第33話 昼食

御影みかげ藤枝ふじえだの処分の件。どういうことだ?」

「私ではありませんよ。私だって驚いています」


 昼休みに入るなり、俊平は深層しんそう文芸部ぶんげいぶの部室へと直行した。

 半ば繭加まゆかのプライベートルームと化しているのだろう。繭加は長机の上で、弁当箱を広げていた。ただし、心ここにあらずといった様子で食指はまったく動いていない。彼女もまた、現在の状況に困惑しているようだ。


「いったい、何が起きているんだ?」

「私も気になって色々と調べてみたのですが、どうやら藤枝の被害者の一人が、意を決して学校側へ事情を打ち明けたということのようです。優等生である藤枝を処分する方向で話が進んでいる以上、何か確固たる証拠のような物もあったのでしょうね」

「他に何か分かったことは?」

「二年生の桜木さくらぎ志保しほさんが、今日は学校を欠席しているようです。彼女も被害者の一人ですし、事情を知る私達からしたら、意味深な状況ではありますね」

「被害を訴えたのは、桜木志保の可能性があると」

「私はそう考えています。何故このタイミングで彼女が行動を起こしたのか。彼女の証言を裏付けるに至った証拠とは何だったのか、色々と謎は多いですがね」

「詳しく調べるのか?」

「……今のところはまだ何とも。確かに事情は気にはなりますが、藤枝のダークサイドを引き出した時点で、私達の目的は達成されていますからね。ここから先は、あくまでも当人たち同士の問題です。これ以上、首を突っ込むのも如何なものかと思って」

「確かにな。いずれにせよ、藤枝は自身の悪行に対して相応の報いを受けることになるわけか……」

「どの程度の処分になるかまだ分かりませんが、優等生像や内申はこれでもう無茶苦茶。思わぬ展開ではありますが、全ては藤枝の自業自得ですね」


 そこまで言って、繭加はようやく昼食を再開させた。

 表情は相変わらず晴れないが、話し相手が来たことで少しだけ気分転換が出来たのだろう。


「そういえば、朱里あかりちゃんは?」

「今日は別のお友達とお昼を食べてますよ。私と違って彼女、交友関係広いので」

「その朱里ちゃんの友達も交えて一緒に食べればいいのに」

「……前にも申した通り、私の友達は朱里ちゃんだけです。他の子との食事はあまり気が進みません。かといって、朱里ちゃんの交友関係を邪魔をするのも申し訳ないので、彼女の来ない日はいつも一人で食べています」

「そ、そうか」


 余計なことを言ってしまったようで、申し訳なさそうに俊平は視線を逸らす。

 そのまま、コンビニの袋片手に繭加の向かいへと着席する。


「だったら、今日は俺が付き合ってやるよ。昼食を摂らずに教室を飛び出して来たもんでね」

「先輩もボッチ飯の予定だったんですか?」

「ボッチ飯言うな。いつもは友達と昼食囲んでるっての。今日はお前と話がしたくて教室を出てきただけだ」

「先輩、そんなにも私のことを愛してくれていたんですね」

「いや、藤枝に関する話をしに来ただけで、そういった感情は皆無だから」

「またまた、美少女と二人きりで昼食なんて、先輩の幸せ者~」

「はいはい。御影と食事が出来て凄く嬉しいよ」


 パンの袋を開封しつつ、テキトーに返答する。

 めんどくさい、いつものウザ可愛いノリ。繭加が調子を取り戻して来たようで何よりだと、俊平は自然と笑みを零していた。


「もし良かったら、何かおかずでも摘まみますか?」

「いいのか?」

「どれでもご自由に、全て自信作です」

「つまり、御影の手作り?」

「はい。料理全般得意ですよ」

「それじゃあ遠慮なく。何を頂こう――」

「えい!」

「うおっ――」


 俊平が弁当箱の中身を覗き込んだ瞬間、突然口内に何かが押し込まれた。

 口内を支配する甘みと舌ざわり――厚みのある卵焼きだ。

 どうやら繭加は、俊平自身に選ばせると思わせておいて、自分が摘まんでいた卵焼きを強制的にアーン? したということのようだ。

 突然の事に驚きながらも俊平は卵焼きをしっかりと咀嚼し、よーく味わいながら飲み込んだ。


「お味は如何ですか?」

「程よい甘さと焼き加減で絶品だが、流石にいきなり口に突っ込んでくることはないだろう。それも選んでいる最中に」

「おすすめだったので、つい」

「だったら普通にすすめろって。いきなりの実力行使はビビる」

「お代わりします?」

「する」

 

 素晴らしい卵焼きだったので、そこは素直に即答で頷く。


「アーンします?」

「せんでいい」


 苦笑顔でそう言うと、俊平は素手で摘まみ上げた繭加の卵焼きをもう一つ、ペロリと平らげた。その表情はまさに、至福の一時と呼ぶにふさわしい。


「袋の中にお菓子も入っていますね。おかずと交換というわけではありませんが、私も頂いても?」

「いいぜ。元々昼にみんなで摘まむようだからな。今日に限っては俺と御影の分ってわけで」

「それでは遠慮なく。このお菓子、前から食べてみたかったんですよね」


 年頃の女の子らしく、繭加はキャッキャとはしゃいでいるようだ。

 誰かと一緒にする食事はやっぱり楽しいなと、繭加は改めてそう思った。

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