午後の秘密

「『杉沢村』って、知ってます?」


 村道を一塊になって進む梓、咲夜、京子、空也の四人。あれから化け物の姿は一度も見ていない。村の中へと走っていった晴斗たちを追いかけている。


 そんな中、不意に京子が弱々しい声を上げた。


 一瞬の沈黙があり、「あぁ。なるほど」とうなずいたのは空也だけだ。


 梓は皆目見当がつかないとでも言いたげに首を傾げ。


「ごめんなさい不勉強で。よろしければ教えていただけます?」

 咲夜も何のことかわからなかったらしい。


 初夏の穏やかな日差しが四人に降り注ぐ。さっきの化け物はただの勘違いだったんじゃないかと思いたくなるほど平和で、牧歌的な村の景色が高校生たちの前にあった。


「と、都市伝説、です。とても有名な」

 京子は、そう前置きしてから巷に流布する噂を披露するのだった。


「む、昔ですね、杉沢村って小さな村があったらしいんですけど。昭和の初め頃、発狂した男に村人十数人が殺されちゃったんです――斧で、みんな。村人を殺した男も最後は自殺して。それで杉沢村は地図から消されたんですが……今も、その村の廃墟に迷い込んだ人は、怨霊に襲われるって――杉沢村から戻ってこれなくなるって」


 梓がごくりと唾を呑む。短いスカートのすそを指でいじり、不安げに空也の横顔をチラ見したが、彼と目は合わなかった。


 京子の言葉を吟味するように人差し指の腹を唇に当てていた咲夜。


「京子さんは、ここがその『杉沢村』だと?」

「ち、違う、と思います……杉沢村は青森県の山奥の話ですし、村の入り口には古い鳥居と、ドクロに見える岩があるって噂が……そ、それにですね、ここは廃墟というには、普通すぎるし……ただ、状況は、少し似てるかも……って」

