鈴麗競(りんれいきょう)という謎の女の争い ver2.0



 中国のとある王朝の時代において、このような些細な事件が起こり、民衆に潤いを与えたという。


 些細な事件とは、その王国の丞相を巡る女の争いである。


 その丞相の名は、白秋はくしゅう。若くして出世街道を歩んでいた眉目秀麗の青年であった。


 そんな白秋に恋心を抱いた女が二人いた。


 りんれいという、その王朝の皇帝の二人の娘であった。


 鈴と麗は、白秋の取り合いは最初は穏やかであった。


 だが、段々と過激になっていき、二人が殺し合い、あるいは、暗殺をするのではないかと、そんな状況になっていった。


 さすがにそれでは不味いと思った皇帝は二人の娘を呼び出してこう告げたのである。


『取り合いではなく、勝負で決めれば良い。その勝敗を決めるのは、もちろん白秋であり、白秋を心ときめかせた者を勝者とする女の魅力をかけた女の争いである』


 そうして、皇帝は数千の臣下達が見守る中、鈴と麗に白秋を賭けた勝負をさせたのであった。


 これは後の世に『鈴麗競りんれいきょう』に名付けられる事となった女同士の一人の男をかけた戦い方である




         ~ 民滅書房『中国の裏歴史 虚構の裏にある真実』 より ~




「鈴麗競? 何それ? 初めて聞くんですけど。っていうか、民滅書房って何? 民明書房だったら、どこかで聞いた事があるんだけど、民滅書房は初耳なんだけど」


 モブ子と千宮院蘭に提案した勝負について万次郎が提案した『鈴麗競』とやらの内容を聞いて、僕は何がなんだか分からなくなった。


 鈴麗競なんて本当に存在する戦い方なの?


 ただの創作じゃないの?


「古来より伝わる戦い方と俺は聞いている。間違いはないだろう!」


 万次郎は自信満々の様子でそう言い切った。


 鈴麗競とやらがあるかどうかは今はあまり問題ではないか。


 憂慮すべきは、僕を賭けた勝負が勝手に勃発した上に、二人とも僕を人扱いしていない事だ。


 モブ子には『雑兵』呼ばわりされるし、千宮院蘭には『子種』扱いされるし。


「お兄様、鈴麗競とはどのようなものなのです?」


 モブ子よ。


 僕の事を『兄じゃ』ではなく、『お兄様』と呼ぶようになれば勝たせてあげてもいいんだよ?


「悩殺するような衣装で男をその気にさせる事によって勝敗を決めたと俺は聞いておる」


 どこで聞いたんだよ、万次郎。


「心ときめくとは、煩悩を揺さぶるという事なのでしょうか?」


 と、千宮院蘭が真顔で訊ねる。


 二人はどうやらこの勝負を受けて立つ気でいるようだ。


「それを決めるのは、兄じゃじゃ。兄じゃが『ときめいた!』と言えば勝負はそこで決するのであろうな」


 万次郎がこれでいいだろうと言いたげに僕に視線を投げかけてくる。


 ときめくとか言われてもな。


 今更、僕がモブ子にときめいたりするか?


 しないだろう、きっと。


 僕の事をモブ程度にしか思っていないモブ子にだよ?


 それに、千宮院蘭に僕がときめいたいりするか?


 しないだろう、きっと。


 僕の事を精子程度にしか思っていない千宮院蘭にだよ?


