第2話 二人の過去

 収穫がない状態では帰れない。ザットの懇願によって森での活動が延長された。運が良いのか、それとも悪いのか。大物と巡り合う事が出来ず、数だけをこなした。

 クルスの出番はなく、後方で案山子かかし役に徹した。

「これくらいあればいいか」

 ザットは適度に膨らんだ手持ちの袋を上下させる。肩に担ぐと一方に向かって歩き出した。

 僅かな違いを感じ取っているのか。迷いのない足取りで先頭をゆく。クルスは生欠伸で付いていった。その途上で木の実を見つけた。活き活きとした表情で両方の手の中に収める。

 小さな破裂音がした。ザットは足を止めた。やや腰を落とした姿で右斜め前の薄暗がりに目を凝らす。逆の方向から似たような音が響く。反響するかのように次々と音が重なった。

「なんでしょう」

 クルスは言いながら両手に握った木の実を親指で弾いていた。それは目にも留まらぬ速さで打ち出され、幹で弾けた。細い枝を圧し折った。

 ザットは後ろに振り返る。クルスの嬉々とした姿を目にして溜息を吐いた。

「暇なのはわかるが、自重してくれ。誰かに当たったら大変だ」

「よくわかりましたね」

「今までにないことが起きれば誰でも怪しむだろう」

「なるほど、今後は日常に紛れて実行することにします」

 底冷えのする笑みにザットは身震いを起こした。

「……勘弁してくれ」

 呟いて再び歩き始めた。

 前方に緋色の光が見えてきた。人々の声が聞こえる。車輪のような音が通り過ぎていった。

 二人は森を抜けた。石畳の道に出た。

「こっちだ」

 ザットは右手に曲がる。前方に粗野な印象を受ける石壁が見えた。跳ね橋が下りていて人々が門口かどぐちから出入りしていた。

 周囲にならって二人は中に入っていった。

 石造りの家々が雑然と詰め込まれていた。外壁に打ち付けられた木製の看板が店の種類を表していた。ジョッキの看板の建物からは賑やかな声が聞こえてきた。

 ザットは素通りした。無秩序に伸びる道の一本を足早に進む。

「ここだ」

 左手にある建物の扉を開けた。クルスは入る間際、看板に目を向けた。剣と盾が描かれていた。

 店内は賑わっていた。屈強な者達が壁に掛けてあった武器を手に取り、感触を確かめている。別の棚には篭手こて投擲とうてき用の武器が置いてあった。鎧や具足の品揃えも悪くない。

 ザットは羨むような目をして奥へと向かう。突き当たりのカウンターに担いでいた袋をどさりと置いた。

 短剣の鑑定をしていた禿頭の男が顔を向けた。

「今日はこれを買い取って貰いたい」

「中身はなんだ?」

 男は値踏みするような目を向けてきた。ザットは軽い笑いで返す。

「牙や爪の素材だ」

 男は袋の結び目を解いて中を見た。

「ただの野犬狩りか」

「中には大物も混ざっている。よく見てくれ」

「大した値にはならんよ。銅貨三枚ってところだ」

 ザットが目を剥く。カウンターを拳で叩き、顔を突き出した。

「ふざけるな。足元を見るのも大概にしろよ」

「この安っぽい杖は役に立つのでしょうか」

 クルスは壁に掛けてあった大ぶりの杖を手にした。先端には魔力を増幅する石が仕込まれていて子供の頭部くらいの大きさがあった。

 男はザットを手で押し退けた。怒りを込めた目でクルスに言い放つ。

「あんたの目は節穴なのか。魔力の増幅は言うまでもない。鈍器としての破壊力も保証付きの一級品だ、それは」

「本当ですか。とても脆そうで実戦には不向きに思えます」

「そんな訳があるか! 言い掛かりにも程があるぞ!」

 男の怒鳴り声に周囲の者達がクルスに注目した。

「そうですか?」

 クルスは杖の先端を自身の掌に打ち付ける。何回か試していると耳を塞ぎたくなるような高い音がした。

「あら、折れてしまいました」

「そ、そんな、馬鹿な……」

 俄かに周囲がざわつく。手にした剣を壁に戻す者までいた。

「このような粗悪な物を売る店は看過できません。被害が広がる前に他の人々にも教えてあげましょう」

「あ、ああ、わかった! それは不良品だ。店の者が間違えたんだな、きっと」

「そうなのですか」

「そう、そうとしか考えられん! だから待ってくれ」

 男は泣き笑いの表情で頭を下げた。耳を真っ赤にして震えている。

「人である限り、誰もが間違いを起こします。査定にも同じことが言えます」

「そ、そうだ。もちろんだ、銅貨三枚のはずがない!」

 ガバッと頭を上げた男は卑屈な笑みで同意した。

 クルスは満足げな笑みを浮かべた。


 二人は揃って店を出た。人影のない道を歩いてゆく。

 ザットは苦笑いで手の中の金貨を眺めた。

「桁外れな力だな。おかげで銅貨が金貨に化けたからいいが」

「日常に紛れて実行してみました。あなたの言葉が早速、役に立ちましたね」

「クルスにしか出来ないよ、あんなこと。でも、ありがとう」

「どういたしまして」

 二人は笑みを交わした。

 中心街から離れたところにザットの家はあった。他よりも小さく、石組みの甘さで隙間が空いていた。

「屋根付きの野宿ですね」

「俺の手作りだが、そこまで酷くはないぞ」

 木製の扉を開けてクルスを招き入れた。

 中は薄暗い。ザットは森の時のように機敏に動いた。カンテラに火を点けると天井から吊り下げる。

 揺らめく光の中に室内の状態がぼんやりと浮き上がる。壁際には雑然と物が置かれていた。テーブルや家具は見当たらず、窓もなかった。一つだけ、ベッドがあった。机と椅子を兼ね備えているようだった。

「あなたはどこに寝るつもりですか」

「まだベッドを貸すとは言ってないのだが」

 クルスの笑顔に気圧され、軽い夕飯の後、ザットは寝袋に入って寝る事になった。

 カンテラの微妙に揺れる火を二人は黙って見詰めている。先に口を開いたのはザットであった。

「……何者なんだ?」

「私は一つの魔法しか使えない、ただの人ですよ」

 仰向けの姿勢で答えた。

「その異常な力は?」

「一つしか魔法が使えない私には身を守る術がありませんでした。そこで鍛えました」

 全てに答えたという風に口を閉ざす。

 ザットは驚きの表情でクルスを見た。

「それだけなのか?」

「それだけです。あなたはどうして独りで行動しているのですか」

 逆に切り返された。ザットは沈んだ目を天井に向けた。

「……俺は身勝手な行動で仲間を失った。だから独りで行動すると決めたんだ」

「罪滅ぼしで命を投げ出すつもりですか」

「最初はそのつもりだった。だが、死ねなかった。急に怖くなったんだ……」

 少しの間が空いた。ザットは横目をやる。クルスは目を開けた状態でカンテラの火を見ていた。

「クルスはどうして俺に付いてきたんだ?」

「中途半端に強いからです。無敵の強さは私の存在価値がなくなります。弱すぎるとすぐに命を落としてしまいます。あなたくらいが程良いのです」

SPサドポイントの為か」

「もちろんです。溜めている時の高揚感。魔法の発動に伴う、脳髄を貫く歓喜は、もう言葉になりません」

 語尾が震える。乙女のように頬を染めていた。

「頼もしいやら、恐ろしいやら」

「明日もがんばって半殺しにされてくださいね」

「恐ろしい方だな、これは」

 カンテラの燃料が切れて二人に穏やかな夜が訪れた。

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