第9話 ダークサイド♡

「しかし、何でラブレターもどきなんて出して俺を呼び寄せた? 手紙を教室の机に入れたくらいだ。直接声をかけてきてもよかっただろうに」

「だって、その方が面白いじゃないですか」


 通常ならジョークだと受け取るべき状況だが、どうやら繭加まゆかは本気のようだ。その瞳には良くも悪くも迷いが無い。


「それで、面白かったか?」

「いいえ。扉を開けた瞬間の藍沢あいざわ先輩の、驚愕に染まる表情を期待していたのに、結果はこの有様です……」


 繭加は口を尖らせて、不満気な目線を俊平しゅんぺいに送る。

 口に出さないまでも「空気を読んでくださいよ」と思っているであろうことが、容易に想像出来る。


「俺は悪くないぞ」


 本人の言うように俊平には特に責任は無いのだが、察しが良過ぎることに加え、リアクションが淡泊な感は否めない……かもしれない。


「いえいえ、藍沢先輩を責める気はありませんよ。年頃の女の子らしく、気になる男性にラブレターを出すという体験は、とても貴重なものでしたし」

「ヨカッタナ。チカラ二ナレテウレシイヨ」


 俊平は棒読みで話をまとめる。

 昨日から繭加の発言には独特な雰囲気を感じていたが、どうやらあれはあの場限りのことではないようだ。


「ところで、この部室は何なんだ? 表には『深層文芸部しんそうぶんげいぶ』とか書いてあったけど」


 気になることはとことん指摘してしまおうと考えた俊平は、今いるこの部室について問いかける。


「私が作った部活動です。部長も私ですよ」

「へえー、御影みかげが作ったのか」


 俊平は素直に感心していた。繭加が自ら新しい部活を立ち上げるような行動力を持ったタイプだとは、正直思っていなかったからだ。

 この高校は部活動の新設に寛容(というよりも、審査が緩すぎる)なため、熱意さえあれば、入学一カ月の一年生でも新しい部活を立ち上げること自体は可能だ。


「他に部員は?」


 現在部室内に居るのは俊平と繭加の二人だけだ。放課後に入ってからそれほど時間が経っていないので、部員が来ていないだけという可能性もあるが。


「二人です。私ともう一人、友達の一年生の女の子がいます。今日は用事で来られないと言っていましたが」

「へえ、もう一人いるのか」

「眼鏡の似合うほんわかとした美少女です。またの機会に紹介しますので、期待に胸を膨らませておいてください」

「まあ、それなりにな」


 俊平自身は特に眼鏡っ子に思い入れがあるわけではないが、その少女が繭加の友人だという点には興味を引かれていた。少々変り者な印象の繭加。その友人とはいったい、どんな人物なのだろうか?


「この部の活動内容は、文芸部とは違うのか?」


 仮にも文芸部の名を持つのだから、文学に関係しているのだとは思うが、頭に付く深層という部分が俊平の頭に疑問符を生む。


「文学作品を深く理解し、その作品を書いた作者の心理など、作品のより深い部分。深層を研究していく部活動です」

「けっこう真面目な内容だな」

「……表向きですが」

「おい、表向きと言ったか?」


 意外と真面目な活動内容に感心しかけた俊平だったが、繭加が最後に付け加えた一言で、早速考えが揺らぐ。


「あくまでも、部活動という体裁をとるために考えた内容ですので」

「それで、表向きじゃない真の活動内容は何なんだ?」

「言ったら多分引きますよ?」

「じゃあ聞かないでおく」

「言わせてくださいよ!」


 繭加は駄々っ子のように両腕を上下させる。


「どっちなんだよ……」


 リアクションに困った俊平は、長机に頬杖をつき溜息をもらす。


「お願いですから言わせてください」


 繭加は机に身を乗り出し、子犬のような上目使いで俊平を見上げる。


「どうしようかな~」


 悪戯っぽい笑みを浮かべて冗談混じりに俊平が言うと、繭加は眉を顰めて頬を膨らまし、無言の反論を取った。


 ――リアクションが可愛いなこいつ。


 どこか微笑ましく思い、俊平の表情がにやける。


「いくらなんでも、無言で笑うのは酷いですよ」

「悪い悪い、お詫びに話を聞いてやるから」


 流石にこれ以上からかうのは可愛そうだと思い、俊平が両手を合わせて謝罪の意を表す。それを受け、顰めた繭加の表情が緩んだ。


「では、この部活動の真の活動に関してですが――」


 繭加は意味深に間を溜め、俊平は静かに次の言葉を待つ。


「私の趣味である、心の観察です」

「心の観察?」


 よく人間観察が趣味だという人間がいるが、そういう類の話だろうか?


「その中でも私が特に惹かれるもの、それは、人の持つ心の闇です」

「つまり御影は、人の心の闇を覗き見るのが好きってことか?」

「はい、大好きです」


 繭加は弾けるような笑顔で即答した。その表情は、自分の趣味嗜好を嬉々として人に語る時のそれだ。


「悪趣味だな」


 俊平もまた迷い無く言い放つ。本来、人の趣味嗜好にとやかく言うような性質では無いが、それがモラルに反しているなら話しは別だ。


「藍沢先輩も正直な人ですね。本音ではそう思っていたとしても、普通は即答しませんよ?」

「この状況で建前はいらないだろ」

「引きましたか?」

「安心しろ、途中で帰るような真似はしないから。とりあえず話を続けてくれ」


 悪趣味だと感じたのは事実だが、それだけで繭加に対する態度を変える程、俊平は単純ではない。どのような内容であれ、まずは詳しい話を聞かないことには判断を下せない。


「優しいですね、藍沢先輩は」


 繭加はコホンと咳払いをし、続きを語り出した。


「先程も申した通り人の心の闇、私はダークサイドと呼んでいますが、それを垣間見ることが私は好きです。趣味と言ってもいいかもしれません」

「ダークサイド、暗黒面ね。ネーミングに意味は?」

「特にありません。強いて言うなら、心の闇と言うよりもかっこいいです」

「……そうか」


 一瞬、中二病というワードが頭をよぎったが、口には出さなかった。


「しかし、その心のや……ダークサイドを見ることが、この部の真の活動とはいうけど、具体的にはどういうことをしてるんだ?」


 趣味が悪いことに変わりはないが、もし活動内容に実害が伴わないのなら多少は認識が変わってくる。


「基本は、ターゲットに目星を付けての調査ですね。多かれ少なかれ、人は本当の自分を隠すために仮面を被っているものです。探りを入れなければ、とてもダークサイドなんて覗きようがありません」

「……調査って、そこまでするのか」


 どの程度までターゲットとやらのことを調べているのかは、この時点では分らないが、趣味嗜好のために、人のパーソナルな部分にまで踏み込むのは如何なものかと俊平は思う。


「現物を見てもらった方が早いかもしれませんね」


 繭加は立ち上がり、窓際の机の上に置かれていた白いリュックから、一冊の黒いファイルを取りだし、俊平へと差し出す。


 ファイルの表紙には「ダークサイド♡」と記されている。

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