第11話 裏

「再生しますね」


 了解も聞かず、繭加まゆかは再生のスイッチを押す。

 物言いたげな表情の俊平しゅんぺいも、音声の再生が開始されたことで、一先ずはその内容へと意識を向ける。


白木しらきさん。他言しないことをお約束します。ですから、私に真実を話してくれませんか?』


 音声の開始と同時に、繭加の声が発せられる。


『これだけ証拠を揃えられたら、隠しても仕方がないわね。そうよ、私は麻衣子まいこの彼氏と知った上で、市村くんを口説き落としたわ』


 相手の女子生徒――白木しらき真菜まなが興奮気味にそう返す。


『何故こんなことをしたんです? やはり、市村いちむら一弥かずやさんを好きになってしまったからですか?』

『……それは違うわ。正直、市村くんのことは別に好きではないの……ただ、麻衣子の彼氏を奪いたくなっただけよ』

『何故そこまで? 麻衣子さんはあなたの大事なお友達でしょう?』

『許せないのよ。あの子が私より幸せそうにしてるのが!』


 白木真菜の言葉には、ボイスレコーダー越しでも伝わる、怒りの念が込められている。


『分りませんね。あなたの方が成績も上だし人望も厚い。対して麻衣子さんは、問題児でこそないものの、大人しくてあまり目立つようなタイプではありません。感じ方は人それぞれだとは思いますが、客観的に見れば、あなたの方が充実した高校生活を送っていると思うのですが?』

『あの子、市村くんの話をする時は本当に幸せそうなのよ。それにムカついたから、幸せを壊してやろうと思って。あの子には不幸の方がお似合いよ。私の親友はそういう人間でないといけない』


 冷徹なまでに白木真菜は言い切る。その言葉や雰囲気に、俊平がファイルの1ページ目で抱いた好印象はまるで感じられない。


『それで、結果はどうだったんですか?』

御影みかげさんも人が悪いわね、どうせ知ってるくせに……まあいいわ、教えてあげる。麻衣子ったら、市村くんに振られたことがかなりショックだったみたいで、その日のうちに私に泣きついてきたわ。私がその原因だとも知らずにね。あの時は笑いを堪えるのに苦労したものよ。あくまで私は、失恋した親友を慰める心優しき女の子を演じてないといけなかったわけだから……ふふ』


 ボイスレコーダーは、白木真菜の微かな笑い声を拾っていた。感情の抑制が効かなくなってきているのだろう。彼女は笑いを堪えるのに必死だ。


『それで、これからどうするおつもりですか?』

『別に、今まで通りよ。これからも麻衣子の親友の立場でいるつもりだし、市村くんとは頃合を見計らって、何事も無かったかのようにお別れするわ』

『市村さんから麻衣子さんに、あなたの存在が漏れることは無かったんですか?』


 繭加のこの一言に、俊平は『確かに』と頷く。これが第三者の恋人に手を出すならともかく、親友の恋人が相手だったのだ。普通に考えればリスクが高すぎる。


『当然そこには細心の注意を払ったわ。幸い麻衣子は、私を始めとした友人関係の話は市村くんにしてなかったみたいだから、私は麻衣子の友人だということを隠しつつ、絶対に知り合いに見つからないような場所で、アプローチをかけ続けたの』

『そこまでするとは恐れ入ります』

『馬鹿にしてるの?』

『いえいえ、価値観というのは人それぞれですし、あなたの行為にとやかく言うつもりはありません。いずれにせよあなたのダークサイド、しかと拝見いたしました』

『ダークサイド? 何の話よ』

『いえいえ、こちらの話です――』


 そこでボイスレコーダーの音声はプツリと切れた。繭加がここで録音を止めたためだ。


「これが、白木真菜の真実です」


 役目を終えたボイスレコーダーをポケットにしまう。


「聞いた感想は、如何だったでしょうか?」


 繭加はインタビューするレポーターの真似をして、エアで俊平にマイクを向けた。


「驚き過ぎて、リアクション出来ねえよ……」


 俊平はどっと疲れたような表情を浮かべ、休憩だと言わんばかりに深く椅子に掛け直す。白木真菜が面識の無い一年生だったからこの程度の驚きで済んでいるが、もしこれが近しい人物だったとしたら、いったいどれだけの衝撃を受けたか分からない。


「ドラマみたいなお話ですよね」

「ドラマでも嫌だよ、こんな話……」


 繭加はそれこそ、昨晩見たテレビ番組について友人と語るようなテンションで笑っている。


「ファイルの内容は疑ってましたけど、ボイスレコーダーの内容は素直に受け入れるんですね」

「ファイルだけならともかく、偽物の音声まで用意するのは大変だろ。白木真菜の声が本物かどうかなんて、本人の声を聞けば分かることだしな」


 音声の信憑性に関しては俊平も認めていた。裁判じゃあるまいし、不当な方法で手に入れた証拠だなどと指摘するつもりも無い。だが、本物なら本物で問題がある。


「なあ、御影。なんで録音なんかしてたんだ? 不憫な吉岡よしおか麻衣子まいこを思っての正義感か? それとも、録音した内容で白木真菜を脅迫でもするつもりか?」


 俊平は鋭い目つきで繭加に問い掛ける。前者の理由での行動ならまだ理解を示せるが、仮に後者だとするならばそれは、モラルからかけ離れた行為に他ならない。


「どちらも違いますよ」

「どういうことだ?」

「先程も言いましたが、私はあくまで人のダークサイドを見るのが好きなだけです。それ以外の目的などありません。調査内容をまとめたファイルと音声を、個人的なコレクションとして保管する。只それだけです」

「本当にそれだけなのか?」

「それだけです。ちなみに今回の白木真菜の件も、彼女と私だけの秘密ということになっています。こちら側は人様のプライバシーに踏み込むというモラルに反する行為をしている。それに対して相手は、ダークサイドをこちら側に知られている。互いに疚しい部分があるからこそ、秘密を共有し合う関係が成立しているんです。お互いに、少なくとも表向きは平穏に学生生活を送っていきたいですからね」


 繭加は椅子から立ち上がると窓際まで移動し、ガラスの反射で俊平の表情を伺う。


「お前にメリットはあるのか?」

「カメラを趣味とする人が写真を撮ったり、映画が好きな人が映画館へ足を運ぶのと大差はありませんよ。私にとってはそれが趣味なんですから」


 ガラスに映る俊平の唇に、繭加はそっと右手の人差指を当てる。その仕草はまるで、言葉を遮る恋人のようだ。

 俊平の位置からは見えずらいので、彼には、繭加はだた窓を指でなぞっただけにしか見えていない。


「言うのは二回目だけどさ。やっぱり悪趣味だ」


 先程よりも確信を込めて、繭加の背中に言い放つ。


「自覚していますよ」


 振り返った繭加が浮かべるのは冷笑だった。その矛先は、正論を言い放つ俊平に対してなのか、自覚しながらもその行為を反省しようとしない自分自身に対してなのか。あるいはその両方へ向けたものなのか。


「趣味を見せびらかしたいだけなら、俺は帰るぜ」


 俊平は椅子から立ち上がり部室を去る素振りを見せるが、繭加は俊平に近づき、魅力的な提案でその行動を制する。


「ここまでは前置きのようなもの。大事なのはここから、芽衣姉さんに関するお話しです。昨日は時間の都合でお話し出来ませんでしたが、姉さんの残した日記帳の内容についてもお話ししますよ」


 その言葉は、俊平をこの場に繋ぎとめるには十分なくさびであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る