11、祈りの力はホニャララです。
覗きの現行犯として、お役人に連行された大神官様らしき男性。
うん。あれはきっと何かの間違いだ。私の妻とか世迷言を言ってたし。
「はぁ、騒ぎもあったけど温泉は気持ちよかったし、何も問題はないよね」
宿の食堂で皆が待っているから急がないと。
ゲタをカランコロンと鳴らしながら歩いていたら、まだ髪が濡れているせいか寒さが……ひぇっくし。
「ああ、私の妻オリヴィア……!!」
「間に合ってます!!」
どっかの元邪竜なイケオジじゃあるまいし、妻とか番(つがい)とか、もうお腹いっぱいなんですけど!
食堂に向かって逃げようとする私は、美しすぎる大神官様にあっさり捕まってしまう。ゲタという履き物はかわいいけど走りづらいんだちくしょう。
「この私から逃げようと?」
「そ、そそそそそんなことは!!」
「はぁ……その怯える顔も愛おしい……もちろん、くしゃみする瞬間の顔も愛らしいけれどね。あの顔にかかるしぶきもたまらないからね……ああ、もっとかけてほしい……」
悪逆非道を重ねた罪人をも改心させるというセイント・スマイルを発動させながら、言っている言葉は変態語だ。やばい。大神官様の仰っている言葉の意味がさっぱりわからない。
王都で毎年行われている『推しメン♂キュンキュン☆ランキング』で五年連続一位という記録を持ち、アホみたいに広い神殿を満員にさせるほどの人気を誇る大神官様はどこにいったのでしょうね。
腕を掴まれた私は、なんとか離してもらおうともがくけど、細そうに見えて鍛えているらしい大神官様は微動だにしない。
「離してっ!!」
「オリヴィアが逞しい筋肉を持つ男性が好きだというから、鍛えたのですよ。ほら、さわって、ほら」
「ふむ……いまいち」
「ひぅっ!?」
大神官様の後ろからニュッと腕が出てくると、おもむろに鍛えているらしい胸筋をムギュッと揉みしだく。
妙に色っぽい声をあげた大神官様の胸をムギュっているのは魔法使いのイアンだ。突然の出来事に混乱したのか、私の腕を掴む力が弱まり、慌てて彼らから距離をとる。
うん。男同士でムギュってるとか、ないわー。ひくわー。
「ちょっと。僕はオリヴィアを助けるために、揉みたくもない男の乳を揉んでいるんだからね」
眉間にシワを寄せながらもイアンの手は止まらない。嫌なら揉まなきゃいいのに。
すると、ふんわりと暖かな空気が私を包んでいくと、濡れていた髪が乾いてふわふわ肩で踊る。
これは魔法じゃない。毎日のように山小屋でやってもらっていた、ジルベスターの温風吐息だ。火を吹かずに風だけ出すという芸当は、竜族の中でも器用?ジルベスターにしかできないらしい。
「ありがとう、ジル」
「遅くなってすまない。ヴィー、大丈夫か?」
「ちょっと腕が痛いけど、自分で治せるから大丈夫だよ」
「父上、一度我らの部屋に行きましょうか……そこのゴミクズを連れて」
美少年エルヴィンは、炎じゃなく氷の竜なのかと思わせるほどの冷たい視線を大神官様に向けている。
イアンに簀巻きにされた大神官様らしきものを引きずり、ひとまずジルベスターたちが泊まる部屋へと向かった。
イアンは王都にいる勇者アルスが見張っていたはずの大神官様が、数時間前に忽然と姿を消したという情報を得た。
ということはこのゴミクズもとい、大神官様らしきものは本物かもしれないということだ。
「転移の魔法は感じられなかったけど、一体どうやってここまで来たのかなぁ」
「大神官様は魔法を使えないけれど、強い祈りの力を持っているよ」
簀巻きになった物体を前にして、魔法を使った痕跡を探しているイアンに私は「祈りの力」ではないかという予想を話す。
祈りとは神の奇跡と言われている。魔法のように理論や術式があるわけではないのだ。
つまり、神に祈りが届けば何でもできるのだ。私たち神官の祈りの力は万能d……げふんげふん。
「もが、もがががぁ、もがもぉ」
「昨今のゴミクズは騒音を発するのですね。父上、早く燃やしましょう」
「そうだな息子よ」
「ジル、エルヴィン、落ち着いて」
大神官様に聞きたいことがあるから、燃やすのはその後にしてほしい。
「もがが……ぷはっ、なかなかに激しいプレイですねオリヴィア。嫌いじゃないですよ」
「ジル、エルヴィン、すぐ燃やして」
「だめだよオリヴィア。僕が相手するからジルベスターさんの大胸筋に包まれておいで」
「はーい」
満面の笑みを浮かべた色気マシマシな美中年の胸に飛び込んだ私は、心の傷を筋肉に癒してもらうことにする。
そんな私たちから少し離れた場所で、イアンは大神官様と向き合う。
「……なぜ?」
「なぜ、とは? 私がオリヴィアを追う理由を聞きたいのですか?」
「それじゃなくて、なぜあなたはオリヴィアのことを神殿に隠蔽したのか。その理由を聞きたいかな」
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