第二十五回 非日常、非現実、非常識
俺は夏のある日、放課後にクラスで浮いてる美少女が特殊な能力でもって魔物を退治するのを目撃し、しかも自分にも特殊な能力があることが判明し(最強の能力、当初は使い方が分からず大したことないが美少女が死にかけた際に覚醒し惚れられる)、一緒に放課後人知れず魔物を退治する生活を送りたい、と自分が願っていることに気づいた。
その美少女は成績優秀だが無口で孤高、私生活も一切不明だが俺の前でだけ年相応の少女としての顔を見せ、甘い物や可愛いぬいぐるみなどが好きというギャップを持ち、秘密を共有することで俺と信頼関係で結ばれやがて恋に落ちるのである。
ところが、現実にそんな美少女はおろか特殊な能力も魔物も存在しない。
こうなったら美少女は存在せずとも、特殊な能力と魔物だけでも――いや、違う。特殊な能力と魔物がむしろいらない。俺と秘密を共有する美少女がいてくれたらそれでよいのだ。しかし現実は非情で、美少女は存在しなかった。
俺は絶望に苛まれ、近所の橋の上から身を投げてしまおうかと思ったが、代わりにより詳細に空想のディティールを構築して現実逃避することで難を逃れた。
俺と美少女が特殊な能力で人知れず魔物を退治する生活が、一話完結で繰り広げられる。まず俺が美少女と出会う第一話。第二話は学園生活が描写される。俺のクラスメイトで、学校中の女子の事情に詳しい男が、俺に対し美少女の既知の情報を教えてくれる。彼女は誰とも仲良くしない、ましてやお前なんかにはなびくはずもない高根の花だ、という忠告を俺に送る。だが、俺は既に彼女と秘密を共有する状態にあり、このクラスメイトはおろか、他の誰よりも一歩先んじているのだ、おまけにまだ未覚醒ではあるが特殊な能力を持っている(一話の時点でその強力さの片鱗が現れている)この二点によって俺は密かに優越感を覚える。
俺と美少女が魔物と戦っていくうち、どうやら魔物側に組する人間の悪い組織の存在が見えてくる。そして、俺の通う学園にそのメンバーが潜んでいると示唆される。そのメンバーもまた美少女なのである。この第二の美少女は最初敵として登場するが、なんやかんやあって組織に裏切られ、俺に救われ、俺に惚れる。無論第二の美少女は俺にほの字という事実を認めようとはせず、また第一の美少女も第二の美少女の恋心を察するがこれを面白く思わず、逆説的に己の俺に対する好意を自覚する結果となるのだ。
続いて第三のヒロインが登場する。彼女は魔物である。本当の姿は下半身が蛇という異形であるが、人間の形態をとることもでき、敵組織に純粋さを利用されているだけでやがてこちらの味方となる。そして、俺の通う学園に転校してくる。この第三の美少女は先の二人と違い、俺への恋心を隠すことはない。スレンダーだが大食いのコメディリリーフであり、しかし魔物としての己の在り方、人間である俺との道ならぬ恋に苦悩する一面も持ち合わせている。
第四のヒロインは男装の麗人であり、魔物に並々ならぬ憎悪を抱くクールな美少女――いや、それでは第一の美少女とキャラが被ってしまう。飄々とした仮面を被ってはいるがどこか影があるキャラにしよう。普段は糸目で、魔物への憎悪を覗かせるときだけ目を開く感じで。彼女は第三の――だめだ、そうした呼び名は彼女たちに対して失礼だ。この四人を、小鳥遊仄歌、九条麗華、華牙地瑠璃、西園寺メルセデスと呼称しよう。
西園寺メルセデスは無論、魔物である華牙地瑠璃を亡き者にしようと暗躍するのであるが俺がそれを許すはずもなく、「火鳥塚くん、一言言うておくで、魔物は結局魔物や、うちらとは相容れへん。いずれ必ず牙を剥きよる、そのときキミがどないしはるか、楽しみにさせてもらうで」と意味深な警句を発する。この言葉はやがて現実のものとなり、敵組織の手によって洗脳された華牙地瑠璃によって小鳥遊仄歌が死にかける。しかし俺の最強の能力によって小鳥遊仄歌は回復し華牙地瑠璃も救われるのである。西園寺メルセデスは己の考えを超えた俺のポテンシャルに興味を抱き、俺に惚れる。