「基準は好きにしていいよ」


 だから、僕はそう簡単にはときめいたりはしない。


 特にこの二人に関しては。


「ならば、明日の夜、鈴麗競を行うものとする!! それで良いか、兄じゃ?」


 万次郎が同意を求めてきた。


 僕は蚊帳の外状態なので、この三人に従うしかなさそうだ。


「まあ、いいけど」


「ならば」


 万次郎がこれで決定だと言おうとしたところに、


「しかし、不公平と言わざるを得ません」


 と、千宮院蘭が口を挟んできた。


「なんだ、小娘?」


「この勝負は不公平と言わざるを得ません。恋人である明神輝里さんと勝負するのは、最初から勝敗が決まっている試合と言っても過言ではありません」


「兄じゃが?! キラと恋人関係だと?!」


「ちが……」


「誤解よ、誤解」


 僕の言葉を遮るようにしてモブ子が否定した。


「ただ一つ屋根の下で暮らしているというだけであって、そういった関係は一切ないの。なので、安心して、千宮院さん」


「そうであったとしても、アンフェアであることには変わり有りません。近くにいればいるほど、その方の嗜好が分かるというものです。そのため、輝里さんが優勢である事に揺るがないでしょう」


「この雑兵はモブ顔にしては珍しく美少女趣味ではなく、熟女好きとだけ言っておくわね。そういう傾向があったもの、隠し持っていたエッチな本に」


「……はい?」


 またさらりと酷い事を言われている。


 けれども、なんで僕が熟女好きなんだ?


 僕、そんな趣味あったっけ?


「……奸計ではないでしょうか? 私を屠るための」


「千宮院さんなら、もう調査済みだと思うけれども、この人、懸賞金でお小遣いを稼いでいるの」


 探偵か何かに依頼をして、僕を調査しているっていう事なのかな?


「ええ、当然です。千宮院家が関わって良いか、一応は調査しております。その調査では、輝里さんの言う通り、注意書き入りで懸賞金の事が書かれていました」


「私がこの家に来た頃、この雑兵の部屋の机の上に懸賞金についての書類が雑然と置かれていたの。それで気になって、兄じゃの部屋を家捜しした事があるの」


 ん?


 いつの話だ?


「というか、勝手に僕の部屋を物色したの?!」


「ええ。兄じゃが例の借金返済で飛び回っていた頃よ。覚えてはいない? 私が部屋で寝ていたのを。他に懸賞金の書類などを見つけて、どういう事か問い詰めようかと思って、兄じゃが帰ってくるのを部屋で待っていたら寝てしまったのよね。その際、数十冊のエッチな本も発見しているの。十冊以上、熟女系のエッチな本だったわね」


「いやいや、あれは僕のじゃない!! あれは、同級生のひかる君が拾ってきたので保管しておいて! とか言っておいてあったのだよ!」


 ひかる君!


 今度、誤解を解いてもらうからな!!


「ふ~ん」


「……」


 モブ子と千宮院蘭が僕に疑惑の視線を送ってくる。


「僕はさ、熟女なんかじゃなくて! 熟女じゃなくて、普通に年の近い女の子の方が好きなんだよ!! おっぱいとか大きい方が好きだし!! いやいや!! おっぱいがなくても可愛い女の子だって好きだし! でも、お尻とかもきゅっとしているとついつい見ちゃうし! 腰がくびれていたり、お腹にお肉があったって好きだし!! 同年代くらいの女の子だったら、誰だって好きなんだよ!! そう! 僕は熟女じゃなくて、年の近い女の子が好きなんだって!!!! 分かってよ!!」


 は?!


 強く否定しようとするあまり絶叫するかのように大声を出していた。


 モブ子と千宮院蘭の視線が疑惑の色がすっかり抜けていて、白い目になっていた。


「……ええと、おっぱい好きなのですね」


 千宮院蘭が白い目で僕を見ながら、口元だけは笑って言う。


「胸しか興味がない阿呆のようね」


 白い目で睨み付けながら、ため息を吐いた後、吐き捨てるように言う。


「兄じゃはおっぱい好きなのか! 男じゃのう!!」


 止めは万次郎だった。


 そんなこんなで、鈴麗競は明日の夜行われる事になった。


 後日、分かった事だが、止めは万次郎ではなかったんだ。


 僕の声は近所に響き渡っており、おっぱい好きだという話と、恋人二人に『子作り』を迫っていたとの話が一気に広まってしまい、僕の事を話す際に『ああ、おっぱい好きの』『ああ、子作りがしたい桑原さんの家の息子さん』などと言われるようになってしまったんだ。


 もうどうにでもなれ……。


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