寄り道の同類

 本屋で見つけた相羽梓は、まさしく美の化身だった。

 平積みにされたハイティーン向けのファッション雑誌――その表紙で首を傾げるクラスの美少女に、さしもの空也も足を止めた。


 ……まさか……ライトノベルの新刊を買いに来てこんなもの見つけてしまうとは……。


 空也の手にあるのは今日発刊されたばかりの異世界転移系ライトノベルだ。人気シリーズの五作目で、帯にはでかでかと『シリーズ累計八〇万部突破!!』とあった。


 女子高生向けのファッション雑誌など買ったことはないし、興味もない空也であったが、クラスメイトが表紙となると話は別だ。


「すげぇ」

 そう苦笑しながら思わず雑誌を手に取ってしまう。雑誌にはビニール紐が十字にかけられており、中を見ることはできない。まじまじと表紙を眺めただけだ。


 確か……お姉さんが雑誌の編集者なんだっけか……。


 相羽梓がファッションモデルとして活躍しているのは有名な話で、だからあの金髪も許されているのだろう。


 当の本人は『お姉ちゃんにいいようにこき使われてるだけよ。ギャラだって交通費ぐらいしか出ないんだから。ホントよ?』なんて空也の隣の席で笑っていたが、それにしても凄い色気だった。


 親指の先をかじりながら斜め四五度の角度で読者を見つめてくる抜群の美貌……気付けば空也は財布の中身を計算していた。大丈夫だ、追加で雑誌を買うお金は残っている。


 と――人の気配に視線を回したら、素朴な女子高生と目が合った。


 黒縁の眼鏡、黒髪を後ろで束ねただけの髪形、花の女子高生にあるまじきリュックサックスタイル……そのもっさりとした外見には見覚えがある。


 火乃宮京子。


 クラスの変わり者女子は、オカルト系雑誌を胸に抱きながら、いきなり空也に頭を下げた。

「あ、あ――すいません――」


 空也は、何のことだ……? と眉を寄せたが、すぐさま手にしたファッション雑誌に思い当たって言い訳を一つ。


「いや、凄いなぁって思ってさ。ははっ、たはは」


 口惜しいと思いながら、ファッション雑誌を元の場所に戻した。話題を変えようとしたら、八剣咲夜の美貌が頭に浮かんだので、ちょうどいいと思う。


「八剣さんには会いました?」

「え? え? い、いえ……会って、ませんけど……?」

「林間学校、よろしくお願いしますって。ほら、同じ班だから」

「あ、あ、なるほど。そうでしたね。わたしこそ、よろしくお願いします、です。はい」


 火乃宮京子は、空也と目を合わせることなく、ペコペコと何度か頭を下げた。


 空也は「とはいえ、ちょっと気が重くない? あのメンツは」と苦笑いだ。


「で、でもっ、班の人たちのことは別にしても、『あの研修センター』に二泊三日もできるのは嬉しくないですか?」


 京子の言葉に空也は「いや……」と喉を鳴らす。京子が何を意図してそんなことを言ったのかよくわからなかったのだ。


「ただの古い施設ですよね」


 すると、ブンブンと頭を横に振った京子。相変わらず目線を合わせないまま空也のそばまで近づき、「実はですね……」と右手を口元に寄せる。内緒話のジェスチャーだった。


「出るんですよ、あの辺り……」

「………………え?」


 ポカーンとした空也である。しかしすぐさま京子がオカルトマニアであることを思い出した。


「出るって……幽霊とか?」

「で、です。道中のトンネルは有名な心霊スポットですし、近くのダムには集落が沈んでたりで――」

「へえ、知らなかったな」

「な、なんかですね。集落の神社が半壊してるのを、ダム工事の人たちが見つけたっていう新聞記事もあったりして、結構いわく付きなんです」

「そう言われると、俺も気になってきました」

「い、今、あの辺りのことを調べててですね。変な昔話もありましたし――この際、ちゃんとした記事にしてネットに上げようかなって」

「そうか。オカルトサイトの管理人さんなんですっけ?」

「お、お恥ずかしながら。『ナコトちゃんねる』ってサイトなんですけど……」

「見たことありますよ。あれですよね、背景がピンク色の」

「えっ? ほ、ホントです? まさか見てもらってるんです?」

「そりゃあ俺も怖い話は嫌いじゃないし。すげぇ有名でしょう、ナコトちゃんねる」


 京子が運営するオカルトサイトを見たことがあるというのは本当だった。都市伝説やオーパーツ、未確認生命体――ライトノベル好きがそういうことに無関心でいられるわけがない。


「照れるなぁ。お、同じクラスに読者さんがいたなんて」


 圧倒的な情報量で人気サイトに登り詰めたナコトちゃんねる。その生みの親は、空也に褒められてくすぐったそうに身体をくねらせていた。


 苦笑いの空也が問う。

「じゃあ、『心霊スポットに行ってみた』のコーナーで、今回の林間学校を?」


「は、はい。研修センターにも赤い女の幽霊が出るって話があるんで。心霊写真とか撮れたら一番なんですけど」


 当たり前のように物騒なことを口にした京子。

 しかし空也は小さく笑っただけだった。


「うちの班はうるさくなりそうだし、そういうのが出た方が静かになっていいかもねぇ」


 そして、そんな空也の態度を京子は不思議に思ったのだろう。


「……神木さんは、幽霊とか大丈夫な人ですか?」


 首を傾げながら、どこにでもいそうな草食系男子をじっと見つめる。


 先ほどの空也の物言いは、心霊の類を信じていないというよりも、もっと泰然とした感じだった。例えば……熟練の禅僧が、幽霊など歯牙にもかけないような……。


 空也は少しだけ考えてから。

「どうだろう。実際にそういうのを見たことがないから、実物を前にして大丈夫かどうかはわからないけれど」


 やがて、ため息まじりに言うのだった。

「でも――今のところ俺は、幽霊よりも班のメンバーの方が怖いですね。何も起こらないわけがないと思うんです、あんな人たちが揃って」

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