「……誰もいない村で、怨霊が襲ってくる……確かに似た状況かもしれませんね。神木さんはどう思われます?」


 話を振られて「そう、ですねぇ」空也は軽く天を仰いだ。


「さっきのあれが怨霊かどうかはわかりませんが、殴った感触はありました。重めのサンドバッグ……いや、水を詰めたボールの方が近いか」

「……落ち着いていらっしゃるんですね……」

「そう見えます? まあ、泣いたりわめいたりしても、どうにかなるわけじゃないし」


 と――ようやく晴斗、夏奈、大我の三人に追い付いた。


 彼らがいたのは明るい三叉路の真ん中で、すぐそばには風化して顔の消えかけた地蔵像が立っている。


 体育座りの晴斗が自身の膝に顔を埋め、力なく泣き言を並べていた。

「んだよ……オレらが何したっつーんだよ……意味わかんねえ。なんなんだよ、さっきの……」


 そんな彼の肩をさする夏奈。走って晴斗を追いかけたせいか少し息が荒い。


 荷物を放り出して突っ立っている大我の元へと、咲夜がつかつかと向かっていった。


「この村は普通ではありません。これ以上勝手な行動は慎んでいただけますか?」


 すると大我は咲夜の肩を鷲掴みにするのだ。華奢な肩に思い切り指を立てる。


「おい優等生。答えろ。何がどうなってやがる?」

「わかりません。私が知っているわけがないでしょう」

「なんとかしろや」

「何をどうしろと言うのです? 携帯もつながらないのに」


 意味のわからない状況に皆気が立っている。普段の咲夜ならば言葉を選んで大我に接しただろうが、どうにも今は辛らつだ。


「それより沼倉さんも『あれ』を見たのでしょう? 腕力に自信があるのなら逃げずに戦ってください。神木さんは私たちを守ってくれましたよ」

「――あぁ?」


 そして大我のフラストレーションの行方は、比較対象とされた空也に向かうのだった。


「そういやそうだったわ。おい、お前。さっきのあれ説明しろや」

 眉間にしわを寄せた大我がガンを付けながら歩いてくる。


 それで「何のことだか……」とうそぶいた空也。


「はあ? 大嘘こいてんじゃねえぞ? あの変なのに何やったかって聞いてんだよ。隠してねえで言ってみろや。何者だよ、お前」


 右胸を平手で突かれる。


「……………………」

 しかし空也は微動だにしなかった。


「素人にあんな真似できるわけねえだろうが。さっさと吐けや」


 梓や咲夜、京子、晴斗、夏奈の視線も感じた。この場にいる誰もが、クラス一目立たない地味男の正体を知りたがっているのだ。逃げ場はなかった。


 言い逃れできるほど饒舌ではないし、そもそも必死になって隠さなければならないわけでもない。

 やがて空也は、「わかった。言うよ」とため息を吐くのだった。


「空手だ。空手をやってる」


 その言葉に梓は大きな瞳をぱちくりとしばたき、咲夜は『やはりそうでしたか』とでも言いたげだ。


 真っ先に声を上げたのは晴斗であった。


「嘘だろ? うちの空手部にゃあカミキンなんかいないじゃんか」

「……部活動は意味がない。俺のは、ルールがある試合にはそぐわないから……」


 するとその言葉に大我が乗ってきた。

「喧嘩空手っつー奴か。面白ぇ」

 特別鍛えていない拳を握り、さっそくファイティングポーズを取る。


「どんなもんか試してやるよ。かかってこい、オラ」


 苦笑いで首を振った空也。

 やっぱりこうなるか……と頭を抱えたかった。血気盛んな高校生の前で空手家であることを明かせばこうなるのは大体想像できた。だから普段から言っていなかったのだ。


「ビビってんじゃねえぞ。さっさと構えろや」


 それに、多分……大我は、一刻も早く空也に対してマウントを取りたいのだろう。喧嘩で勝ってみせることで、化け物を倒した空手家よりも上の立場に立ちたいのだろう。


 ……さっき、何もできないところを梓たちに見られてしまったから……。


 復権の好機を得た大我の目は煌々と輝いていて、そうそう拳を下ろしてくれるとは思えない。


 空也は先ほど拾った青ザックを右手に提げたまま、半ば諦め気味に告げた。

「……俺はいつもこうだよ」


「そうかよ」


 半笑いの大我が突っ込んでくる。右拳が肩の高さまで持ち上がり、思い切り放たれた。


 ――遅い。


 なるほど確かに喧嘩慣れはしているのかもしれない。しかしこの不良の動きには連動性がなく、しなりもなく、工夫もなかった。


 ――遅い。


 真っ当な喧嘩パンチに空也が合わせたのは、ただの頭突きだ。


 いや、頭突きですらない。

 半歩前に出てタイミングをずらしつつ、髪の生え際を大我の拳の前に置いただけだった。


「あぐっ――!?」


 大我の手首がくじけたのは京子や夏奈にだって見えただろう。

 だが、それだけだ。空也から追撃は放たれなかった。


 反射的に右手を引っ込めた大我を見送り。

「もういいだろう? イライラするのは腹が減ってるからだよ」

 三叉路の外にあった草地へと腰を下ろした。


「お弁当食べませんか? とっくにお昼過ぎてますけど」


 空也の提案に梓と咲夜が顔を見合わせる。


 気勢を削がれた大我は、右手首を押さえたまま「んだよ、腰抜けが……つまんねえわ」と村の奥へと一人消えていくのだった。とはいえ化け物のこともある。あまり遠くには行かないだろう。荷物も地蔵像の近くに置きっぱなしだ。


