第10話 表

「中身を見てみてください」

「これは?」

「私が入学以来つけている、この学校の生徒のダークサイドをまとめたファイルです」

「……ダークサイドのファイル」


 怪訝な表情を浮かべながら俊平しゅんぺいは表紙を捲り、一ページ目を開く。


「写真?」


 俊平の目に最初に飛び込んできたのは、隠し撮りと思われる一枚の写真だ。

 黒髪のロングヘアーを結い上げた少女が笑顔で写っている。

 素朴な顔立ちながらもその笑顔はとてもチャーミングで、学生らしい爽やかな魅力を放っていた。


「名前は白木しらき真菜まな。私と同じ一年生です。詳細はそこに」


 繭加まゆかに促され、数ページに渡り記載されている白木真名の情報に目を通す。

 文字は手書きとは思えない程に整然としており、書かれている字こそ美しいが、整い過ぎてどこか無機質な印象を受ける。

 写真の下には、白木真菜のプロフィールが数行。生年月日や出身中学、身長、体重、果てにはどうやって調べたのか定かではないが、スリーサイズまで記されている。


「よくもまあ、スリーサイズまで」


 外見からある程度の目測は出来るかもしれないが、数値化までしているのだから相当だ。


「ダークサイドを知るには、相手のことをよく知る必要がありますから」

「どうやってスリーサイズを調べたんだ?」

「目測で女性のスリーサイズを数値化出来る。私の特技の一つです」

「……あいつが知ったら、お前に弟子入り志願しそうだ」


 不意に頭に浮かんだのは、鼻の下を伸ばした親友、矢神やがみ瑛介えいすけの顔であった。


「しかし、スリーサイズが、ダークサイドとやらに関係することがあるのかね?」

「異性を誘惑するのに使えるかもしれないじゃないですか。胸とか」

「確かに、御影よりはボリュームがありそうだな」


 俊平は写真の白木真菜と、目の前の繭加の胸部を身比べる。


「……べ、別に、私はそこまで小さくありませんし」


 明らかな動揺を見せながら、繭加は小声で反抗する。


「まあ、そういうことにしておいてやるか」

「バストの話はいいですから、ファイルの内容に集中してください」

「分ったよ」


 むくれた表情の繭加に押し切られ、再びファイルへと意識を戻す。

 白木真菜の簡略なプロフィールから人物像、学校での印象、友人関係の順に、俊平はファイルを読み進めていく。

 白木真菜は成績面はそれなりに優秀で、ほとんどの教科で学年平均よりも高い成績を収めている。委員会は図書委員会、部活動は吹奏楽部にそれぞれ所属。いずれも真面目に取り組んでおり、顧問や上級生からの評判も上々。友人も多く、中学からの同級生である吉岡よしおか麻衣子まいことは特に親しい。入学一ヶ月時点で無遅刻無欠席。問題行動も無い模範的生徒である――ファイルにはそう記載されている。


「この内容を見る限り、真面目な生徒だな」


 ダークサイドどころか、善良で非の打ちどころが無いと言ってもよい。俊平ではない他の誰かがこのファイルを読んだとしても、まったく同じ印象を抱いたことだろう。


「本題は次のページからです。捲ってみてください」

「……ああ」


 気乗りしないまま俊平はページに手を掛ける。繭加の口振りからすると、次ページに白木真菜のダークサイドが記されているということにはなる。それを確かめてみたいという好奇心と、白木真菜への好印象が覆されるのではないかという不安が混在していた。


「……これは」


 白木真菜は、友人である吉岡麻衣子に対し、重大な秘密を持つ――そんな書き出しから、ダークサイドの解説が始まる。

 白木真菜には、男女の関係にある男子生徒が存在する。相手は他校の生徒で名前は市村いちむら一弥かずや。白木真菜の友人である吉岡麻衣子のである。

 白木真菜は、市村一弥が友人の恋人だと知った上で自らアプローチをかけ、結果的に二人の破局の原因を作る。水面下で動いていたようで、吉岡麻衣子はその事実を知らないと思われる。白木真菜は市村一弥との交際を隠しながら、素知らぬ顔で現在も吉岡麻衣子との友人関係を続けている。


「友人の恋人を奪ったのか、しかも、相手はそのことに気付いていないとは……」


 俊平は唖然として、ファイルを読み進める手を止めた。


「どうです、白木真菜のダークサイドは? 1ページ目に記載されている普段の彼女とは、まるで印象が違いますよね」


 リアクションを楽しむかのように、繭加は俊平の顔を覗きこむ。


「これが事実なら驚きだが、御影みかげの創作という可能性もあるよな?」

「疑り深いですね」


 繭加は動揺を見せずに笑顔を浮かべている。その笑顔は自信から来る余裕とも取れるし、俊平とのやり取りを楽しんでいるようにも見える。


「悪く思うなよ。内容が内容だし、白木真菜に関する情報が仮に事実だとしても、このファイルだけでは判断がつかない。これで俺とお前が無条件でお互いを信じあえる仲だっていうなら話は別だが、お互い昨日出会ったばかりだしな」


 俊平は良くも悪くも客観的な立場を保っている。白木真菜に肩入れするわけでも、繭加の意見を素直に受け入れるわけでもない。


「決定的な証拠があるといったら、どうしますか?」

「そんなものがあるのか?」

「これです」


 そう言うと、繭加は制服のポケットから小型の機械を取り出す。


「ボイスレコーダーか?」


 繭加が取りだしたのは、銀色のボディをしたスタンダードなボイスレコーダーだった。

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