10、数の暴力ではなく、これは正義である。
記憶が正しければの話だけど、私たちは南に向かっているはずだった。
「さ、さささ、さむ、さっむぅぅ」
「おお、かわいそうにヴィーは体が弱いのだな。ほら、抱きしめてやる。あたたかいぞ」
「遠慮します」
「なぜ!?」
いやいやオッサン、シャツの前をはだけさせて、その鍛え抜かれた麗しき大胸筋を餌にすればホイホイ私が釣れると思うなよ?
ここ、街中でも人通りの多いところだからね。常識人として名高い私には「時と場所」というものをわきまえるスキルが備わっているわけよ。
そういうのは、人の目がないところでお願いしまっする。
「父上、オリヴィア殿は体が弱いのではなく、寒さに弱いのですよ」
「やはり弱いではないか。竜族ならば火山のマグマに入っても、なんともないぞ」
「竜族の中でも長と並ぶ強さを持つ父上と一緒にしないでください。マグマは熱いですよ」
「まったく、これだから若いもんは」
マグマをちょっと熱めのお湯みたいな扱いにしてやがる親子は放っておくとして、私は今日の宿を探すことにする。
旅をする仲間に気をつかったわけではない。とにかくこの寒さから逃れたい、その一心だ。
追っ手を巻くために魔法や馬を使って、とにかく目立たないように色々な街を経由していく私たち。
元邪竜のジルベスター、息子の竜族エルヴィン、幼なじみ魔法使いのイアン。
そして、平神官な私の四人である。
「ところで、イアン殿は?」
「いつものだよ。いつもの」
私の大切な幼なじみであり稀代の魔法使いと誉れ高いイアンは、もう一つの顔を持っている。
そう、皆もよく知る『孤高のおっぱいハンター』としての顔だ!(ばばーん!)
……ごめん。私もよく知らない。知りたくもない。
彼は新しい街に入ると、必ずやることがある。
そう、皆が大好き『おっぱいウォッチング』だ!(ばばーん!)(二回目)
街中の女性をすべからく観察するため、まずは大規模な探査魔法を展開する。これは彼独自の魔法であり、その理論は誰にも明かしていないらしい。
彼曰く「自分の理想に近いおっぱいの女性を探し出す魔法であり、戦争に使うものではない」とのことだ。
正直いって感動した。でも、その理由がおっぱい探しかと思うと色々な意味で泣ける。
胸元のボタンをとめながら、ジルベスターは呆れ顔で言う。
「彼の情熱だけは、尊敬に値するな」
「研究所の所長に推薦されたけど、それも理想(のおっぱい)を追い求めているから無理だって、辞退したらしいよ」
「イアン殿……」
遠い目をしているジルベスターとエルヴィン。まぁ、気持ちはわかるよ。
さて、今日の宿はどんなところかなぁ。
寒いから、お風呂がついていると嬉しいんだけどなぁ。
その頃イアンは、いつになく集中して魔法陣を展開していた。
彼もおっぱい馬鹿ではない。……いや、おっぱい馬鹿ではあるが、大切な幼なじみのオリヴィアを守るため、勇者アレスから言付かっていることがある。
大神官を警戒せよ、と。
「よーし、今日も怪しい存在はないぞーっと」
日課である探査魔法はうまく作動している。この街にいる間は大丈夫だろう、そう、イアンは思っている。
しかし、彼は肝心なところを見落としていた。
大神官とは、神に仕える存在であるということを。
ジルさんの魔法で、イアンに今日泊まる宿の場所を伝えてもらう。
そう、山奥にあるこの街は寒くて苦手だけど、なんと温泉が湧いているとのこと。どの宿にもお風呂がついていて、温泉を堪能できる素晴らしい街だった。
「部屋にもお風呂ついてるけど、やっぱり大浴場も堪能したいよね」
カランコロンと、この街独自の履き物に自然と笑顔になる。
東の地方から取り入れた『ユカタ』や『ゲタ』は、この温泉宿に馴染んでいた。
やばい。このままだと温泉に癒されてしまう。
「祈りの力を使う神官が満たされるのは、あまりよろしくないんだよね」
祈りの力。
それは神と真摯に向き合うことでもたらされる奇跡。
ここ最近、ジルさんが私も嫌というほど甘やかすから、強い祈りの力を使わなくてもやってこれた。
日々の生活では満たされず、求めても得られない愛を乞うような祈り。それが、祈りの強さだと思っている。
「ちょっとくらい、いいよね。ジルさんなら……エルヴィンもきっと守ってくれる。祈りの力が弱くても、きっと」
脱衣所で服を脱いだ私は、外にある露天風呂へと向かう。
ドアを開ければ、冷たい風がタオルを通して私の肌から温度を奪っていった。
「さ、さむい……」
大丈夫。
外に出れば露天風呂もあるし、温泉の楽園が私を待っているはず。
「うう、でも、さむぅぅいぃぃぃ」
涙目の私を、さらに冷たい風が追い打ちをかけてくる。
「ふぉぉ、むりぃぃ、ふぇ……ふぇ……ぶええええええっくしょおおおおおおい!!チクショー!!」
寒暖差で盛大に解き放ってしまったくしゃみ。
あたたかい温泉の湯気をまとい現れたのは、さらっさらな銀髪キューティクルヘアーの美青年だ。
「ああ、いつ浴びても心地いい……きらめく鼻水を、思う存分浴びたい……」
恐ろしいくらいに整った顔立ち、そして私のくしゃみを浴びてからの恍惚な表情。
「探しましたよ、救国の聖女……いや、私の妻オリヴィア」
幾重にも重なる神官服は、この国唯一の人物に渡される貴重なものである。
その『正式な神官服』を身にまとった麗しき美青年は、脱衣所にいた多くの女性からの「女風呂に不審者がいます!」という通報で、あえなく御用となるのであった。
なむ……。
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