第13話 信頼しています

「しかし、協力とはいうが、いったい何をすればいいんだ?」

「大丈夫です。藍沢あいざわ先輩は、自分なりのやり方で、情報を集めてください」


 繭加まゆかは腕の上下運動を止め、上目使いでそう返す。


「いやいや、答えになってねえよ」

「大丈夫ですって、藍沢先輩ですもの。私は先輩の情報収集能力の高さを信頼しています」

「いや、俺らまだ会って二日目だから。無条件に能力を信頼される程の付き合いじゃないから」


 必死に訴えかける俊平しゅんぺいだが、繭加が特に気に留めている様子は無い。


「藍沢先輩、明日もこの部室に来られますか?」

「構わないよ。特に用事も無いし」

「明日の同じ時間に作戦会議をしましょう。闇雲に動くよりは効率がいいはずです」

「まあ、それはそうだな」

「では、具体的な話しはまた明日にして、今日の部活動はお開きにしましょう」

「そうだな。正直俺も、色々なことが起こり過ぎて頭の中を整理したい気分だ」


 ひょっとしたら繭加はそこまで考えた上で、具体的な話を明日にしてくれたのではと俊平は考える。 


「私は用事があるので、もうしばらく学校に残ります。藍沢先輩はこの後は?」

「俺はとりあえず家に帰るよ。今日は借りてたDVDを返しに、レンタル店に行く予定なんだ」

「エッチなビデオですか?」

「そうだと答えたらどうするんだ?」

「赤面して可愛らしい悲鳴を上げます」

「はいはい、分かった分かった」


 繭加のあしらい方に、だんだんと慣れてきた俊平であった。


「ちなみに、全部洋画だからな」


 そう言って俊平は椅子から立ち上がり、帰り仕度を整える。


「それでは、また明日会いましょう。藍沢先輩」

「ああ、また明日」


 会釈をして送り出す繭加に軽く手を振り、俊平は「深層文学部」の部室を後にした。


 〇〇〇


「やあ、俊平」

藤枝ふじえださん……」


 下駄箱で靴を履き替えている俊平に、渦中の人物――藤枝が声を掛けてきた。普段なら元気良く返事をする俊平だが、繭加と藤枝の話題をした直後での遭遇のため、若干の気まずさを感じていた。


「どうしたんだい? 元気が無いというか、何だからしくないよ」

「そうですか?」


 普段通りの藍沢俊平を演じ、明るい口調でとぼけてみる。藤枝はその様子を見て、最初に感じた違和感は自分の気のせいだと判断したようだ。それ以上は追及してこなかった。


「今から帰りかい? 珍しいね、この時間まで残ってるのは」

「ちょっと野暮用で」


 まさか、「二年前のたちばな芽衣めいの自殺にあなたが関わっていると、彼女の従妹から聞かされていました」などと言うわけにはいかず、曖昧に答える。


「曖昧だな。まあ、いいけどさ」


 特に疑うような素振りも見せずに藤枝は笑いを零す。その様子を見た俊平は後ろめたさを感じ、気持ちを誤魔化すかのように話題を変える。


「藤枝さんこそ珍しいですね。この時間まで残ってるの」


 藤枝は受験生ということもあり、三年生になってからは受験勉強に専念している。塾や家庭学習などで放課後はすぐ学校を出てしまうため、日が落ちかけているこの時間帯に校舎内で会うのは珍しい。


「ちょっと進路のことで先生と話があってね。今のままの成績を維持できれば、国立も十分狙えそうだ」

「凄いじゃないですか」

「勉強には力を入れてきたからね。頑張った甲斐があったよ」


 藤枝は心底嬉しそうに表情を綻ばせる。誰かに言いたくてたまらなかったに違いない。


「藤枝さん一つ聞いて良いですか?」

「何だい? 改まって」


 俊平はその場の思いつきで、ある話題を切り出す。それはある種の好奇心であり、それでいて核心ともいえる質問だ。


「藤枝さんには、人には言えない秘密はありますか?」

「ずいぶんと藪から棒な質問だね。どうしたんだい?」


 質問に対する藤枝の反応を確かめたかったのだが、目立った動揺は見られない。唐突な質問に疑問を抱くのも当然の反応だ。これだけでは揺さぶりとして不十分かもしれない。


「大した意味は無いんですけど、ゴールデンウイーク中に秘密をテーマにした映画を見ましてね。藤枝さんにも何か秘密とかあるのかなとか思って」


 即興で理由を作り、俊平はさらに問い掛ける。


「秘密か、そう言われてもな」

「何でもいいんですよ? 例えば実は昔誰かと付き合ってましたとか」

「……この場で話せるような、面白い話題は無いかな」


 これまで嫌な顔を一つせずに会話に合わせてくれていた藤枝が、この問いかけに対してだけは一瞬言葉に詰まったのを、俊平は見逃さなかった。


「そうですよね。すいません、突然変なことを聞いて」


 俊平は苦笑して謝罪の意を表す。内心動揺してはいたが、それを表に出すことはない。

 この時、俊平の藤枝に対する認識の中に、疑念の二文字が浮かび上がっていた。少なくとも、藤枝が秘密を持っていることは確信した。


「じゃあ藤枝さん、俺はこの辺で」


 これ以上平静を保っていられる自信は無かったので、俊平は手早く靴を履き替える。


「ああ、またね」


 先程の質問を気に留める様子も無く、藤枝は手を振って俊平を見送る。俊平は軽く会釈をし、生徒玄関の扉に手を掛けた。


「俊平」

「はい?」


 扉を押し開ける寸前に呼び止められ、俊平は振り返る。


「君にも何か秘密はあるのかい?」

「人並みにはありますよ」


 笑顔でそう返し、俊平は扉を押し開けた。

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