「――ハラハラしちゃった。神木くんって結構凄いんだ」

「武道家だろうとは思っておりましたが……あれほどとは、予想外でした」

「わ、わたしも一緒に、いいですか?」


 リュックサックから弁当箱を取り出した空也の周りに集まってくる女子高生たち。

 晴斗もコソコソと空也に近寄っていった。夏奈だけが彼に付き添って、ここぞとばかりにクラス一のイケメンの腕に抱き付いている。


 不意に――

「一日目はお弁当タイムの後にオリエンテーリングだったっけ? 今頃クラスの奴らも山ん中を走り回ってんのかしら」

 小さめの弁当箱を膝にのせた梓がそんなことをぼやいた。


 静かに応えたのは咲夜である。

「どうでしょうか。私たちがいなくなったことで騒ぎになってるかもしれませんし……研修センターで全員待機ってこともあるでしょうね」

「このままノコノコ戻ったら、総スカン喰らっちゃいそうね。気が重いわ」

「なら、今のうちに言い訳でも考えておきます? どうせですから壮大な法螺話をでっちあげましょう。謎の地下組織に拉致された、とか」

「あはっ♪ 八剣さんって面白い人なんだ。今まであまりしゃべったことなかったけど……てっきりあたしのこと嫌いなのかと」

「そう見えていましたか?」

「ごめん。気を悪くしないでね。ほら、あたしって割と勢いで生きてる方じゃん? でもあなたは、そういうタイプじゃないでしょう? だから、うとましく思われてんのかな、って」

