三人のこどもたちは③



 ニアからの手紙を受け取ったのは、夕食会で倒れた日の翌朝だった。

 繊細な薔薇の絵が描かれた封筒には、美しい文字でフレイヤの名が記してある。中には体調を気遣う言葉とともに、良かったら午後のお茶会に来て欲しいとあった。

 昨夜はあれからあまり熟睡はできなかったが、具合はだいぶ良い。ふらつきもないし、お茶会に出るのも気分転換になるだろう。

 それにニアとも話してみたい。彼女との会話はなかなか楽しそうだ。

 この国へ来た目的へ近づく情報が得られるか、と問われると疑問だがどこで何が得られるかはわからないものだ。

 急いでニアへの手紙を書くと、フレイヤは至急届けて欲しいとミリアに預けた。


 ***


(なかなかうまくはいかないものね……)

 ティーカップに唇をつけ、フレイヤは香りの良い異国の茶を口に含む。嘆息したくなるのを必死に抑え、愛想笑いを時々顔に張り付けて早半刻。相槌を打つことも段々と億劫になってきている。

 ニアに誘われたお茶会には、ネーベル王国の貴族令嬢が五人程とリュカとスイが招かれていた。ニアが言うには第二王子のルースと第三王子のセイは誘ったものの、それぞれ私用や仕事で来れなくなってしまったらしいとの事だ。

 「らしい」という曖昧な言葉とニアの呆れたような物言いから、どうやら二人は上手に逃げ仰せた、と捉えて間違いない。逃げ遅れたと考えられるリュカとスイのみがニアに連れられて、各々思うところはあれど参加した、と言ったところか。

 リュカとスイ、ニアを中心に五人の令嬢たちがやや離れた所で輪を作っていた。フレイヤは一歩離れてそれを先程からほぼほぼ傍観している状態だ。

 昨日のことがあってか、スイが視線に入った時は戸惑ったが、それもすぐに霧散してしまった。

「私、驚いてしまいましたわ! だって考えられませんもの」

「全くですわね!私にも到底理解出来ません! そう思いませんか? リュカ殿下?」

 原因は明確で、それはお茶会が始まってから現在まで延々と繰り広げられる五人の令嬢のやりとりたたかいだということはフレイヤもよくわかっている。兎にも角にも凄まじいそれは、まるで音を立てずに燃え広がる炎のようだ。

 お互いを褒め称える会話の中に見事に自己の主張を盛り込んでくる腕前は職人技だと思う。勿論彼女らは、他と自分との差異アピールも忘れない。

 それらの全てはリュカとスイへと全力で向けられている。それらに対してはじめは穏やかに微笑んで受け答えしていた彼らも、あまりの勢いに今ではありありとその顔に疲労の色が浮かんでいた。無理もない。

 押され気味になりつつある二人とは対照的に、ニアは顔色一つ変えずに微笑みながら会話が成立するようサポートしている。出過ぎず、かつ場の雰囲気を壊させない抑制力を持つ彼女の手腕には感嘆の言葉しかでなかったが、来て早々に帰宅したい気持ちにはなってしまった。

 当初想像してたようなニアと個人的に話す余裕など、微塵もない。正直、令嬢たちとの会話が全くもってつまらない訳でもなかったが、無理をして今日ここに参加することも無かったというのがフレイヤの抱いた素直な感想だった。

 つと王子二人とニアが席を立つ。どうやらそれぞれ仕事に戻らねばならない時間がきたようだ。

「すみませんが、私は戻らねばなりませんので、これにて」

「僕も残ってる仕事がありますので失礼致します」

「あら、それは残念ね。でも実は私もこれからやらなければならない事が出来てしまったの。ですから失礼致しますわ。皆さんごゆっくりしていって」

 三人はそれぞれそう告げると、礼をする。

「本当に残念ですわ。是非またご一緒させてください」

「ええ、その時は私も。有意義な時間を過ごせて今日は楽しかったですわ」

 令嬢達は口々に名残を惜しむ言葉と次回への繋ぎを言葉にし別れの挨拶を告げる。

 何かフレイヤも言葉をとは思ったが、「また」というのはおこがましい気がした。それに「貴族令嬢のフレイヤ」としてこの国にいられるのはあと半月程。そもそも機会としてあるかどうかも不明である。

