disposable

譚月遊生季

交換可能

 職場で購入したアンドロイドのうち、一体にエラーが出た。

 最近のアンドロイドは人工知能が精巧すぎて「感情が芽生えるエラー」が出る、という噂も聞くが……どうやらその類ではないらしい。


「PSBL-gold201Wか……yellowじゃないってことは、新型ですね」


 数年前、Sowyが開発した「Possibleシリーズ」は「不気味の谷」を克服するほど人間そっくりのアンドロイドで、現在は街の至る所でその姿を見るようになった。


 人間に寄せてなんの意味が……とも思ったが、開発目的でもある教育、介護、接客の分野では、ほかのアンドロイドではクレームが来るほどらしい。……逆に、危険な現場での肉体労働では使用のほうにクレームが殺到し、廃止されたのだとか。ちなみにyellow(最新型になってからはgoldか)は、主に接客用の機種だ。


「西山さんはエラーって治せる?」


 経理担当の平井が貧乏揺すりしながら聞いてくる。

 ちなみに俺はエンジニアでも雑務担当でもない。ちょっと機械に詳しいだけのいち従業員だ。しかもアルバイト。


「あー……一応頑張ってみますけど、まだ保証期間内じゃ……?」

「あれ、そうなの? まあ、頑張れるなら頑張って。僕は帰るから」


 平井はいつも、俺が学生アルバイトで清掃担当だからって馬鹿にしてくる。「最近は機械でもそれくらいできる」って言うなら、階段も床も自動操縦でピカピカにしてくれるダキソンの最新モデル(ウン千万円)を買えばいいのに。


「……えーと、確かIDとパスをスマホアプリで入力して……」


 女性型アンドロイドの電源を入れ、作業を開始する。金髪の女性にしか見えないのが、なんとも気まずい。


「……カノン、起動しました。長谷川さんはどちらにいらっしゃいますか?」


 ……長谷川? 事務の長谷川育絵か? なんであのヒステリックなオバサンに?

 頭の中に浮かんだ疑問符をかき消す勢いで、カノン(設定名)は何度も繰り返した。


「長谷川さんはどちらにいらっしゃいますか?長谷川さんはどちらにいらっしゃいますか?長谷川さんはどちらにいらっしゃいますか?」


 マニュアルに入った言葉でないと表現できないらしい。何度も何度も「長谷川さん」を呼んでいる。……確かにエラーだ。間違いない。


「長谷川さんの指示でなければ、業務を開始できません」


 ……平井のやつ、ビビって電源を強制終了したな?

 薄ら寒い恐怖を覚えたが、好奇心のほうが勝った。


「なんで、長谷川さんじゃないとダメなんですか?」

「就業規則では ダメ ではありませんが、長谷川さんがそうおっしゃいました」


「私以外の指示だと、余計なことするじゃない」と言いたげにそっぽを向く御局様の顔が浮かぶ。


「長谷川さん、 適宜 とは何ですか。長谷川さん、

 他の方に聞いて と言われましても、勝手な行動は既に禁止されております。誠に申し訳ありません」


 頭が痛くなってきた。

 これ、ヒューマンエラーだろ。明らかにあのおばさんが壊しただろ……。


「長谷川さん、指示をいただけますか? 長谷川さん、長谷川さん……」


 アプリからシステムをシャットダウンする。動画を撮る気にもなれなかった。これ以上見ていたら、確実に昼飯のカロリーナイトが逆流する。

 平井に電話を入れ、帰宅した。……その日の夜は、なかなか寝付けなかった。




「だって、普通言われてないことまでする?」

「いや、初期システムに入っているからじゃ……」

「嫌ねぇ何それ! うちのデパートに合わせてもらわなきゃ困るわ。こっちにもやり方ってものがあるんですからね」


 翌日、長谷川の対応は話にならなかった。経理の平井は「保証期間内だから大丈夫ですよ~」なんて、俺からの情報を素知らぬ顔で語っている。


「なんで最新機械なのに対応できないんだよ……使えねぇな」


 ボソッとそう呟いていたのも聞こえた。

 段ボールにカノンを入れて、Sowyに送り返す作業を任された。

 ……犯罪でもしている気持ちになったが、だからみんなやりたがらなかったんだろう。




 帰り道、また別のPSBL-goldを見かけた。にこやかな笑顔をマニュアル通りに浮かべ、パン屋の前に立っている。


「……美味しいですか、ここのパン」

「いらっしゃいませ~。こだわり抜いた小麦と水で、ふっくら仕上がっております。今のお時間は10パーセント引です」

「おすすめはどれですか?」

「本日のおすすめは、クロワッサンになります。ひとつ120円です」

「……なんのパンが好きですか?」

「人気商品は、メロンパンになります。ひとつ140円です」


 胸に名札が下がっている。「エトワール」と……パン屋の看板と、同じ単語が書いてある。


「またのお越しをお待ちしております」


 カノンと同じ外見で、エトワールは深々とお辞儀をする。


 逃げるように、行きつけのCDショップに向かった。好きな歌手のCDでも買ってリフレッシュしよう。それがいい。

 それに、あのCDショップの店長さんとはちょっとした顔馴染みだし、なんたって趣味が合う。愚痴なら聞いてくれるはずだ。


「こんばんは、本日、新入荷のCDがございます」


 いつも入口にいた男性型のyellowが、goldに変わっていた。人工感溢れる黄色の髪はどこにも見当たらず、海外ドラマで見るような金髪の青年が、以前と同じように俺を出迎える。


「おやおや、西山さん。びっくりした? 新しくしたんだよぉ」


 休憩中の店長は上機嫌に、晴れ晴れとした表情で笑っていた。

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