第12話 疑惑の男子生徒
「聞かせてもらおうか」
そもそも俊平がこの場を訪れた理由は、昨日の昼休みの話の続き――
「芽衣姉さんにはお付き合い、もしくは、かなり親しい関係にある男性がいたようです。その男性が、姉さんが身を投げた理由に大きく関わっているのではと私は睨んでいます」
繭加は椅子には座らず俊平の真横に立ち、後ろで手を組んだ姿勢で語る。
その顔にはこれまで見せていた作り物のような笑顔すらも無く、感情の読みとれない無機質な人形のような表情を俊平に向けていた。
「何者なんだ?」
「残念ながら日記上では存在が示唆されながらも、個人の特定に至る情報はありませんでした。その頃から、芽衣姉さんの日記は不定期かつ、支離滅裂な内容も目立つようになっていて……姉さんが飛び降りた時期にも近いですし、色々と思い悩んでいたのでしょうね。それこそが、私が芽衣姉さんの死に異性の存在が関わっていると考えている理由でもあります」
「その異性とやらの正体さえ分かればな」
残念そうに溜息をつく俊平に向けて、繭加はニヤリと口角を上げる。
「私独自の調査で疑わしき人物が一人、この学校の男子生徒の中に見つかりました」
「うちの生徒なのか?」
「はい、その男子生徒は三年生の
「……藤枝さん」
良く知る名前の登場に俊平は動揺の色を隠せなかった。これまでの話も衝撃的な内容ばかりではあったが、自身にあまり関係の無い場所での話だったため、どこか他人事でいられた。
「お知り合いですか?」
「ああ、良く知ってる先輩だよ。中学時代は一緒に生徒会をやってた」
俊平は脳内を整理するかのように俯き、右手で頭を支える。
「私の調べでは、藤枝燿一には女性関係の悪評が多いです。いわゆる遊び人という奴ですね」
「信じられないな、藤枝さんに限って――」
ありえないと言いきろうとする俊平を、繭加が人差し指を立てて制する。
「断言出来るんですか? 藍沢先輩は、藤枝の全てを知っているんですか?」
「それは……」
繭加の言葉に俊平の心は揺らいだ。藤枝燿一が俊平にとっては親しみやすい良き先輩であることは事実だが、それはあくまでも俊平の主観でしかない。学年や年齢も違い、一昨年の一年間に関しては、それぞれ中学三年と高校一年だったため、在籍する学校さえも違っていたのだ。共有していた時間など、微々たるものに過ぎない。
「よく思い出してください。藤枝に対して何か違和感を覚えたことはありませんか?」
繭加はこれまでに収集、検証した、藤枝燿一に関する情報に自信を持っている様子だ。彼女の真意は俊平に藤枝に関する疑念を思い起こさせ、自身の持つ人物像に
「……一つ気になっていたことがある」
「よろしければ、お聞かせください」
親しい人物への疑念を口にすることを、繭加は可憐な笑顔で俊平に求めた。その笑顔は天使のようにも、狡賢い小悪魔のようにも見える。
「藤枝さんは優しくてユーモアもあって、人望も厚い人だった。それは間違いないが……」
そこで俊平は言葉に詰まる。この一言を自らが発することは、藤枝に疑いを持つことに等しい。
「……去年、俺が高校に入学してからのことだ。中学時代は男女を問わずに慕われていた藤枝さんの周囲からの評判が、高校では少し違っているような印象を受けた。男子からは相変わらず慕われていたが、一部の女子は藤枝さんに良い感情を抱いてはいなかった。藤枝さんはモテたし、ただの当てつけだと思っていたけど……もしかしたら、御影の言うようなことがあったのかも、しれない」
疑問形で終わらせることが、せめてもの抵抗だった。
口には出さなかったが、昨年たまたま校外で、激昂した女子生徒が藤枝に詰め寄っている場面を遠目に目撃したこともあった。仲の良い爽やかな先輩というフィルターがかかり、当時は詰め寄る女子生徒側に非があるのではと漠然と考えていたが、客観的に考えればその状況だけを見て、どちら側に非があるのかなど、本来は判断がつかないはずだ。
「私の入手した情報とも合致します。当時の藤枝が複数の女子生徒との間にトラブルを抱えていたことは間違いないでしょう」
「……今になって思えば確かに引っ掛かりは覚えるが、当時の俺を含め、親しい人間は誰も藤枝さんを怪しまなかったぞ」
「気付かれないからこそのダークサイドですよ。あからさまに心の闇を垂れ流してるようなら、普段から浮いてますよ」
「まあ、それはそうだな」
一理あると感じ俊平は素直に肯定する。仮に藤枝が女癖の悪さが滲み出ているような人間だったとしたら、とっくに縁を切っていたはずだ。
「とにかく、藤枝の女癖の悪さは私の調査で確定しています。二年前、藤枝と親しい関係にあった芽衣姉さんが心に傷を負い、精神的に追い詰められた可能性は高いと私は考えています。……芽衣姉さんは、純粋な人でしたから」
「気持ちを裏切られての悲観か……」
「気になる点が?」
「いや、別に」
「……まあいいですが」
俊平の言動に多少の引っ掛かりを覚えながらも、繭加は詮索はせずに話を続ける。
「藤枝が芽衣姉さんの死に関わっていることは私の中では確定事項ですが、残念ながら決定的な証拠がありません。私はまだ入学して間もないですし、調査をするにも限界があります。そこで、藍沢先輩に一つ提案があるのですが?」
「提案?」
疑問形で返してこそいるが、俊平には繭加の提案がどういうものか、ある程度は予測がついていた。
「私に協力してください。芽衣姉さんの死の真相を、一緒に明らかにしましょう」
繭加はそう提案し俊平に合意の握手を求めたが、俊平はそれには応じず、代わりにある疑問を投げかける。
「どうして俺なんだ?」
確かに俊平は二年生であり顔も広いため、繭加の求める協力者の条件には当てはまるかもしれない。だが、俊平はどちらかというと繭加のやり方に懐疑的であり、藤枝燿一とも親しい間柄にある。それだけで協力者の条件としては大きなマイナスだ。その上で協力を求める繭加の真意を、俊平は計りかねていた。
「藍沢先輩は、芽衣姉さんの命日に、姉さんの最期の場所を訪れてくれました。理由は、それだけで十分です」
「俺を信じてくれるのは嬉しいが、それは感情論じゃないのか?」
「感情論で十分です。私にとって重要なのは、藍沢先輩と一緒に芽衣姉さんの事件を調査することだけ」
「結果的に俺が、藤枝さんに肩入れするようなことになってもか?」
「恨んだりはしません。その時はその時です」
冗談めかしているようでも、俊平を試している様子も無く、繭加は真っ直ぐな瞳で俊平を見据える。
「いいだろう。協力してやるよ」
短く頷き、俊平は繭加の申し出を承諾する。
繭加の言葉に心を動かされたのは事実だが、何よりも自分自身の目で真実を確かめたいという気持ちが勝った。もし本当に、藤枝に繭加の言うような一面があるのなら放ってはおけないし、全てが繭加の思い過ごしであるのなら、藤枝に対するその誤解を解かねばならない。
「共同戦線は成立ですね」
繭加は再び握手を求め、右手を差し出す。
「一応な」
今度は俊平もそれに応じ、繭加と握手を交わす。
「わ~い。うれしいです」
「子供かよ」
繭加は嬉しそうに握手をしたまま手を上下させているが、俊平の態度はつれない。
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