第二のヒロインが何かおろそかになっているので彼女に関するエピソードも入れておこう。第二の――九条某は――そういえば彼女も裏切り者という点で華牙地瑠璃と被ってしまっているではないか。設定を変更しよう。第二のヒロインは俺のクラスの担任で、味方の組織――魔物に対抗する組織である、ずっと昔に陰陽師とかか結成した――の人間であるということに変更する。成人女性とは思えぬ幼い要望で、「くーちゃん」と生徒に呼ばれて親しまれている。俺と小鳥遊仄歌の師匠でもあり、その実力は味方組織の中でもかなり上、しかし俺はもっと上。いずれ俺が味方組織のトップに立ち魔物を殲滅する器であると思っている。千年に一度現れるという伝説の英雄が俺。くーちゃん先生はもちろんそれを見抜いている。
学園で俺は昼行燈ということになっている。しかしくーちゃん先生とヒロインたちは俺が最強であるということを知っており、クラスメイトが俺を昼行燈扱いするたびに苦笑するのである。また、俺は人相が悪く(とはいえ美形)、人から誤解を受けやすいが、本当は心優しいとヒロインたちだけが知っている。また、昼行燈と言っても成績は全部トップクラスで、目立ちたくないので手を抜いているだけなのである。
俺は以上の物語を日常的に脳内に展開し、いつでも「この場面なら小鳥遊仄歌はこのように言う」「くーちゃん先生がいたらここで『火鳥塚、あんたは見学! ええと……ほら持病の癪が!』『そうでした、ううっ……保健室行ってきます!』『(まったく、一つ貸しだからね! 今度ケーキバイキングでも奢りなさいよ!)』『(ケーキバイキング? 私にも奢ること)』『(小鳥遊、あんたは引っ込んでなさい!)』などというやり取りが繰り広げられるだろう」といったシミュレーションが可能となっていった。
それは非常に楽しいものだったが、やがて受験シーズンになり、俺は次第にこれらの設定を苦痛に思うようになっていった。あらゆる場面でもはや自動的に、脳がヒロインたちとの物語を展開させるので、自動的に頭が疲れるという状態に陥ったのだ。一旦これらの夢想を停止し、受験終了後に大学生編を再開する、といった器用なことはできないので、物語を無理やり完結させるしかなかった。
すなわち、ラスボスを登場させれば良いのだ。
ラスボスもまた美少女で、とにかく世界を憎んでおり破壊するために魔物を召喚していたのだが、俺が色々やって最強の魔物を倒し、初めて人間への愛を抱く、つまり俺に惚れる。愛が世界を救う。ハッピーエンドである。
と、無理やり俺の物語を打ち切り、どうにか受験に専念することができた。
そうしてその後、一日二時間も勉強したので、たぶん受かっているだろうと気楽に迎えた合格発表の日。
俺の現実に、魔物が現れた。
そいつは身長が六百メートルはあり、頭が五つもある恐ろしい怪物だったが、なにより恐ろしいのは、そのそれぞれが、俺の夢想していたヒロインたちの顔そのものだったことだ。海外のメディアなどでは、我が国のオタクの欲望が歪んだ形で発現したものだという分析がなされた。魔物はヒロインたちそれぞれが使った特殊な能力――〈
俺は避難所となった体育館で、やることもないので異世界に転生して軍師をやる妄想を繰り広げていた。学園異能ものはもうこりごりだよ。俺は現代知識を用いて無一文から成り上がる。女騎士と王女と最強の竜(幼女になる)が出てくる。全員俺に惚れる。マヨネーズを作ってみんなに絶賛される。
身長六百メートルの魔物はシャンプーをかけると溶けることが判明し倒された。受験は落ちた。
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