乙女の対決 ver2.0
「つまり、僕はあなたの種馬と」
「いえ、種馬などではありません」
千宮院蘭は僕の目をしかと見つめたまま、そう断言した。
「あなた様は千宮院家の未来を決める方なのです」
「未来? 僕が? どうやって?」
「千年以上も続く千宮院家にはこのような家訓があります。『己の第六感が思うがままに伴侶を求めよ。さすれば千宮院家に輝ける未来が与えられん』と。ですので、私と子作りしてください!」
「いきなりそう言われても無理だって!」
「いいえ、子作りしていただくまではここを離れません」
「いやいや、ここで子作りしたら、警察沙汰になるから無理だって!」
「でしたら、ここじゃなければよろしいのですね? 高級ホテルで一夜と言わず、子供ができるまで宿泊しましょう」
瞳のハートマークがさらに大きくなったように僕には思えてきた。
「あなたとの子作りは辞退します」
「何故ですか? 何故なのですか?」
僕の今の発言が不服だったのか、瞳のハートマークがちょろっとしぼんだように見えた。
「なんかよく分からない小娘から『あなたと子作りしたい』とか言われて、『奇遇ですね。僕もあなたの子供が欲しいと思ったので子作りしましょう』とか即答するはずないでしょ?」
普通に愛の告白とかで、ある程度分かってきた頃合いにそのような事を言われるならまだ分かる。
いや、それでもおかしいとは思うはずだが、多少は納得できそうだ。
だけど、この話はない。
ないというか、あり得ない。
その場でファックでは、動物じゃないか。
「もちろん、無料奉仕でとは言いません。千宮院家なりの待遇をもってあなた様の同意を得たいと考えています」
「待遇? どんな?」
ちょっとやそっとの揺さぶりじゃ僕は揺るがないよ。
「まずは前金として一億円。そして、子供ができたら、お祝い金としてさらに一億円。将来は、千宮院家の推薦で有名企業に就職を斡旋することもできます。それでも不満があるようでしたら、さらに上の好待遇を約束しても構いません」
「分かりました。詳しく話を聞きましょう」
合計で二億円か。
僕は決してお金に転んだわけじゃなくて、多少なりとも興味が出て来ただけなんだ。
決してお金に目がくらんだわけではないんだぞ。
「兄じゃはやっぱり小物ね。雑兵同然の顔がそう物語っていたのだけど、お金を提示されただけで転ぶだなんて、存在そのものが雑兵なのが明確になったわね」
玄関のドアが開くなり、ドアの隙間から颯爽と登場するなり、僕の事を完全に見下しきったような目で見つめてきた。
それは汚物か何かを見るような眼差しで、そんな目で射られては冷や汗が流れてきそうではあった。
「あら、輝里さん」
モブ子を見て、千宮院蘭がほんわかとした笑みを浮かべる。
「ええと、黒磯真紀子さん? いえ、千宮院蘭さんと呼んだ方がいいの?」
「お好きなように」
「兄じゃが出て行ったきり帰ってこないものだから見に来たら、奇妙な話をしていたので聞いてしまっていたの、ごめんなさいね」
「そうでしたか」
「好きなように呼んでいいようなら、泥棒猫さんと呼ばせてもらうわね」
「ふふっ、それは面白い名前ね」
「愚かなる兄じゃをたぶらかさないで。兄じゃの頭が弱いのが悪いのだけど」
モブ子が敵対心が込められた笑みを向けるも、千宮院蘭は朗らかな笑みで受け流す。
何故そこまで対抗心を燃やすのか、モブ子よ。
僕はお金で動いたりしていないぞ、たぶん。
「って、俺の頭が弱いとかさらりと酷いことを口にしているよね、モブ子は!」
「えっ? 気づいていなかったの? まさか……ね?」
自覚がなかったの? と驚いた表情をモブ子が僕に向けてくる。
「お金はあった方がいいし、ないと困るものだし、まあ、それならいいかなと……」
「そういうのをお金に目がくらんだというの。兄じゃ、分かる?」
「そ、そっか……」
僕は誤魔化し笑いをモブ子に見せた。
でも、二億円は魅力的だと思うんだけど。
モブ子は深いため息を吐いた後、再び千宮院蘭と対面した。
「輝里さんの真意が理解できました」
千宮院蘭は屈託のない笑みで、敵対心を隠しもしないモブ子と向き合う。
「どう理解できたの?」
「輝里さんも桑原光臣さんの子供が欲しいのですね。ですから、愛人でも、遊び相手でも、夜だけのお相手でも構わないと思っている私を退けたいのですね」
「えっ?! そうなの?!」
僕、もしかして貞操の危機にあったの?!
その真意を確認するようにモブ子を見やると、
「ちちちち、違うわよ!!」
耳まで真っ赤にさせて狼狽えたような表情をしながらも、そう声を荒げた。
図星だったのかな?
だから、焦っているのかな?
「恋人としては当然の欲求かもしれませんが、独占欲が激しすぎるのは考え物ですね、輝里さん。浮気を見過ごすだけでお金が懐に入るのですから悪い話では無いと思うのですが……」
そう言いながらも笑みを絶やさない千宮院蘭がさらに口を開こうとしていたとき、玄関のドアがバンという音と共に開いた。
「話は全て聞かせてもらった!!」
万次郎が豪快に家の中から出て来て、
「ならば、お二方! 兄じゃの子供が欲しいのならば対決するほかあるまい! 野生の世界ではそれが常識である!!」
え?
僕を賭けて対決?
僕の意思はそっちのけで、どうしてそうなるかな。
「変に煽らないでよ、万次郎!」
そんな展開はさせまいと僕が声を張り上げるも、
万次郎は良い方向に持っていっただろうと言いたげに、右手の親指を掲げて、僕に見せつけてくる。
「私は構いませんよ。勝負は受けて立つことにしています」
と、笑みを絶やさずに千宮院蘭。
「こんな雑兵なんてどうでもいいけど、あなたが気にくわないので、その勝負受けて立つわ」
僕を指さして、千宮院蘭に睨みを利かせつつ言うモブ子。
あのう……。
僕の意思とか、そんなものは関係ないんですか?
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