第21話 賭け

 翌週の放課後。


俊平しゅんぺいと一緒に帰るのも、何だか久しぶりだな」

「そうだな」


 俊平と瑛介えいすけが、肩を並べて校舎を後にする。

 砂代子さよこは部活、佐久間さくま亜季あきは塾通いがあるため、一緒に下校する機会は少ないが、俊平と瑛介は共に帰宅部であり、帰路を共にすることが多い。いや、多かった。

 ゴールデンウイーク明け以来、俊平は繭加まゆかと行動を共にする関係で、放課後は学校に残ることが多くなってしまった。今日は繭加が用事があるらしく集まりが無かったので、こうして早めに下校することになった次第だ。


「最近は放課後も学校に残っているみたいだけど、何をしてるんだ?」

「後輩が立ち上げた部活をちょっとだけ手伝っててな」

「後輩って?」

「一年生の女子二人」

「よし、俺も混ぜろ」

「相変わらず正直な奴だ」


 最近は繭加のような曲者を相手にしているせいか、俊平は陽気な瑛介の隣をとても居心地よく感じていた。

 しかし、瑛介に真実を話すわけにはいかない。瑛介は抜けているように見えるが常識人で正義感も強い。そんな彼に繭加たち深層しんそう文芸部の活動を明かすことなど出来ないし、何よりも親友を巻き込みたくもないという思いもある。


「お前が考えているような色っぽい話は何も無いぞ。知り合いの身内がいるから手伝ってるだけだ」

「知り合いって?」

たちばな先輩だよ。先輩の従妹がうちの一年でな」


 活動内容に振れていないだけで、俊平の言葉は全て真実だ。口籠るのもかえって怪しいし、友人にあまり嘘をつきたくないという心理も働いていた。


「橘先輩の従妹がうちに?」

「ああ、先輩には世話になったし、ちょっとした恩返しのつもりで部活を手伝っている」

「義理堅いんだな」

「そんな大したもんじゃないよ。あくまでも一時的に手伝ってるだけだ」

「そっか」


 瑛介は俊平の活動についてはそれ以上追及してこなかった。橘芽衣に関する話題なので遠慮したのかもしれない。


「俊平。特に用事とかが無いなら、久しぶりにどこか寄っていかないか?」

「いいぜ」


 二人は学校前のバス停から駅方面行きのバスに乗り込み、駅通りの繁華街へと向かった。


 〇〇〇


 繁華街へ到着した二人が向かったのは、全国チェーンのボウリング場だった。

 最近は少し足が遠のいていたが、学割もきくため中学時代からよく通っていた、二人にとってはお馴染みの場所だ。


「何だか久しぶりだな」


 受付で記入を済ませてシューズを手に取ると、俊平は感慨深げにレーンを眺めた。


「冬休みに砂代子達と来て以来だから、四カ月ぶりくらいだな」

「お互い、腕が鈍ってそうだな」

「泥仕合にならないよう、お互い頑張ろうぜ」

「違いない」


 一応は経験者なのだし、ガーターなんぞ連発したら目も当てられない。それなりの結果は出したいところである。


「俊平。負けねえからな」

「望むところだ」


 じっくりとボールを吟味しつつ、お互いに闘志を燃やす。前回の成績は僅差で瑛介が勝っているが、前々回は俊平の方が上回っている。実力が競っているからこそ、お互いに負けたくないという気持ちも強い。


「それじゃあ、俺から行くぜ」


 名前の記入順で瑛介が先発した。感覚を確かめるかのような、ややぎこちないフォームから一投目が放たれた。ボールはレーンの右側を、ガーターすれすれで真っ直ぐに進んでいく。


「俺のカーブを見とけよ」


 得意気に胸を張る瑛介だったが……結局ボールは変化しないまま一直線に進み、一番右端のピン一本を倒すだけの結果に終わる。


「カーブがどうしたって?」

「ま、まだ一投目だし」


 冷や汗交じりに顔を引きつらせると、瑛介は戻って来たボールをすぐさま手に取り二投目を構える。

 一投目の反省を踏まえ、今度は先程よりも左側へ行くように意識して放つが、


「地味だな」

「……ああ、我ながら地味だ」


 一投目とほぼ同じ軌道を描いたボールは最後の最後で少しだけ左にカーブし、後方のピンを二本倒した。

 一投目と合わせて計三本。あまりにも少なすぎるうえに、ガーターと違ってネタにもならない。実に中途半端な結果だ。


「エ、エンジンがかかってないだけからな」

「そういうことにしといてやるよ」


 苦笑いを浮かべる瑛介の肩に優しく触れると、俊平も自分のボールを手に取り戦場へと赴く。


「俺のようにはなるなよ」

「ならねえよ――」


 勢いが大事だと考えて、フォームは強く意識せず、力任せに中心を狙う。

 力強い投球は一直線にピンのど真ん中を捉えるが――


「あっ……」


 力が強すぎるが故に、倒れたピンが放射状に倒れず、ど真ん中を貫いた。全体が半分に割れ、あまり望ましくはない形だ。


「こ、ここからスペアを取るから問題ないさ」

「おうおう。やれるもんならやってみろ」


 はやし立てる瑛介の言葉を背に、俊平は二投目を放つが――


「何だと……」


 二投目は一投目とほぼ同じコースをなぞり、空白となった一投目で倒れたピンがあった位置を通り抜けるという凄技(皮肉)を見せた。結果、二投目は一本も倒せず終わる。


「スペアがどうしたって?」

「ま、まだエンジンがかかってないだけだ」


 動揺のあまり、瑛介とまったく同じ台詞を発していることに俊平は気づいていなかった。


「というか、お前だって偉そうなことは言えないだろ」

「……まあ、お互いに、な?」


 一フレーム目の結果は互いに三本ずつ。ブランクを差し引いたとしても、何とも情けない結果だ。

 その後も一進一退の攻防が繰り広げられ(決して好成績ではない)、第一ゲームは何時の間にやら最終フレームを迎えていた。

 驚くことに二人の点差は僅かで、俊平の方がややリードしていたが、僅かな差など有って無いようなもの。お世辞にも腕が良いとは言い難い二人なら尚更だ。


 勝負は、この最終フレームで決することになりそうだ。


「なあ俊平。せっかくだから勝敗に何か賭けないか?」


 ボールを磨いてワックスをふき取りながら、瑛介が言う。


「例えば?」

「勝った方が、相手に何でも好きな質問を出来るとかどうよ」

「何だよ。俺のスリーサイズでも知りたいのか?」

「気色悪いことを言うな。そういう質問は砂代子にでもするわ」

「引っ叩かれるな」

「ああ。間違いない――って、今は砂代子のことはいい! それでどうする? この賭けに乗るか?」

「俺は構わないぜ。どうせ負けねえし」

「言ってくれるな。張り合いがあるってもんだぜ」


 お互いが納得したことで賭けは成立した。


「それじゃあ、俺からだな」


 これまで以上に目標に集中し、瑛介はボールを構えた――

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