「そんなこと……凄く優しい人だと思っておりましたよ。ねえ、神木さん?」


 いきなり話を振られて「うぇ?」と顔を上げた空也。白米が口の中に入っている。


「――もご――あ、はい」


 どこか間の抜けた仕草。梓から思わず笑みがこぼれた。


「てゆーか今更だけどさ、空手家さんは何であたしらに敬語なわけ? 同じクラスになってからずっとじゃない?」

「いや――女子と話したことあんまりなくて……なんとなく、馴れ馴れしいのは、悪いかなって……」

「何それ、気にしすぎでしょ。こんな妙なことに巻き込まれてる仲だし、少なくともあたしらに敬語はなくていいよ」


 空也は苦笑いしつつ「そうで――そっか。ごめん。気を遣わせて」と箸を置く。二段重ねの弁当は半分も減っていなかった。


「あれ? もういいわけ?」

「まあ、この先何があるかわかんないしね。全部食べちゃってここぞって時にエネルギー切れとか、悲惨だろ?」


 そんな空也の言葉を聞いて、梓は膝の上の弁当に目を落とした。


 唐揚げとアスパラガスの豚肉巻き、グリーンピース入りのポテトサラダ、そして茹でたブロッコリー。少なめのごはんにはワカメのふりかけが混ぜてあった。


 栄養にも気が配られた彩り豊かな弁当――しかしどこか可愛げがない。手慣れた主婦が作った弁当みたいだった。


「少し食べる?」

「え?」

「あーんしてあげよっか?」


 箸で唐揚げをつまみ、いたずらっぽく微笑んだ梓。たじろいだ空也に四つん這いになって迫る。


「ほらぁ、口開けて。あーん」


 腹の上に乗られていよいよ空也も観念したらしい。ためらいがちに口を開けたら、「召し上がれ」割と乱暴に唐揚げを突っ込まれた。


「あんまり美味しくなかったらごめんね」


 今更ながらに梓はそう謙遜したが、唐揚げが口に入ってきた瞬間から空也はその味に驚いていた。噛みしめれば至福。味付きの唐揚げ衣の下から肉汁が溢れ出した。


 口を押さえながら言う。すぐには呑み込みたくなかった。

「いや――めちゃくちゃ美味いよ。ほんと。お世辞じゃなくて」


 するとちょっとだけ照れくさそうに目をそらした梓である。

「ありがと。朝っぱらから鶏を揚げた甲斐があったわね」


 思わず咲夜が「お手製だったんですか?」と目を丸くした。京子からも「ふへぇ」と感嘆の声が漏れる。


「みんなしてなによ? そんなに意外?」

「い、いえ――失礼しました。しかし、そんなにちゃんとしたお弁当……朝からお手間ではなかったですか? 時間もかかったでしょう?」

「パパとママの分もまとめて作ってるから。小学生のころからやってるし、もう慣れたわよ」


 不服そうに頬を膨らませてブロッコリーを口に入れた梓。


 それを見て――あっ――と思った空也である。同じ箸。間接キス。


 梓は何を気にした素振りもなく、やがて大きなため息を吐いた。

「やっぱ……お腹なんて空かないな……」

 どうしようか逡巡してから、再度のため息と共に弁当箱にふたをするのだ。


 結局、誰も昼食を食べ進めていない。エネルギーにできるほど口にしたのは空也だけだった。


「――皆さんは、どう思われます?」

 雲一つない青空の下、不意に咲夜が声を上げた。


「どうって……この村のこと? あの怪物のこと? それとも、これからあたしらがどうなるかってこと? ああ、それにあのクソヤンキーのこともあるか」

「すべてです。相羽さんが今おっしゃった――すべて」


 瞬間、今まで黙りこくっていた晴斗が声を荒げた。

「なんでもいいよ! さっさと帰ろうぜ! こんなわけわかんないとこ!」

 泣き出しそうな顔で空也たちを睨み付け、肩を寄せ合っていた夏奈の髪に顔を埋める。


「誰の――」

 誰のせいでこんなことになってんのよ!?


 そう晴斗に言い返そうとした梓の肩に手を伸ばした空也である。首を振って彼女を止めた。晴斗にも言葉を投げかける。


「気持ちはわかるけどさ、少し落ち着こう。思い詰めたってどうにもならないだろう?」


「うるせぇ……童貞カミキンのくせに」


 空也は苦笑いしつつ、「それはそうと、とりあえず『あれ』開けてみない?」と少し離れた草地を指差した。


「え? ……やっぱり開けるの、あれ」


 そこに置いてあったのは――化け物ハイカーの青ザック。


「そりゃあ。そのために持ってきたんだしさ」

「あ、あたしは嫌だよ? 無理。触りたくない」

「……怪物の正体には、興味があるのですが……」

「わ、わたしっ、収集してた情報をもう一度整理――見てみます。古い地図、タブレットに入れてるんで、も、もしかしたらここがどこか、わかるかもしれませんし」


 女子たちが及び腰なのは想定どおりだし、当たり前だろう。空也は弁当箱をリュックサックに戻してから、「よっこらせ」と立ち上がるのだった。


 それを見た梓たちも大急ぎで弁当箱や水筒やらをリュックサックに詰め込み、彼の背中から距離を取った。リュックサックを背負い、逃げ出す準備は完了している。


「これで何かわかれば、御の字なんだが」


 そして――

 そして、青ザックのジッパーが広げられた。ひどく普通に。ひどくあっさりと。

 青ザックの中から怪物が飛び出してくるようなことはなかった。


「か、神木くん……? 大丈夫……?」


 梓が背後から覗き込んでくる中、空也がまず取り出したのはオレンジ色の防寒着だった。しっかりとしたナイロン素材で、かなりカサがある。


 続いてゴミ。ゴミ。ゴミ。ゴミ。

 空のペットボトルやチョコレートの包装紙、携帯食料の空袋なんかが次々出てきた。


 晴斗と夏奈が恐る恐る近寄ってくる。


 咲夜も初め、広げられていくザックの中身を眺めていたようだが――タブレットを抱えた京子に話しかけられるとそちらに目を向けた。


 ゴミの後は、使い古されたヘッドライトだ。少し重たく、ここ最近販売されている軽量・小型・高輝度の新型ではないのは一目瞭然だった。


 方位磁石。

 紙製のカラー地図。

 そして――名刺大の見慣れぬ電子機械。黒いプラスチックボディに灰色の液晶画面がはめ込まれている。いくつかのボタンがあったが、ひどく簡単なつくりのように見えた。


「多分ポケベルじゃない?」


 梓が口をはさんでくれて――ああ。これが――と納得した。平成初期の遺物だ。初めて実物を見た。どうしてこんなものが? とは思ったが、使い方もわからないし、とりあえず保留しておく。


