5、おしりあいの襲来。


 元邪竜の美オッサンは、結局そのまま居ついてしまった。

 敏感な部分をズンズンされたとか、大事なものを奪われたとか、お前が俺の唯一だとか色々言われた私は「そんなもん知らん」の一言でオッサンを撃沈させることに成功した。

 しかしそれが彼の何かに火をつけたらしい。むしろ口から火を吹いたので容赦なく熱く煮え立ったスープをぶっかけてやったのは、数日前の微笑ましい出来事だ。

 ちなみに、元邪竜である彼の美しい褐色の肌には火傷ひとつ付いていない。


「ヴィー、畑の野菜をとってきたぞ」


「ありがとう。ピーマンは半分貯蔵庫に置いて、あとは村に持って行ってくれる?」


「ピーマンは好かぬ」


「肉詰めにしてあげるから」


「ならば食うぞ!」


「はいはい。いい子いい子」


 鼻歌を歌いながら村への転移魔法陣を形成するオッサン。

 この人、無駄に有能なんだよ。無駄に。

 なんで無駄なのかというと、本来竜族の長になれるくらいの強大な力があるにも関わらず、この辺鄙な山小屋で農作業をしているからだ。

 なぜか私を番(つがい)と呼んで、自分の全てを捧げるといってはばからない残念なオッサンだ。


「そうだ。村でヴィーの好きな甘味を買ってこよう。楽しみにしていろ」


「甘味!」


 思わず喜びの声をあげた私を見て、オッサンはフッと色気のある笑みを浮かべた。

 褐色の肌に、白いシャツからのぞく胸元は鍛え抜かれた胸筋が盛り上がっている。艶やかな黒髪はひとふさ額にかかっていて、それがまたオッサンの魅力を引き立てまくっていた。


 正直、追い出そうと思っていたんだよね。

 だけど……だけど悔しいことに、オッサンの容姿は私の好みど真ん中なんだよちくしょう。


 薬草と野菜を持って村へ転移したオッサンの土産を楽しみにしながら、私は今日も祈りを捧げる。

 神様、今日の糧に感謝します。

 そして私に好みの筋肉をもたらしてくれたこと、マジで感謝します。


 あ、いつもより祝福が多いや。なんでやねん。







 ピーマン嫌いなオッサンのために肉詰めして焼いていると、結界に何か反応が出ていた。

 害意や悪意があれば入れないから、村の人かなと思ってドアを開けたことを、次の瞬間私は後悔することとなる。


「オリヴィア殿。いや、救国の聖女……」


「間に合ってます」


 勢いよくドアを閉めて無かったことにしようとしたけど、それは叶わぬ夢となる。

 竜族特有の馬鹿力で、鍵が閉まっているはずのドアは破壊されてしまう。


「なぜドアを閉めるのです?」


「私は聞きたい。なぜドアを破壊したのかを」


 私よりも少し高い身長の美少年は、健康的な褐色の肌に背中まで伸びた黒髪をゆるりと結わえている。

 白を基調とした竜族の衣装には、長の代理として効力を発揮する紋様が金糸で刺繍されていた。


 彼の名はエルヴィン。邪竜となった父を持つ竜族の少年だ。

 そして、邪竜の討伐を依頼する使者としての彼と、私は会ったことがある。


「救国の……」


「私を名前で呼ばないなら、どんな手を使ってでもここから追い出すわよ」


「オリヴィア殿は、なぜここに?」


「なぜって……え? 私を追って来たんじゃないの?」


「自分がここに来たのは、わずかに同族の気配を感じたからです」


「神殿から何か聞いてない?」


「神殿からですか? いえ、特に何も……神殿で何かあったのですか?」


「いいえ、何もないわよ」


 私は笑顔で返した。

 嘘はついていない。一人の神官が、ちょっと遠出しているだけだ。


 エルヴィンはズカズカと小屋の中に入ってくると、這いつくばってくんかくんかしている。

 え、ちょっと何やってんの。キモいんですけど。


「ここにも気配がありますね」


「同族って言ってたけど……」


「ただの竜族ならば気にならなかったのですが、血族の匂いだったので思わず飛んできてしまいました」


 彼は確か北の山にいたはずだ。馬などを使っても数ヶ月かかるこの場所から、同族の匂いに反応したというところが恐ろしい。ストーカーの素質がたっぷりあるな。

 ん? そういえば元邪竜のオッサンも、私の匂いがどうとか言ってたような……。


「……エルヴィン?」


 お腹に響くようなバリトンボイス。

 いつの間に帰ってきたのか、元邪竜のオッサンが大荷物を抱えた状態で山小屋の入り口に立っている。


「まさか……父上ですか……?」


 父親譲りの金色の目をまんまるにしたエルヴィンは、信じられないといった様子で震えている。

 そしてそのまま、口から火を吹いた。


「ハハハこらこら息子よ、小屋に不燃の魔法陣をしいてなかったら大変なことになっていたぞ!」


「邪竜を!! 邪竜を倒さねば!!」


「ハハハ父が生きていたことを喜びおって!」


「邪竜死すべし!」


 会話が噛み合っていないのはともかく、エルヴィンの吹く炎をどうにかしてほしい。熱いんですけど。

 ……あ、前髪がちょっと焦げた。


「熱っ……」


「ヴィー!?」


「オリヴィア殿!?」


 どんちゃか騒いでいた親子は、私の小さな声に反応して首がもげるくらいの勢いでぐりんと振り返る。


「ひぇ!?」


「おお、なんということだ。愛しき俺の唯一の美しき髪が!!」


「無事ですかオリヴィア殿!!」


 美中年と美少年に詰め寄られて、思わず仰け反る私。

 いやいや大したことないし、これ以上近づかないでほしいんですけど。圧がすごいから、圧が。


「息子よ。ヴィーに近づくな」


「父上こそ、オリヴィア殿に近づきすぎです」


「ヴィーは我が唯一だ」


「自分にとってオリヴィア殿は理想の女性なのです。父上とて容赦はしませんよ」


「理想だと?」


「……母上に、そっくりなのです」


「え?」


「なんだと?」


 エルヴィンのお母さんにそっくり?

 私だけじゃなく、元邪竜なオッサンも首をかしげてますけど?


「オリヴィア殿は、母上そっくりの安産体型なのですよ」







 おい貴様、尻がでかいと言いたいのか。

 神に祈って滅するぞゴルァ。



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