第22話 好きだよ、たぶん今でも

「……まじかよ」


 結果、俊平しゅんぺいは敗北した。

 最終フレームにて瑛介えいすけはまさかのターキー。俊平もストライクを一本取ったがそれ以上は記録を伸ばせず、一気に点差が開いてしまった。先行にターキーを取られたことで、平常心を保てなかったのも敗北の一因であろう。


「お、俺の勝ちみたいだな」


 瑛介は勝者の余裕に満ち溢れ……てはおらず。まぐれで成功したターキーに自分自身が一番驚いていた。これが現実かどうかを確かめるように、何度もタッチパネルと上方のモニターとを見比べている。


「まさか、俺が負けるとは……」


 瑛介の勝ち方があまりにも劇的過ぎたため、俊平は普段以上の敗北感を感じていた。


「賭けは賭けだ。約束通り、何でも質問に答えてやるよ」


 椅子に深く腰掛け、俊平は潔くそう言った。どうせ聞かれて口籠るような秘密など、大して持ち合わせてはいないのだから。


「じゃあ、一つだけ質問するぞ」


 瑛介が俊平の向かいの椅子に腰かけ、何時になく真面目な面構えで静かに切り出した。


「お前、たちばな先輩のこと好きだったのか?」

「えっ?」


 思わぬ質問に俊平の目は点となる。てっきり、友人同士のおふざけで下らない質問でもしてくるものだと緩く構えていたが、それは大きな油断だった。瑛介の表情も真剣そのもの。そもそも冗談でこんな質問をしてくるような不謹慎な男ではない。それは俊平が一番よく分かっている。


「何だよ急に」

「急ってわけでもないさ。俺や砂代子さよこは前々から気になってたんだ。橘先輩の話題が出た時のお前は、明らかに普段と様子が違うからさ」

「この間のことか?」


 瑛介がここまで立ち入って来るのは非常に珍しい。心当たりがあるとすれば、ゴールデンウイーク明けの佐久馬さくまとのやり取りだろう。


「それも含めて今までの積み重ねだよ。砂代子はたぶん、お前に遠慮してこういうことを面と向かって聞けないと思うから、俺が勝手に聞くことにした」

「優しいんだな」

「こういう空気を読まない質問は俺の役目だと思っただけだよ。もちろん、無理にでも聞き出そうって気は無いから。NGならそれでも構わない」


 瑛介にとって賭けというのは、あくまでもこの話題を切り出すまでの方便でしか無かった。実際、本当に賭けに勝てる保証も無かったのだから。


「賭けは賭けだ。正直に答えてやるよ。それに、別に秘密にしてたってわけじゃないんだ」

「それじゃあ、やっぱり?」

「好きだよ。たぶん、今でも」


 口籠るでも神妙になるでもなく、普段と変わらぬ穏やかな口調で俊平はそう言った。少なくとも怒っているわけではないようだ。瑛介も肩の荷が下りたのか、少しだけリラックスしたような表情を浮かべていた。


「そうか。やっぱり、橘先輩のことが」

「魅力的な人だったからな」

「ああ、橘先輩は学校中の男子の憧れだった」


 中学時代の光景が眼に浮かぶようだった。人気者だったたちばな芽衣めいのことを思うと、彼女がもうこの世にいないという現実が嘘のように思えてならない。


「俊平。仲良かったもんな」

「まあ、それなりにな。だからこそ、悲しかった」

「そうだな……」


 橘芽衣が健在だったなら、きっと今でも良き先輩として同じ学校に通い、交流を続けていたのだろうかと瑛介は思う。

 想いを寄せる相手が命を落としてしまう。そのショックは計り知れない。今更ではあるが、当時の俊平の力になってやれなかったことが親友として悔やまれる。


「悪かったな。変なこと聞いて」

「別にいいって。それに、あの人の話を穏やかに出来たのは、何だか久しぶりだった気がする。むしろ、サンキューな」

「謝ったのに感謝で返されるってのも、何だかモゾかゆいな」


 照れ隠しなのだろう。瑛介は椅子から立ち上がると、ボールを再度磨き始めた。


「もう1ゲームやってくか?」

「望むところだ。今度は負けねえからな」

「決まりだな」


 タッチパネルでもう1ゲームを追加し、第2ラウンドが開始された。


「感覚は取り戻した。次は負けない」


 俊平はリベンジマッチに燃え、意気込みだけは上々だった。

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