十本語騒動 その6 忘れた約束は、何かのきっかけで思い出すものだよね ver2.0



「廃ビルの中にいるのは、モブ子と六人だけか」


 モブ子達の気配が廃ビルの四階の広いフロアからしていた。


 近くに伏兵などがいないかもサーチの能力であらかた調べてみたが、それらしき人物の気配を察知することはできなかった。


 敵はどうやら僕に電話をかけてきた男だけのようだ。


 男がいる場所を透視してみると、送られてきた画像では制服姿だった少女達が下着姿になっていた。


 しかも、意識を失っているようで、置かれている状況が最悪だというのに少女達は身じろぎしようともしていなかった。


 モブ子はというと、制服をまだ着た姿で男の傍の床に縛られて転がっていた。


 意識はあるのようで、不安そうな顔をして床をじっと見つめていた。


 男を見ようとしないのは、視線を合わせただけで危害を加えられる可能性があるからなのだろうか。


 そして、僕に電話してきたであろう男は、五人の少女から剥いだであろう学校の制服を手にしていて、恍惚とした表情をして、何やらぶつくさ言っていた。


 思った通り、ただの変質者だったようだ。


「この様子なら直接乗り込むか」


 行くまでにトラップが仕掛けられていたりする可能性は低そうだが、あそこに行くまでに数分、下手したら十数分かかる。


 だが、ほんの数分の間にモブ子に貞操の危機が訪れる可能性だってあるのだから、瞬間移動でいきなり乗り込む方が良さげだ。


「行こう」


 僕はそう決断するなり、モブ子がいる四階のフロアに超能力で飛んだ。


「……」


 コンクリートの床しか見えない、取り壊し直前の廃ビルといった様相だった。


 そのフロアの中央に五人の少女達が雑然と転がされていた。


 本人達に興味などないのか、縄で縛った後、放り投げたという様子でいたわりだとか優しさだとかは何ら感じなかった。


 どの子も意識を失っているようで目を閉じていて、身体を動かそうともしてはいなかった。


 そんな少女の達のさらに向こう側にモブ子の姿があった。


 他の少女達同様に床に寝転がされていたのだが……


「え?」


 声を出しそうになるのを手で抑えてなんとか堪えた。


 今さっき透視したときには制服を着ていたはずだった。


 だが、ほんの数分、数十秒の間に上半身が下着姿になっていた。


 どういう事なので?


「……ッ」


 そんなモブ子が僕の存在に気づいてか、ちらりと僕を見るもすぐに目をそらした。


 ちょっと頬が赤くなったのは、やはり下着姿を見られているからなのだろうか。


 上半身が下着姿になっているモブ子を凝視するのは悪いと思って、そんなモブ子の先にいる男を見やった。


 男は握りしめている少女達のか、モブ子のか分からない制服を見つめて、表情を愉悦に歪ませていた。


 当然、僕が来た事に気づいてはいなかった。


「お楽しみのところ悪いんだけど」


 僕はすっと前に出て、男との距離を縮める。


 さっさと片付けて、モブ子と五人の少女達を救わないと。


 モブ子の恥ずかしい姿をさらしものにさせ続けるワケにはいかないし。


「見つかっただと? 想定外だ」


 男の表情に変化は見られず、手にしている制服に魅入っていた。


「さて、モブ子を返してもらうよ」


 いつも通りサイコキネシスを発動させようとした時であった。


「残念なお知らせをしなければならない。私は強化系なのだよ」


 男はそう言うなり、何を思ったのか握りしめていた制服に顔をうずくめた。


「は?」


 僕は呆気にとられてしまって、超能力を発動させるのを途中で止めてしまった。


 やはり、あれだ。


 変態が相手だと僕の常識が通用しない。


 強化系とか意味不明な事を口走っていたし、メルヘン世界の住人とかそんな感じなのかな、この男は。


「エクセレント!! やはり少女の脇汁の香りはそんじょそこいらの香水よりも素敵な香りだ! そう! こんなにも私の筋肉が歓喜するほどに!! 脇汁の香りは私の筋肉に必要な媒体なのだよ!! ふははっ、どうだ! 膨れ上がるこの筋肉は!! これが少女の脇汁との融合!! 少女の脇汁との合体技である!!」


 なんだ、これ?


 男の筋肉が急に盛り上がってきたというべきか、身体が筋肉質になっていくかのように一瞬にしてマッチョな体格になった。


 どうやらタダの変態さんじゃなかったようだ。


 ほんのちょっぴり警戒しないと。


「しかし、五人分で筋肉の量が四十パーセントまでしか上がらないとは。私を心の底から満足させるだけの芳香ではなかったのだな」


 男は制服から顔を離して、また握りしめる。


「ああ、自己紹介がまだだったな。私はカリスマソムリエの山蔵だ。少女の衣服に染みこんだ体液、主に脇汁であるが、その臭いを嗅ぐ事により筋肉操作が可能な体質を持つソムリエである」


「……はぁ」


「安心しろ。少女そのものには興味などないので、危害を加える気などさらさらない。私の目的はあくまでも少女の体液が染みこんだ衣服だ! 特に学校の制服が好物である! 制服という宝物に、究極の脇汁が染みこんだ時、それは国宝となるのだ! それさえあれば、私は何も必要としないのである!! 脇汁が染みこんだ制服は私の世界そのものだ!!」


