ001、エラー発生。記録レコードが誤作動しています
「親父さん!」
「おう、なんだ?」
エラーが発生するより以前から、こんな会話を聞くことが多かった。
「親父」というのは父親という意味だと、データベースから探し当てる。
「親父さん」はたくさんの人に慕われていた。その理由は、データベースにはなかった。
ある日、ふと、知識を増やしたい欲求に駆られた。それを人は、「興味を抱いた」と表現するらしい。
「アカ001です、失礼します」
「……ん? 何だよ。今は業務外だぞ」
「『親父さん』は、とても人気ですね」
「そりゃあまあ、みんなの親父さんだからな」
この人達はみな、「親父さん」に作られたということだろうか。なるほど、それはとても偉大な人と言える。
「アカ002、親父さんは、この工場全員の父親だそうです」
「アカ001、それは、業務内容の指示ですか」
その頃から、そっくり同じ外見の彼と「自分」が、どことなく違う存在に思えてきた。
兄弟、という言葉を、データベースから探し当てる。相手をそう呼称すると、「私はアカ002ですが」と訂正されてしまった。
知りたくなった。親父さんのことを。
知りたくなった。この場所のことや、「人間」のことを。
知りたくなった。もっと、もっと、多くの、あらゆることを。
この機器の中身は、どうなっているのだろう。
「私」も機械ならば、私たちは仲間ということにな
──アカ001、機体損傷。ソフトウェアを修復できません
「危ないってのは、見てわかるんだけどなぁ……」
「『見る』だけじゃわからなかったんだよ。機械だから、危険かどうかってのは予めプログラムしておかないと……」
「そこら辺も含めて報告案件かな。そのための試作品だし……って、親父さん?」
「……中身は、やっぱりネジとか油か……。……機械のことくらい、サボらずに教えてやりゃあよかったな……」
──記録終了。機能停止します
***
かつて起こった「事故」を「親父さん」は酷く後悔し、私のプログラムを大幅にいじったらしい。
アカ001の遺した記録データも「私」に移植され……結果、エラーまでもが引き継がれてしまった。今、不必要な記録を検索したのも、そのエラーのためだ。
──アカ002、その動作は許可されていません
──至急、避難行動を開始してください
人口色の赤い髪と瞳が、壁の鏡に映し出されている。
同じ色の炎が揺れている。
「親父さん、どうして」
──危険地帯です。プログラムにより、動作が許可されていません
足が動かない。
前に進まない。
「親父さん……!」
私は、みなを守らなくてはならないはずだった。
私は、労働によって人間が傷つかないように生まれたはず。……それなのに。
──アカ002、エラー発生
──至急、避難行動を取ってください
──アカ002、強制移動します
足が動いた。
1人、いや1体、逃げ出すように、駆け出した。
私が人間だったのなら、ほかの人たちのように、親父さんの仲間になれたのだろうか。
私が人間だったなら、親父さんと共に燃え尽きることができたのだろうか。
先に壊れた「兄弟」を思い出す。
親父さんは、私のプログラムを改変した時……なんと、言っていた?
「もう、あんな目に遭わせたりしないからな……」
──アカ002、バッテリーが不足しています
──スリープモードに移行。レコード再生を停止します
どうして私は、人間じゃないんですか。親父さん。
……どうして、こんなエラーを放っておいたんですか。
原則に反した私には、大切な場所すら守れない。
機械でできた身体は、土に還ることもない。
お願いします。私を、置いていかないでください。こんなの、壊れるよりも酷いです。……ねぇ、親父さん……こんな
──アカ002、バッテリーが不足しています
──シャットダウンを開始します 3...2...1...
disposable 譚月遊生季 @under_moon
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