第20話 最低の男

「今になって思い返すと自分が馬鹿らしく思えるんだけどさ……藤枝ふじえだには一目惚れで、私の方から告白したの。藤枝の人気は凄くてライバルは多かったから、正直ダメ元だったんだけど、あいつは二つ返事でOKしてくれて。あの時は嬉しかったな」

「私も似たような感じです。一目惚れして告白したまでは良かったんですけど……」


 繭加まゆかはそれっぽく話を桜木さくらぎに合わせる。相手の共感を得る、もしくは相手に共感して距離感を縮める。返しはアドリブだが、流れ自体は打ち合わせの通りだ。


「あいつ、イケメンでスタイルもいいし、普段の態度は好青年そのものだし。捨てられた私が言うのもなんだけど、モテるのは納得よ。だけど中身が最低」

「桜木さんと藤枝さんの間に、何があったんですか?」

「その口ぶりだと、御影みかげさんは被害に遭わなくて済んだみたいね」

「被害ですか?」


 何かあると感じた繭加は桜木にばれないよう、自然な仕草で鞄の中からボイスレコーダーを取り出し、スカートのポケットに忍ばせスイッチを入れた。


「……藤枝が女の子をとっかえひっかえして、気に入らないと直ぐに捨てるような男だってのは、あなたも経験済みだとは思うけど、あいつが何よりも最低なのは、自分に悪評が立たないように対策まで講じてるところなの……」

「対策ですか。例えばどういう?」

「……関係の進んだ女の子のあられもない姿を、写真や映像で隠し撮りしておくのよ。別れ際はそれで脅して自分の悪口を広めないように強要するの。もし余計な事を口走ったらばら撒くぞってね……」

「……最低ですね」

「……本当、最低。弱みがあるのはお互い様だけど、藤枝ってどこか狂気じみたところがあってさ……誰も歯向かおうと思わない……あいつは、怒らせたらいけない奴」

「……最低」


 桜木から情報を聞き出すための演技では無く、一人の女性として本心から出た言葉だった。自らの趣味嗜好を優先して行動している繭加であっても、藤枝の行為には怒りを覚える。

 同時に、一部の女子を除き、藤枝の人気が継続していることにもこれで説明がついた。藤枝の狡猾な工作により、彼の本性は露見していないのだ。

 被害者達も本当に親しい友人くらいには相談したかもしれないが、心境を思えばそこが限界だろう。俊平が桜木の存在に行きつけたのは運が良かった。


「桜木さんも被害に?」

「……うん、別れ際に実物を見せられた。いつ撮られたのか、まったく分からなかったよ」

「……桜木さん」


 桜木が口元こそ笑って見せていたが、その瞳には明らかな悲しみと悔しさの念が浮かんでいた。情報を聞き出すためとはいえ、彼女を騙している繭加の心は痛む。


「それにしても、あなたはよく大丈夫だったわね」

「藤枝さんのお家に誘われたのと同時期に悪い噂を耳にしたもので、そこまで深入りしないで別れられました」


 そもそも繭加には藤枝とのきちんとした面識すらないのだが、嘘も方便と思い、堂々と言い切る。


「藤枝の被害者は、何人くらいいるのでしょうか?」

「……具体的には分からないけど、卒業した先輩とか、多分他所の学校の生徒にもいると思うし、それなりに多いとは思うよ」

「一年生の頃の話は何か知りませんか?」

「一年生の頃って、藤枝の?」

「はい、女性関係とか」


 最も聞きたいこと――たちばな芽衣めいに関する情報を得るために、繭加は一歩踏み込んだ質問をした。ピンポイントに一年生の頃と指定するのは、ひょっとしたら不自然かもしれない。それでも情報を聞けるチャンスを逃したくはない。


「……急にどうしたの? 何だか怖い顔よ」


 桜木のその言葉に繭加はハッとなる。まったく自覚していなかったけど、今の表情は、初対面の人が驚きを隠せない程に変貌してしまっていたのだろうか。


「……後から知った話なんですが、知り合いに当時の藤枝に被害を受けた可能性のある女性がいるんです。その子は決して話そうとはしませんが、私、どうしても放っておけなくて」


 その言葉に大きな嘘など無い。繭加の従姉である芽衣は恐らく、一年生の頃に藤枝の被害に遭っていた。そして、決してそのことを話そうとはしない。否、もう話すことなど出来ない。


「……御影さんも色々と訳ありなのね。分かったわ、私の知っている限りのことは教えてあげる。ただし、あまり期待はしないでね。藤枝が一年の頃ってことは、私が入学するよりも前のことだから」

「ありがとうございます」


 打ち解け合うとまではいかなくとも、桜木は繭加に自分の知る全てを語ることに決めていた。藤枝に対する怒りから生まれた連帯感といってもいいかもしれない。


「別れた後で知ったことがほとんどだけど、藤枝が変わったのは高校生になってからみたいよ。何でも一年の夏休みくらいから女遊びが激しくなったとか。先輩とか他所の学校の子、果てには年上の社会人まで口説いて回ってたらしいから」

「夏休みからですか?」

「私の知る限りではね。それがどうかした?」

「いえ」


 芽衣が転落死したのは一昨年のゴールデンウイーク明け。夏休みだと時期がずれる。表面化していなかっただけで、藤枝の女遊びはすでに始まっており。芽衣はその頃の被害者だったということなのだろうか。


「何とも迷惑な高校デビューですね」

「まったくよね」


 二人は同時に頷き、連帯感を見せる。


「あなたの知り合いに関しては分からないけど、一つ妙なことがあったのよね」

「妙なことですか?」

「そう。私がまだ藤枝の本性を知らないで、普通に付き合ってた時の話なんだけど。学校の話をしてる流れで、死んだ女子生徒の話題になったのよ。藤枝は同級生だったらしいし、興味本位でその女子生徒のことを聞いてみたら、藤枝の奴、見るからに動揺してた。その時は不謹慎だと思って深く追求しなかったけど、もしかしたら藤枝、その子の死に関わってたりして――」


 繭加は無言でその話に聞き入っていた。

 桜木は知る由もないが、この時繭加は藤枝が芽衣の一見に関わっていることを確信し、心の中で笑みを浮かべていた。


「――って、いくら藤枝でもそこまではしないか」

「そうですね、流石にそれは無いと思います」


 繭加は苦笑し桜木の意見を肯定した。


「これまでの話を聞いてみてどうですか? 俊平しゅんぺい先輩」

「……客観的に見たら、限りなく黒に近いだろうな、藤枝さんは」


 美味しそうにパフェを頬張る朱里あかりとは対照的に、俊平は眉を顰めてコーヒーを啜っている。

 もちろん俊平の表情の原因は、繭加と桜木のやり取りで明らかになっていく藤枝の真実にあるのだが、事情を知らないマスターは、コーヒーの味に問題があったのではないかと勘違いし、カウンター越しに冷や汗を浮かべて俊平の様子を伺っている。


「繭加ちゃんのことですから、これからはより本格的に調査をし、確信に迫っていくと思いますよ。先輩はどうなされるんですか?」

「真実を確かめる。ただそれだけだ」

「真実が、あなたの望むものとは限らなくてもですか?」

「真実ってのは、優しくない時の方が多いものだろ」


 皮肉気に笑い、俊平は再びコーヒーを啜る。

 不機嫌そうな俊平の様子を見て、勘違いしたままのマスターは終始おろおろしていた。

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