13、まどろむ竜と穏やかな日々。


「ほら、母様ここにも果物がなっていますよ」


「エルヴィン、なんで私を母様って呼ぶのよ」


「自分の母上はひとりです。ですがオリヴィア殿は母上のような存在なので、母様と呼ばせていただこうと」


「いいぞ息子よ。その調子だ」


 どんな調子だよ。私にこんな大きな息子はいないんですけど。

 私がムッとした顔をしているのに気づいたジルベスターは、その褐色の腕で優しく抱きしめてくれる。


「息子の大きさなら俺も負けないぞ、ヴィー」


 下ネタかよ。







 同居をせまってくるアルスとイアンだったけど、私が断固拒否したために彼らは自力で住居を建ててご近所さんになった。

 だって、ここにある家はジルベスターのものだし、エルヴィンは彼の息子(意味深ではないほう)だし。そして家主はただの居候な私の意思を尊重してくれる。そうなると幼なじみ二人と暮らすのは「ない」でしょ。


「ねぇオリヴィア? アルスはともかく僕は別にいいんじゃない?」


「やだよ。おっぱい大好きな人と一緒に暮らすなんて」


「僕はオリヴィアのおっぱいに興味はないよ?」


「だからやだ」


「興味があったらいいの?」


「そっちもやだ」


「ふぅ……乙女心は複雑だねぇ」


 いやいや、幼なじみとはいえ好きでもない男性と一緒に暮らすとか、できれば避けたいよね?

 え? ジルベスターはなんなのかって?

 癒しですよ。癒し。異議は認めない。


 元邪竜でハイスペックなジルベスターの建ててくれた、小さめだけど居心地のいい住居。

 海が見えるバルコニーで、私とイアンはまったりとティータイムを過ごしている。

 砂浜ではエルヴィンとアルスが剣の稽古をしていて、時々ジルベスターがアドバイスを二人にしているみたい。

 勇者であるアルスは何かがあった場合、国からの要請で戦いに赴く必要がある。毎日のように自己研鑽に励む彼のことを、私はひそかに尊敬しているんだ。


「アルスだけ一人で暮らすとか寂しいでしょ。イアン、一緒にいてあげて」


「なにその優しさ。僕たち王都では一人暮らしだったんだけど……」


「お願い」


「はいはい」


 面倒臭そうにしながらも、イアンがアルスを見る目は優しい。

 勇者が戦いに赴く時、きっと稀代の魔法使いと呼ばれる彼の姿もそこにあるんだろうな。


「アルスもイアンも、早くいい人見つければいいのに」


「僕らは理想が高いんだよ」


「早くしないと大変なことになるよ」


「なんで?」


 アルスとイアンは有名人だ。強くてイケメンな彼らは王都の女性たちからも人気がある。

 特定の相手を作らず、彼らの心を射止めるのはどんな女性なのだろうという噂の中で、現在王都で流行っている読み物に照らし合わせる女性たちが出てきているらしいのだ。


「王都に買い出しに行ってたジルから聞いたんだけど、なんかアルスとイアンが左右どっちだみたいな戦争が」


「それ以上はいけない。争いからは何も生まれない」


「そこに大神官様が加わって」


「やめて」


 イアンは「早く理想の(おっぱいを持つ)女性を見つける!」と、固く決意していた。

 ぜひ頑張ってほしい。







 日が落ちてすぐに、稽古疲れのエルヴィンは早々に寝てしまった。

 月明かりの中、琥珀色の液体が入ったグラスを片手に、ジルベスターは窓辺でまどろんでいる。

 白いシャツから覗く褐色の肌、艶やかな黒髪に長い睫毛がふちどる金色の瞳は、どこか遠くを見ているみたいで……。


「ジル?」


「まだ起きていたのか、ヴィー」


 声をかければ、柔らかく微笑んで私を見てくれる。

 さっきまで、月明かりに溶けて消えそうだった彼はどこにもいない。


「お酒、飲んでいたの?」


「ここに住んでいた時の買い置きが残っていたんだ」


 一瞬、痛みをこらえるような表情になったのは、亡くなった奥さんのことを思い出しているのかな。

 そんなジルベスターを見てたら、少しだけお腹がキュッとなる。キュッとなるのは胸じゃないのかって? うん、まぁ、そうとも言うけどさ。


「私はジルに感謝しているんだ。こうやって、好きなようにさせてくれてるから」


「俺は愛しい番(つがい)であるヴィーに生かされている。ヴィーのために何でもするのは当たり前だ」


「気にしなくていいのに」


「俺の好きなようにしているだけだから気にするな」


「……いいのに」


 あまり甘やかさないでほしい。

 私は一人で生きていこうと思っていたのに、こんなに優しくされたら困る。


 このままだと、弱くなってしまう。


「ヴィーは強いから一人でもやっていけるだろうが、俺にはヴィーが必要なんだ」


「もう、そういうずるい言いかたする……」


 ちゃんと拒否すれば、ジルベスターは私から離れると思うんだ。

 でも、いつもこのオッサンの絶妙なテクニックでフニャフニャにされちゃうのよね。(言いかたがひどい)


 南の島での生活は、穏やかに続いていく。


 ……隣の島からお客さんがくるまで、だけど。


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