 どうしようもない変態じゃないか。


 でも、モブ子や他の少女達に手を出していないようでホッとした。


 傷でも付けていようものなら、タダじゃ済まさなかったけどね。


「さっさと終わらせよう」


 サイコキネシスを再度を発動させる準備をしつつ、相手の出方を窺う。


 十本語とかいう『自称生まれ変わり狩り』を理由に好き勝手やりたいだけの連中の、こんな茶番に付き合うのにはうんざりしてきているし。


 もう一秒でも早く、阿呆達の饗宴のような騒動を終幕させたい。


「少女達の脇汁に守られし、私の肉体を崇めよ!」


 僕に向かって、山蔵が拳を振り上げて突進してくる


「ふごっ?!」


 ため息を一つ吐いて、僕はサイコキネシスをそんな山蔵に直撃させた。


 筋肉が四十パーセントくらい増えた程度で筋肉量に比例するようにして防御力も上がっているはずもなく、山蔵はフロアの端の方まで飛んでいって、壁に激突して呆気なく沈んだ。


「……さて、モブ子を解放して帰ろうか」


 山蔵からモブ子へと視線を移す。


 猿ぐつわなどをはめられているワケではないので喋ろうと思えば喋るはずなのだけど、僕の視線を察していてもモブ子は顔を逸らすばかりで何も言おうとはしていなかった。


 顔が赤いし、下着姿を見られているのがやはり堪えているのかもしれない。


「そんな姿のままじゃ寒いでしょ。ちょっと待っててね。あ、大丈夫だよ、素肌には触れないから」


 直接触れたりしたら、セクハラだなんだと言われ兼ねない。


 僕は超能力を発動させて、モブ子の縄を解いた。


「……」


 モブ子は解放されても、何も言わずにムスッとして僕から顔を背けたままだ。


 僕もなんとなく気まずくなって、モブ子から目をそらす。


 ちらりと横目でモブ子を見やると、腕やお腹の辺りに縄の後がしっかりと残ってしまっていた。


 汗の染みこんだ制服以外に興味がないからなのか、中身の女の子に気を配ったりはしていなかったのだろう。きつく縛っていたのかもしれない。


「……痛くなかったのか? 縄の跡が付いているし」


「ええ、凄く」


「……そうか。そりゃ災難だったな。いや、大変……そうじゃなくて、僕がもう早く来ていれば、そんな姿にならずに……」


 そして、素直に謝ろうかと思っていた時に、


「すごいゾォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!」


 フロア全体に響き渡るほどの咆哮に似た叫びが上がった。


「何?」


 叫び声を上げたのは、山蔵以外にはいなかった。


 倒れていたはずの山蔵が立ち上がり、何かで顔を覆っていた。


「力がみなぎってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!! これが!! これが!! 私を呼び覚ますううううううううううううううううううう!!」


 目をこらしてみると、山蔵は制服を顔にかぶせるようにして嗅いでいるようだった。


 何をやっているんだ、この人は?


「ふふふっ! ふはははっ!! どうだ? この力、凄いよ、凄すぎるよ!! エェェェェェェェェェェェェェェェェェェクセレントォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


 発狂でもしちゃったのかな?


「百パーセントだ」


「は?」


「筋肉操作で百パーセントまで行くとは凄いよ、凄すぎるよ、この匂い! 天国にまで行ってしまいそうなほどの香りだ。そう……この香りを私は『ヘブンズゲート』と呼ぼう。そう……この香りを嗅いだものは、天使に連れられて天国にまで行きそうな勢いのある至高……究極……いや、神の領域の香りだ!」


「はいはい」


 言われてみれば、さっきよりも筋肉の量が数倍は増加していて、マッチョというよりも筋肉の塊といった外見になっていた。


 これが筋肉操作百パーセントなのかな?


「ふふっ、悔しいか、悔しかろう。お前の恋人である明神輝里の脇汁の香りで私は百パーセントまで引き出せたのだ。そう、お前の恋人……いや、お前の恋人の脇汁を寝取る事で私は最強になれたのだ」


「いや、恋人でもないし」


 嗅いだのは、モブ子の制服なのか? もしかして……。


 それでここまでなったというの?


「お前の恋人の脇汁は私が寝取った!! 土下座して許しを請えば、返してやってもよいぞ、お前の恋人の脇汁を!!」


「……土下座?」


 昔、誰かと土下座に関する約束をしていたような……。


 えっと、いつ、誰とだっけ?


 僕は腕組みをして、過去を回想する。


 いつ、誰と?


「さあ、恋人の脇汁の前にひれ伏せ!」


 ものすごい速さで僕へと山蔵が迫ってくるけど、僕はそれどころではなかった。


「ちょっと黙ってて」


 サイコキネシスを発動させて、またしても山蔵を弾き飛ばす。


 これで終わらない可能性もあったので壁に激突した後もサイコキネシスで白目をむいて気絶するまで圧迫を加えていた。


 泡も吹いたし、終わったかな。


「……そうか、モブ子と裸土下座の約束をしていたんだった」


 そうだ。


 そうだった。


 僕はモブ子と賭けをしていたんだ。


 焼き土下座と裸土下座を賭けて。



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