6、夢は大きく。とにかく大きく。


 平和だった山小屋で、強力な力を持つ竜族の男二人が女一人を求めて争う。

 美中年ジルベスターと美少年のエルヴィンの親子喧嘩は、二人が相対してから数分で終了することになる。


 なぜならば、オッサンのお土産だった甘味が、エルヴィンの吹いた炎で燃えてしまったからだ。


「うくっ……ふぇぇ……」


「オ、オリヴィア殿、どうか泣き止んでください」


「ひぃぃっく……か、かんみがぁ……」


「うう、父上、オリヴィア殿が泣きやみません。どうしましょう」


 涙と鼻水と嗚咽が止まらない私。いや、心の中は冷静なんだけど脳内甘味システムの期待値が高すぎて、失われた時との落差に心が耐えられなかったのだ。

 ごめんエルヴィン。これ、三日は止まらないと思う。


「ヴィー、俺の懐に入っていた飴が無事だった。とりあえずこれを食べて待っててくれないか。今から王都へ転移して流行りの甘味を買ってこよう」


「ふぇぁあ!?」


 ジルベスターの言葉に私の涙と鼻水は一瞬で止まる。三日は言いすぎたかもしれない。

 笑顔の美中年に、私は歓喜のあまり飛びつきソファへ押し倒す。


「オオオオリヴィア殿!?」


「かんみぃーっ!!」


「ハハハ積極的だなヴィーは。あ、こら、胸をまさぐるな……おぅふっ、そ、そんなところに手を入れ……アッー!?」


 オッサンが妙に色気のある声をあげているけれど、今の私はそれどころじゃない。

 むちむちとした大胸筋をまさぐれば、紙に包まれた飴らしきものを発見して素早くゲットする。

 フッフー!やったぜ!


「ふぉぉ!! かんみ!! うまーっ!!」


「ハァハァ……ヴィーは、なかなか激しいな……嫌いじゃないぞ……」


「くっ……羨ましいです父上っ……」


 すっかり泣き止んだ私は、口の中の飴をコロコロをさせながら、頬を赤らめたオッサンに「甘味、はよ」と急かすのだった。







 なぜかエルヴィンが居ついてしまった。

 邪竜ではなくなったとはいえ、父親の様子を見ていたいということだった。

 だけど、薬草の仕分けをしている私の後ろ姿に熱視線を送っているのが、正直鬱陶しい。


「はぁ……やはりオリヴィア殿は、母上にそっくりです」


「尻がでかいとか言ったら滅するわよ」


「何を言いますか。オリヴィア殿は誰よりも女性らしい美しさがあります。その尻で圧死するなら悔いはありません」


 うん。なんかめっちゃ男前にキリッとしているけど、発言内容は残念すぎるね。

 そういや竜族は皆が美しくて人間から人気があるんだけど、価値観が違うって聞いたことがあるなぁ。

 竜族の女性は強い男が好きで、ムキムキマッチョな体型がいいとか。男性は細っそりとした女性は苦手とか……いやいや、私そんなに太ってないし。ちょっと尻が大きめなだけだし。

 ……ほんとだよ?


「ところで、父上は毎晩どこで寝ているのですか? 自分はリビングのソファーにおりますが……」


「寝ていないんじゃない? ここは山の中だし夜は獣が来たら怖いなぁとか言ったら、進んで外で寝ずの番してくれているよ?」


「父上……」


 元邪竜ことジルベスターいわく、竜族の男は番(つがい)の願いをすべて叶えるものらしいし。

 竜族は一週間に数時間寝ればいいとのことで、遠慮なく見張りをお願いしたんだけど……ちょっとかわいそうだったかな?


「部屋もないし、異性と同じ屋根の下とか神官として考えられないんだよね」


「あの、自分は……」


「エルヴィンは成人前でしょ? 男じゃないから平気」


「そう……ですか……」


 がっくりと肩を落とす美少年。いやいや、竜族の寿命からいえばまだまだお子様のはず。

 それに、私を理想の女性と言いながら「母上そっくりです!」と満面の笑顔で言われてもねぇ……。


「あ、そうそう。今はまだいいけど寒くなったらお布団を追加しないと」


「それなら大丈夫です。先日、父上の転移で王都に行ったついでに買いました。父上が寝袋を買っていたのが不思議でしたが、夜は外にいたからなんですね……」


 あ、なんか申し訳ない気持ちになってきた。リビングでなら寝ていいよって言っておこう。

 私が珍しく反省していると、エルヴィンがふと思い出した様子で「そういえば」とつぶやく。


「王都で勇者に会いましたよ。オリヴィア殿を探しているとのことだったので、ここにいると言っておきました」


「……は?」


 思わず地獄の底から聞こえてくる死者のような声を出した私がエルヴィンを見れば、怯えたように震え褐色の肌が白くなった美少年が「やらかした?」という表情になる。


 うん。

 私が口止めしていなかったのが悪い。

 でもね、乙女がこんなところで独り暮らしをしているとか、普通は察するよね? 察してくれるよね?


「オリヴィアー!!」


 ばたーんと開け放たれた(また直したばかりの新しい)ドアは、その勢いであっさりと壊れる。おいマジでふざけんな。


 結界に反応はなかった。

 そりゃそうだ。幼なじみで家族である彼を、結界でどうこうするわけがないんだ。


「オリヴィア!! 無事か!! エルヴィンから中年に言い寄られているって聞いたよ!! ダメだ!! 清らかで愛らしいオリヴィアがオッサンとむにゃむにゃするペロペロするとか!!」


「アルス……」


 彼の発言、後半が不穏すぎたけど今は流しておこう。


 年齢的には青年のアルスだけど、健康的な肌色と赤色のくせっ毛が少年ぽさを残している。私を見る真っ直ぐな空色の目は、小さい頃から変わらない。

 優しくて格好いい、皆のリーダーなアルスは『勇者』になった。だから私に神官の適性があると知った時、本当に嬉しかったんだ。アルスを支えることができるって思ったから。


 私の初恋はアルスだ。

 でも、初恋は実らないって本当なんだね。

 彼と私の思い描く理想の未来は、まったく別のものだったから……。


「さぁ、一緒に帰ろうオリヴィア!」


「待ってください勇者、オリヴィア殿は父上の番候補であり、魅力的なでかい尻げふんげふん、安産体型の大切な女性です! 貴方が連れて行くのは賛成できません!」


 とうとう尻がでかいと直接的に言いやがったな。滅するぞゴルァ。


「魅力的な尻? 何を言っているんだエルヴィン! オリヴィアには成人しても一向に大きくならない、愛らしい少女のような小さい胸が魅力的に決まっているだろう!」




 ほんと、お前らええ加減にせぇよ?

 あと成人してもワンチャンあるっつーの。







 ……あるっつーの。

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