悪童に金棒
しばらく誰も何も言わなかった。いや、言えなかった。
風も吹かない静寂が続く。
それは――思考を整理するための時間だったり、絶望に打ちひしがれる時間だったり、事情を理解できぬまま思考停止している時間だったり、仲間たちの顔色をうかがう時間だったりしたのだが……。
「この写真は?」
空也が問うた。それと同時に、彼に力なくもたれかかった梓。
結局はただの女子高生なのだ。気丈にふるまうのも限界だったのだろう。思わず腰が抜けてふらつきもする。空也はわざと無反応を貫いた。
「わ、わたしが撮りました、図書館で。昔話を集める時、郷土資料も使ったので」
「……大角村、か」
「そ、その時はダムに沈んだ村なんて、いいネタだなって思ったんです。まさかこんなことになるなんて――」
「失礼な話だけど、別の村の写真と勘違いしてるってことは?」
「ま、間違いないです。本そのものに、誤植があれば、別ですけど……」
可能性がないわけではない。だが、それをこの場で確かめる術もなかった。ひとまずは正しい情報と認識すべきだろう。
するとおもむろに天を見上げて息を吐いた空也である。
細く細く、長く長く息を吐く。
まるで淀んだ思考をすべて吐き出してしまうかのように、丹念に呼吸する。
「ダムの底に、怪物か。頭が痛いな」
それから咲夜と目を合わせて軽くうなずき合った。
咳払いしてからクラスメイトたちを見回した咲夜である。
「皆さん聞いてください。ご承知のとおり何かよくないことが起こっています。おそらくは、今の科学では説明できないことが――」
晴斗が「なあ、それってもしかして死後の世界系?」なんて恐ろしいことを口にしたが、咲夜は相手にしなかった。
「すぐに戻りましょう。山に入るのは危険かもしれませんが、来た道をそのまま戻るのが一番確実だと思います。携帯の電波が回復次第、すぐに先生に連絡を」
異論はなかった。というかそれ以外の選択など現状考えようがない。
とりあえずの行動方針が決まって余裕が出てきたのだろう。晴斗と夏奈が緊張感なくイチャつき始めた。
「でもこういうのって、ホラー映画だと大体帰れねえ展開なんだよな」
「え~、怖い~。晴斗くんそばにいてくれないとダメなんだからねぇ」
それをどす黒い視線で見つめた梓と咲夜。
「……神木くん。あれ、殴っていいよ」
「是非とも上段回し蹴りとやらを見せていただきたいのですが」
空也は苦笑いを浮かべつつ『田中三木雄の手帳』をブレザーの内ポケットに入れた。
「持って帰るの?」
「一応。役に立つ情報が残ってるかもしれないし」
「慎重なんだ」
「怖がりなだけだよ」
そしてガラガラという金属音に気が付いて高校生たちは視線を回す。
「大我くん、ちょ――何持ってんの? ウケる」
肩を揺らして歩いてきたのは金属バットを引きずる沼倉大我。どこに行ったのかと思ったら武器を探していたのか。なるほど、この村にも野球少年はいたのだろう。
どこぞの家の庭からくすねてきた金属バットで気が大きくなっているのか、ニヤニヤしながら大我が言った。
「リベンジマッチといこうじゃねえか」
いきなりの宣戦布告。女子たちだけでなく晴斗ですらも青ざめたが……。
「なるほど」
当の空也だけが意にも介していない。眉すら動かすことなく金属バットを指差すのである。
「そういうの使うなら、もう手加減できないけど」
声色をつくったわけでもないのにゾクリとするような声だった。
……空也は両手をポケットの外に出している……彼には、もう空手家であることを隠す理由など何一つなかった。
とはいえ――である。
とはいえ、大我はもう後に退けない。ここで逃げてしまえば完全に終わってしまう。学校での立場も、喧嘩に明け暮れた日々も、すべてが無意味なものになってしまう。
「上等だよ」
図らずも震えてしまった声。横から助け舟が入ってきたのはその瞬間だ。
「沼倉さん、お聞きください」
鋭くも落ち着き払った咲夜の言葉だった。
「ああ!? 邪魔すんなや!!」
血走った眼で睨み付けられても黒髪の美少女はたじろがない。理性に満ちた視線を返す。
「私たちはすぐにこの村を出ようと思っています。あなたもあの怪物を見たでしょう? ともかくここは尋常ではありません。私たちが今行うべきは、無益な争いではなく、無事に帰ることだと思いますが」
「…………俺は行かねえ」
「はい?」
「行かねえつってんだよ。一緒に逃げ帰りましょうって――おめぇ、オレを舐めてんのか?」
完全に予想外の回答。晴斗は「マジかよ……」と言葉を失い、梓なんて「尊敬するわ。本当に、筋金入りなのね」と憐れみを込めて大我を見るのだった。
咲夜は少し考える素振りを見せたが。
「そうですか。わかりました。こちらもあなたを説得している余裕はありませんし、ここから先は別行動と参りましょう」
突き放すようにそう言った。
「ただし私たちにも帰れる保証はありません。沼倉さんの方が研修センターに辿り着きましたら、どうか私たちのことを伝えてください。『大角村にいる』と」
「気が向いたらな」
「もしもどちらも帰れなかった場合は、再びこの場所に集まることとしましょう。少なくとも私たちはここに戻ってきますから――」
咲夜が凛然と歩き出し、それに梓たちも続く。
晴斗も素知らぬ顔で背を向けようとしたのだが。
「おい晴斗」
不良の呼びかけに表情を固めた。震える作り笑いで恐る恐る大我に向いた。
「お前はオレと行くよな?」
「い、いやぁ……咲夜ちゃんに一緒に来てほしいって頼みこまれちゃってさぁ。わ、悪いな」
そして小走りだ。咲夜の肩に無理矢理腕を回し、「オレがいるから安心しろな?」と親密ぶりをアピールする。咲夜はうっとうしそうにしていた。
そして――
ガンッ!!
金属バットを地蔵像に振り下ろす大我であった。
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