十本語騒動 その5 ver2.0


 万次郎は牧田さんを落ち着かせた後、


「君に涙は似合わない」


 などというキザな台詞を言うなり、再び立ったまま気絶してしまったので大変な事になった。


 体力の限界な上、骨が数本折れていたりして、医者に言わせると立っている事も奇跡だとの事だった。


 さすがは、張飛の生まれ変わりだ。


 豪傑のような離れ業をやってのけるところが、万次郎の凄いところだ。


「あの万次郎が数日入院か。家中がちょっと寂しくなるな」


 怪我の程度が酷かったので、数日の入院と相成りました。


 万次郎の入院の手続きなどをした後、僕はようやく帰路についた。


 あんな騒動のせいで高校は臨時休校となったし、戦いの事後処理やら何やらで色々と大変だったけど、良い経験にはなったのは確かだ。


「ん?」


 スマホから電話の着信音が聞こえてきた。


 僕に電話をかけてくる人がいるなんて珍しいと思いながら、スマホを取り出すと画面には『非通知』との文字が出ていた。


 誰だろうか?


 そんな疑問を抱きながら、電話に出ると、


「少女の脇汁は浪漫だとは思わないかい?」


 と、静かで清涼感のある声が聞こえてきたので、


「間に合っています」


 僕は電話をすぐに切った。


 変質者による無差別な電話テロだったのだろう。


 しかしながら、男の僕に電話をかけてきたのが運の尽きだ。


「え?」


 僕のスマホがまた着信音を奏でだしたので見てみると、また『非通知』から電話がかかってきた。


 もしかして、いたいけな男の子を狙った変質者の電話なのだろうか?


 僕が標的とか?!


 怖いんだけど、それって……。


 出ない方がいいだろう。


 僕はとりあえず無視することにしたのだけど、電話は一向に鳴り止まなかった。


 諦めが悪い。


 そう思いながら渋々電話に出ると、


「明神輝里は私の手の内だ。この少女の脇汁を私に堪能させたくなければ、今回の十本語の件からは手を引け。これは警告だ」


 先ほどの男の声だった。


 しかも、さっきよりも鼻息が荒い。


「は?」


「画像を送る。明神輝里をこんな姿にしたくなければ、十本語の件から手を引け。分かったな」


 電話はそこで切れて、すぐにメールの着信音が鳴ったので、僕はすぐにそのメールを開いた。


 脇汁?


 何の話なんだろう?


「……」


 コンクリートの床の上に、五人の少女が俗に言う『亀甲縛り』をされていて、芋虫のように転がされていたのだ。


 モブ子?!


 食い入るように見つめるも、その五人の中にモブ子はいなかった。


 人違いでさらってきたのか?


 そう思いそうになるのだが、どの少女もモブ子と同じ制服を着ていた。


 同じ中学校の少女をさらってきているのだから分かるだろう?


 そんな暗示なのか?


「……また電話か」


 非通知からの電話がまたかかってきたので、僕はワンコール目で咄嗟に出た。


「画像からでも分かるであろう? 少女達から漂う、芳醇な脇汁の匂いが」


「全然分かりません。で、モブ子をどうしたんだ?」


「まずは聞きたまえ」


 電話口の男は落ち着いた声音で言う。


 僕としては、そんなには落ち着いてはいられないと、超能力の『サーチ』の能力を駆使して、モブ子の居場所を探る。


 どうやら、ここから二キロほど先にある廃ビルの中にいる気配がしている。


 モブ子が一人でそんな場所に行っているとは考えられず、十本語らしきこの男が言う通り、さらわれている可能性が高そうだ。


「服を着たままの少女をこのように縛り、数時間放置する。するとどうだろうか。恐怖感からか大量の汗をかくである。その汗は当然衣服に染みこむのだが、そのまま数日間さらに放置すると、衣服から発酵でもしているのか、芳醇な香りが漂ってくるのだ。その中でも脇汁である。それが至高な香りであるのだ。分かるかね、君?」


「変態の思考は分かりません」


「君も嗅いでみるといい。きっとその香しい匂いに卒倒するはずだ」


「いや、しません」


 このまま一気に廃ビルに乗り込むべきだろうか?


 罠が仕掛けたりしていたら、モブ子が危険にさらされるし、どうしたものか。


「この少女達から先ほど制服を収穫したのだが、実に素晴らしい。この匂いは十年物のワインに……いや、さらにビンテージワイン級の芳醇な香りだ。君も試してみるといい」


「いや、試しません」


「一時間後また電話をする。良い返事を期待している」


 電話はそこで切れてしまった。


 良い返事とは何に対しての返事なんだろう。


 十本語の件から手を引くべきという事に対してなのか。


 それとも、芳醇な香りだかなんだかを放っている制服の匂いを嗅ぐ行為なのだろうか。


「どっちでもいいか」


 僕はスマホをしまうなり、瞬間移動でモブ子が拉致されているであろう廃ビルの近くへと飛んだ。




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