十本語騒動 その4 ver2.0


「……やるな」


 万次郎の唇の端から一線の血が流れ出すも、なおも立ち上がった。


「万次郎、僕がやるよ。だから……」


「兄じゃ、口出し無用! これは俺の戦いだ。雪さんにかすり傷を負わせた奴らを許すワケにはいかんのだよ!」


 そして、また例の構えを取り、清音と正対した。


「拙者の攻撃を二度も受けて立ち上がるとは見上げた根性でござるな」


 清音が意味のない刀に手を添えた。


 その格好、そして、その刀には騙されちゃうよな。


 それを狙っているのだとしたら、相当に頭の切れる人物という事になる。


 あの武士の霊らしきものを出現させているのを見破らない限りは勝てない相手といったところか。


「万次郎……?」


 万次郎は一歩も動こうとはしていなかった。


 様子がちょっとおかしい。


「万次郎、生きている?」


 そう問いかけても、万次郎は無言だった。


「もしかして……」


 清音が動こうとしない万次郎を警戒して、微動だにしない事をいいことに、僕は万次郎に駆け寄ってみて、改めて声をかけてみた。


「万次郎?」


 予想通り、万次郎は立ったまま気絶していた。


 弁慶の仁王立ちというのは、こういった感じだったんだろうか?


 僕は思わずスマホを取り出して、パシャパシャと数枚写真を撮っておいた。


 後で万次郎に見せてあげよう。


 立ったまま気絶などという豪傑っぷりを見せつけていたと証拠画像を踏まえて教えてあげないとね。


「さて、選手交代かな?」


 撮影した画像を確認した後スマホをしまって、僕は万次郎と向き合ったままの体勢をとり続けている清音と向き合った。


 万次郎を痛み付けただけではなく、学校にまで乗り込んできて、メチャクチャにした。


 それに、背後で牧田さんが嗚咽を漏らしているのが微かに聞こえる。


 万次郎がどうにかなってしまった事で感情が高ぶってしまって、混乱してしまっているのかもしれない。


 僕はこの人達を許すワケにはいかない。


 そう……僕は怒りを感じているんだ。


 この人達に対して。


「それは拙者も同じでござるよ」


 清音は柄から手を離して、構えを解いた。


「神龍の珠をいとも容易く倒したお主の底が見えないでござる。実力を測る意味でも当て馬がいなくてはならないのでござるよ」


「僕としてはリーダーっぽい君を倒しておきたいんだけど」


 リーダーである清音を倒せば、こんな馬鹿馬鹿しい騒動も終わるはずだ。


「それは御免被るでござるよ。狂戦士の弁造、来るでござる!」


「おうよ!」


 どこに身を潜めていたのか、万次郎と負けず劣らない体躯をした大男がどこから飛んできたのかは分からないけど、僕と清音の丁度中間に降り立った。


 狂戦士の弁造と呼ばれた男は、その巨体と同じくらいの大きさの両手剣を手にしている上、中世ヨーロッパ風の鎧を着込み、黒マントをはおっており、どう見てもコスプレとしか思えない格好をしていた。


「あのへなちょこを狩るでござるよ、弁造!」


「おうよ! 食らえ!! オレ流岩斬旋風!!!!!」


 狂戦士の弁造と呼ばれた男が巨大な両手剣を両手で振り上げて、僕へと突進してきた。


「邪魔」


 僕はサイコキネシスを発動させて、向かってくる大男を何も考えずになぎ払った。


 巨躯が僕の視界から一気に消えた。


 壁か何かに当たったような音がしたけど、気にしない気にしない。


 死んでないだろうし。


「当て馬、倒しちゃったけど、清音はどうするの?」


 追い詰められているはずなのに、清音は余裕の笑みを見せつけてきた。


「我ら十本語には『サイキッカーかおりん』という同志がいるでござる」


「なっ……」


 もしかして、僕と同じ超能力者?


 だとしたら、それはそれで苦戦しそうだな。


 今、僕達の事を超能力で狙っているのか?


 僕は身構えて、周囲を警戒し始める。


「彼女は自分よりも可愛い年下の女の子を見ると、ついつい失禁させてしまうのでござる」


「……は?」


 全然意味が分からない。


 それは自慢できるような能力なのだろうか?


「自分よりも可愛い女の子を呪うあまり、念じただけで女の子を失禁させる超能力を身につけてしまったのでござるよ」


「はぁ……」


 ついつい生返事をしてしまった。


 そんな能力を手に入れて、何が面白いんだろう?


