第32話 夏休みはみんなで海に行こう
屋上での
あれから何事もなく、高校では平和な日常が流れていた。
朝のホームルーム前の時間帯。
「昨日、瑛介とも少し話したんだけど、夏休み、みんなでどっか遊びに行きたいよな」
「いいねいいね。海行こうよ海!」
まだ先の夏休みに、佐久馬と亜季が思いを馳せている。
少し気が早い気もするが、いつものメンバーは、部活や塾、アルバイト等の関係で長期休業の時くらいしか遠出の予定を上手く合わせられない。先の予定を今から話し合っておくのも悪くはないだろう。
「海か。水着、新しくした方がいいかな」
「おやおや、砂代子ちゃん。またお胸が育ちましたかな」
「亜季~、女の子同士ならセクハラにならないと思ったら大間違いよ」
「ありゃっ」
さり気なく胸に手を伸ばそうとしてきた亜季の手を、砂代子は満面の笑みでピシャリと叩き払う。砂代子と亜季は昨年、友人の女子数名でプールに赴く機会が何度かあり、お互いの水着姿も把握している。着やせするタイプ故、普段こそ砂代子の胸は目立たないが、衣を脱げばその印象は一瞬で覆される。運動部所属で引き締まった肉体との相乗効果も相まって、なかなかに凶器的なスタイルの持ち主である。
一方の亜季はバストこそ控えめだが、手足が長くスレンダーなモデル体型。本人のファッションセンスも相まって、砂代子とはまた違った魅力を放つ波打ち際の花だ。
「楽しい夏休みになりそうだな、俊平」
「まあな」
にやけ面で肩に腕を回してくる佐久馬に俊平ははにかみで返す。
佐久馬や瑛介ほど露骨でないとはいえ、もちろん俊平だって年頃の男子らしく、女子の水着姿にドキドキしないはずはない。淡泊な返事とは裏腹に、夏休みの訪れを心から楽しみにしている。
「……せっかくの我儘ボディなんだし、水着姿で俊平くんを悩殺しちゃいなよ」
「余計な勘繰りしないの」
「ありゃ」
小声でにやけ顔を近づけてくる亜季を、砂代子は静かに押し戻す。
俊平に対して思いを抱いているのは事実だが、悩殺云々は余計なお世話である。砂代子には砂代子なりのペースがある。
「どうした、砂代子?」
「い、いや。何でもない」
意識した瞬間に俊平と目が合ってしまっため、砂代子は思わず赤面し、咄嗟に視線を外してしまった。そんな砂代子の姿を見て、背後から亜季が「可愛いね~」と言って頭を撫でている。
「おっ、瑛介が戻って来たみたいだな――なあ瑛介、夏休みなんだけど」
駆け足で戻って来たらしい瑛介の姿を佐久馬が捉えた。
瑛介にも早速、海行きの計画を伝える。ムードメーカーの瑛介のこと、下心も込みで、ノリノリで話に参加してくるかと思われたが……状況が何やらおかしい。
「おい俊平、藤枝先輩のこと聞いたか?」
慌ただしく教室へと飛び込んできた瑛介が、神妙な面持ちで俊平の席へと駆け寄った。
佐久馬の声は聞こえていたようで、真剣な表情で「悪い後で」と一言詫びを入れている。
その様子に、砂代子と亜季もキョトンとした様子で見入っていた。
「藤枝さんがどうかしたのか?」
「今し方小耳に挟んだんだが、藤枝先輩、何かやらかしたらしくてな。どうやら教師陣が、処遇に関して職員会議しているらしい。仲の良い先輩に聞いたら、藤枝先輩は処分が決まるまで自宅待機だとか何とか」
「処分って、藤枝さん、いったい何をやらかしたんだ?」
「詳細は俺も把握してないけど、噂だと女性関係だとか何とか。邪推するものじゃないとは分かっているけど、もしかして、相手を妊娠させたとかそういうことなのかな?」
よっぽど校則の厳しい学校でもない限り、異性との交際自体が問題となることはない。処分を検討されるまでの大事となるとやはり、瑛介の言うようなケース考えられるが、真実は瑛介の想像の斜め上を行っている。
真実に思い当たる節のある俊平と砂代子、離れた先ながらも会話を拾っていた亜季。三人の視線が交錯する。
「それって、もしかして」
「俺にも分からないけど、タイミング的に見てそういうことなんだろうな」
「なに? お前たち、何か知ってるの?」
状況を飲み込めぬ瑛介は、置いてけぼり感からキョトンとした様子で視線を泳がせている。
思わず佐久馬の方へと目配せすると、佐久馬は肩を竦めて「俺も知らない」と返答。状況を飲み込めぬは自分だけじゃないと知り、瑛介はどこか安心した様子だ。
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