15、えっ、ちょっ、いつのまに……まぁいっか!


 イアンは柔らかな金色の髪をなびかせて、遠くを見ている。

 微笑む彼の横顔は、どこか寂しげで……見る者を切ない気持ちにさせていた。

 旅立つ彼を見送るのは、胸元のブツをバインバインと揺らすトカゲ族の美女だ。はらはらと落ちる涙をぬぐいもせず、彼女は(種族的特徴のある肌の色であるため)青ざめた顔でイアンに熱い視線を送っている。


「我を、我たちを置いて行くというのか」


「ごめんね。僕には指名があるから」


 彼の行く先は茨(いばら)の道だ。

 賛同を得たいわけでも共感されたいわけでもない。彼は、彼の理想の元に勃……立ち、たとえ荊(いばら)で血を流そうとも歩み続けるのだ。


「いつか、いつか、絶対に帰ってきて! おっぱいハンターーー! ターー! ター! ター……(エコー)」


 夕日に向かって歩くイアンの背中は、やけに大きく見えた。







「母様、イアン殿はどちらへ向かったのです?」


「母様って誰よ? 一週間くらい海向こうの国で、おっぱいを物色してくるってさ」


 イアンの謎設定が盛りだくさんの『おっぱいヒーローショー』を無理やり観覧させられている元神官な私と、買い出しから帰ってきた竜族の長エルヴィン。

 そしてエルヴィンの父親である元邪竜のジルベスターは、私を抱っこしたまま無言で頭を撫でている。


 説明しよう! この家の周りには超強力な結界を張ったにもかかわらず、トカゲ族に対して効果がなかったことを知ったジルベスターの過保護スキルが10倍ほどアップしてしまったのだ! (当竜比)


「ジル、心配する必要はないって。このオリヴィアちゃんにかかれば祈りの力でぺぺいのぺいよっ」


「それはそれで……落ち込むな……」


「父上、母様の祈りの力は規格外ですから。普通の神官に比べたら人とゴリラくらいの差がありますから、落ち込む必要はないですよ」


「ゴリラ並み……」


 エルヴィンの言葉に軽く落ち込む私。

 軽くってところが重要なのよ。神殿にいたときもまぁまぁ言われていたからね。頑張って力仕事をしていたら、祈りの力だけじゃなくて体力もゴリラとか、マジウケるーみたいな、ね。


 ……ははは。


「息子よ、ヴィーに失礼なことを言うな。あそこまで黒くはないだろう」


「色は関係ないし」


「すみません。黒さで言えば、黒髪で褐色の肌である自分たちのほうがゴリラに近いですものね」


「だから色じゃねぇっつの」


 やだ。

 今気がついたんだけど、私の周りってボケ担当多くない? ツッコミ担当少なくない?

 燃えよ頭皮! とばかりに撫で続けるジルベスターに「ハゲるわ!」とツッコミを入れて床におろしてもらう。


 はぁ、何だかとても疲れたなぁ。

 トカゲ族のバインバイン美女とか、大神官様とか、邪竜になるくらい愛情深いオッサン竜族とか……。

 色々見ていると誰かを「好き」になったり「愛する」こととか、ほんとゴメンだって思っちゃうな。


「ヴィー、買い出しついでに新しい甘味を買ってきたぞ」


「わーい! ジル大好きー!」


「大切な番(つがい)のためだからな。たくさん種類かあるから、気に入ったらまた買ってこよう」


「わーい! ジル愛してるー!」


 甘味って……尊い……。







 それからの私たちはというと。


 幼なじみの勇者アルスと魔法使いイアンは、たまに国の依頼で魔王を退治したりしなかったりしてたけど、島の中でご近所付き合いが続いている。

 アルスはちっぱいの魔王に言い寄られてデレデレしていたけど、なんと男の娘だということが判明。号泣しながら私の服を脱がそうとして、ジルベスターに半殺しにされていたのは記憶に新しい。

 イアンは相変わらず理想のおっぱいを探していると言いながら、実はもう理想を見つけていると教えてもらった。いつか教えてくれるらしいと、いつもの豊胸クリームをもらった時に教えてくれた。

 イアンのおかげか、最近少し大きくなってきたんだよね。えへへ。


 竜族の長であるエルヴィンは、族長の仕事として色々な国を飛び回っているけど、日をおかずに家に帰ってきている。相変わらずの「母親至上主義」で我が道を突っ走っている。

 この前、私の尻がひとまわり大きくなったと、うっとりした表情で言いやがったから、祈りの力で天罰与えておいた。

三日くらい痺れて動けなくなって、それくらいじゃ竜族は死なないらしいから放っといたんだけど、回復してさらに熱視線を送ってくるようになった。エルヴィンが何か特殊なプレイに目覚めていたら怖いなって思っている。


 たまに来る大神官様は、各国から奉納する食べ物を甘味と定めて、ちゃっかりそれを餌に私の好感度をあげようとしている。

 この前は大神官様の目の前で、シナモンが大量にまぶしてあるお菓子を食べた私が思いきりくしゃみをしたら、鼻血を出して倒れていた。

 大神官様がこんなんで、大丈夫なのかな……。顔に私の鼻水ついてたけど、拭くことなくそのまま笑顔で帰っていった。鼻血出したままだったけど、あの人が周りからどう思われようと関係ないか。







 そして……。







「ジルは、前の奥さんのことを思い出したりしないの?」


「思い出す、とは?」


「好きだったんでしょ? 邪竜になるくらい」


「……ああ、そうだな。彼女も番(つがい)を亡くしていたからな」


「え? どういうこと?」


「言ってなかったか。生涯にただひとつとされる番を得られた竜は長く生きる。しかし、長く得られなければ狂ってしまうことがある。俺は長く番に会えずにいたから、生涯のひとつを亡くした彼女と仮に番っていたんだ」


「仮に番う……人間の政略結婚みたいな感じ?」


「そうだな。仮にでも番えば狂いづらくなる。エルヴィンも生まれ、なんとか安定してきたと思った矢先、彼女は亡くなってしまった」


「ジル……」


「俺は限界だった。山奥にこもり自分を抑え込むので精一杯で、生涯のひとつが人の身で生まれたことにも気づかなかった」


「生涯の、ひとつ……」


「ヴィーのくしゃみで、俺は俺を取り戻した。そして、ヴィーの近くにいることができる……先の短い命でも、これほどの幸せな時間を過ごせるなら、何も思い残すことはない」


「そうだったんだ……それなら、私も安心かな」


「なにがだ?」


「前の奥さんに遠慮しなくていいってことでしょ?」


「遠慮もなにも……。む? どういうことだ?」


「どういうことだろうねー」


 笑顔の私は、最近になって幼児体型と誤魔化すのが辛くなってきたぽっこりお腹に優しく手をあてる。


 残り少ない命だと言いながら数百年は生きてしまう元邪竜のオッサンと、祈りの力で寿命をのばしまくってしまう元神官の私がこれからどうなるかといえば……。


 めでたしめでたしで終わったってことで、よろしく!



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くしゃみしたら邪竜の討伐をしてしまった神官の話 もちだもちこ @mochidako

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