 仕方なく曖昧な笑顔を浮かべながらそれらに同調するように頷くことしか出来なかった。

 別れの挨拶を終え、背を向けて去っていく三人の背中を見送る。

 スイは何も言ってこなかった。当然、こんな場所で何かを言える訳ではないだろうが、一度も視線が合うことさえもなかった。

 別に昨夜の事を改めて謝って欲しいわけでもなければ、気にかけて欲しい訳でもない。

 しかし昨日のお礼をまだフレイヤは伝えてない。言い逸れている。

(二人で話せないかしら……)

 別にスイが気になる訳では無い。ただお礼はきちんとしなければならない、それだけだ。

 目も合わせてくれなかったスイを思い出すと胸が痛むのも、きっと気の所為だ。

「ところで、フレイヤ様は何をされに我が国へいらしたんですの?」

 ふと、残った令嬢達の一人、ルビィと名乗ったガーランド侯爵の長女がフレイヤに話を振る。

 どうやら色々と考えていた間に残った令嬢達の興味が自分に移ったらしかった。

 その問いにフレイヤは曖昧に微笑んで、適切な応えを探す。

「主に魔石を利用した道具の研究開発の視察です。私の国ではまだそのような道具の普及がされてない地域が多くて」

 ライルに「周りにはそう言っておくように」と与えられた、フレイヤの入国理由はあながち間違っている訳では無い。ただそれが主なものではないだけだ。魔石研究の視察も兼ねてはいるし、グリューケン王国の農村部ではまだ高価な魔石を使った道具を買えない家庭が多いという課題を持っているのも本当のことである。

「まあ……フレイヤ様のようなご身分の方がそちらの国ではそんなことを?」

「女性が、随分ご活躍なさるのねぇ」

 唇の端を上げて、意味深な笑みを浮かべる令嬢達に好意的な感情は感じられなかった。居心地の悪い雰囲気になってきていることは、明らかそうだ。

「やだわ、シリル様。失礼ですわよ。もしかして、フレイヤ様の国では、貴族の子女がそうせざるを得ないやんごとなきご事情があるのかもしれませんし。ねえ?フレイヤ様?」

「ええ、まあ……」

 失礼と言いつつ、後半はとてもフォローしているようには聞こえない物言いだ。

「あら、でもルビィ様、こちらではあまり無いことですから」

「そうですわね。この国では何処かのご子息位かしら?」

 暗にそれはニアのことを言っているのだろう。くすくすと口元を抑え、下卑た笑みを浮かべる令嬢達に流石のフレイヤも気分が悪くなってきた。

 フレイヤだけならまだしも、お茶会に招いてくれたニアにまで、いなくなった途端悪く言うのは頂けない。

「でも手に入れられない方が多いというのも、お可哀想に。余程フレイヤ様のお国は貧しくて大変なのね。私たちの国で多くの事を学んでお早めにご帰国なさった方が宜しいんじゃなくて?」

「……はい。沢山学ばせて頂きます」

 態とらしい笑顔を向けなんとも答え難い物言いを続ける令嬢に、もう笑うしかない。

「ルビィ様もっとお優しくしてあげないと、フレイヤ様が明日にも帰ってしまいますわよ?」

「あら、それは両国民が大喜びしますわ!」

 悔しい、情けないという気さえ起きない。仕方の無い人達だなという気持ちしか抱けなかった。

「私、そろそろお暇させて頂きます。本日はありがとうございました」

 礼をして、フレイヤは席を立つ。

 庭園は整えられていて、大変美しい。しかし楽しむには、もう少し静かな方が良い。

 薔薇園が奥にあると小耳に挟んだ。そこへ行ってみるのも良いだろう。

 後ろから令嬢達の笑い声が聞こえる。王女になってからもうだいぶ経つのに、フレイヤは未だこのような社交の場に慣れる事ができないでいた。


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