 それから今度は、ザックのポケットに手を突っ込んでいった。

「――あった」

 そしてお目当てを探り当てた。


「お財布?」

「ああ。それと記録用の手帳」


 ザックの中にはこれ以上目ぼしいものはなさそうだ。

 空也はさっそく二つ折りの財布を開き、中身をあらためていった。札や銀行カードには目もくれない。草の上に置いたのは運転免許証だった。


「……田中……三木雄……」


 正座して手を合わせる。運転免許証の顔写真に見覚えはなかったが、この痩せた初老男が顔のねじくれた怪物の正体だと思ったから。


「うっわ。結構入ってんじゃん。ラッキー」

 空也が置いた財布をすかさず取り上げた晴斗が、札を数えて目を輝かせている。


「――なにこの千円札? 『吾輩は猫である』の人じゃねえ?」


 現金なものだ。先ほどまでの弱々しい態度はどこに失せたのか、実に生き生きと笑みを浮かべていた。


「なあ、おい。梓もいるか? みんなで分けようぜ?」

「はあ? いらないわよ。人様のお金をネコババするような育てられ方してないし。それにあんた、そのお金を持ってたのは『あいつ』なのよ? 呪われたいの?」

「…………。だっ――だよなー。やっぱネコババはよくねーよな」


 呆れつつ晴斗から顔をそむけたら、空也が正座したまま固まっていた。


「神木くん?」

「……平成一〇年……」

「え?」

「平成一〇年なんだ。変だと思わないか?」


 そして見せられた田中三木雄なる男性の運転免許証。


「ど、どういうことかな? あたし、推理小説とか読まないんだよね」

「免許の更新期日が平成一〇年九月三〇日だ。大昔に期限切れした免許なんて、財布に入れとかないだろう?」

「……それは、そうね……でもじゃあなに? あの怪物は、平成一〇年より前からこの村にいたってこと?」

「わからない。あんなのが平然と村を歩いてたとは考えたくないけど。この村はつい最近まで普通に人が暮らしてたっぽいし……」

「……共存してた……?」

「もしそうなら、俺は人間の方がよっぽど怖いよ」

「えと、それじゃあ……どっかの家が『あれ』を閉じ込めてたとか。でも何かの理由で村から人がいなくなって、外に出てきた」

「……あり得なくはないかな。古い家も多いし、中には座敷牢だってあるかもしれない」


 一枚の免許証をまじまじと見つめる空也と梓。


「住所……この辺りの人じゃなかったのね」

「山歩き目的だろうな。荷物もそうだったし」


 やがて夏奈が「ねえ。二人ともなに話してるの? 怖いよ」と不安げに呼び掛けてくる。晴斗も首をブンブン縦に振っていた。


「ちょっとよろしいですか? 大事なお話が」

 そこへ咲夜と京子である。

「ば、場所がわかり、ました……」


「嘘!? 眼鏡ちゃんやったじゃん!」


 そして京子が差し出してきたタブレットには、一枚のモノクロ写真が表示されていた。


 それは、とある村の交差点の景色。郷土史書の一ページをタブレットのカメラ機能で写したものだ。京子はこんな情報まで収集していたのだ。


 夏奈が思わず声を上げた

「あれ? ここじゃん――ほら。これって、そこのお地蔵さん」


 梓も続いた。

「ほんとね。同じ道」


 ようやく現在地がわかった。それはとても大切なことだ。これで帰る目途が立つかもしれない。


 だというのに、咲夜は伏し目がちだった。長いまつ毛が震えているようにも見えた。


 やがて意を決したように静かに告げる。

「大角村だそうです」

「え?」


「昭和の終わりに、ダムの底に沈んだ村」

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