「君の恋人は明神輝里と言ったでござるか?」


 そう言われても、最初はピンとこなかったが、すぐにモブ子の本名だと思い出した。


 僕の中ではモブ子はモブ子なので、本名で呼ばれてもすぐにはモブ子と関連付けられないのだ。


「今、ここで拙者に手を出せば、その恋人が失禁するところが全世界に配信される事になるが、それでいいでござるか?」


「なっ!?」


 僕を脅迫しているのか?


 モブ子を人質に取って。


 残念な事に恋人ではないけど。


「明神輝里の痴態が全世界に配信されれば、人気者になれると思うでござるよ」


 清音は舌なめずりをし、下卑た笑みをほのかに湿らせた唇に刻んだ。


「そんな事……いつもやっているの?」


 常習犯なら、異常と言わざるを得ない。


 生まれ変わりを狩るとかそんな話以前に、十本語は何かを理由にして、ただ暴れたいだけのコスプレ変態の集団としか言えないんじゃないかな。


「生まれ変わりだとか転生だとか、そんな戯れ言をほざく女に大衆の面前で失禁をさせる……そうすると、その女のプライドをズタボロに砕くことができるのでござるよ」


「……」


 この場で叩きつぶしておいた方が良さそうだけど、さすがにモブ子の失禁姿が全世界に配信されたりするのだけは絶対に回避したい。


 あのモブ子がどんな顔をしながら失禁するのとか興味が……あるとかないとか……ないとかあるとか……。


 いやいや、ないない!


 絶対にない!


 そういうのは、僕だけが見る事に意味があるんだし。


「交渉成立でござるか?」


「脅迫されているんだから交渉とかそんな次元の話じゃないでしょ」


「くっくっ、では、撤退させてもらうでござるよ」


 清音はくるりと僕に背中を向けるなり、腰を落として駆けだした。


 僕はその背中が小さくなっていくのを見守る事しかできなかった。


 モブ子の自尊心と清音を逃がす事、どちらを取るべきなのかはわかりきっている事だ。


 モブ子の悲しそうな表情とかはもうあまり見たくはないんだ。


「……万次郎」


 清音の姿が見えなくなったのを見届けてから、僕は仁王立ちしたままの万次郎に身体を向けた。


「聞こえていないだろうけど、十本語は僕が叩きつぶすからね」


 誰のために?


 何の為に?


 そう考えた時に、一瞬だけモブ子の顔が脳裏をよぎった。


 なんで、モブ子なんだ?


 失禁の件と関係……あるのかな?


 見たいからとかそんな理由なの……かな?


「……おろ?」


 万次郎が目を覚ましたのか、キョロキョロと現状把握をするように顔を様々な方向に向ける。


「起きた?」


「どうなっているんじゃ、これは!」


 泣いている牧田さんにも気づいてはいるようだけど、意識が飛んでいた事さえ理解していないようで、目を何度も何度も瞬かせて首をひねっていた。


「万次郎は弁慶さながらに立ったまま気絶していたんだよ。ほら、これがその時の画像」


 僕はスマホを取り出して、万次郎に見せてあげた。


 本当はこんなのんびりとした事をしているべきではなかったんだけどね。


「うむ! 俺は男前じゃ! さすがだ、兄じゃ。このような画像を機転を利かせて撮影しておるとは!」


「……なんとか状況は理解した?」


「うむ! さすがだ、兄じゃ! あの侍を退散させたのであろう?」


「いや、逃がした。モブ子を人質に取られたようなものだったんで」


「卑怯な!」


 万次郎の顔が真っ赤になっていった。


 激動して血が頭に上っているのだろう。


「あいつは僕に任せておいて。万次郎は牧田さんをどうにかしないとね」


 そう言うと、万次郎の顔が平常心を即座に取り戻したのか普通の肌色に戻って行った。


「そうじゃった! 雪さん!」


 万次郎は涙を流すだけで何もできなくなっている牧田さんの方に急いで駆け寄っていった。


「さて……」


 モブ子に危険が及んではいないかと千里眼で様子を見るも、普通に授業を受けているようで事件が起こっている様子はなかった。


 周辺に怪しい人物がいないかも合わせてチェックするも、サイキッカーかおりんらしき女の姿はなかった。


「ふぅ……」


 僕は安堵して、緊張感を吐息と共に吐き出した。


 モブ子の場合、失禁したとしてもずっとすまし顔でいそうなものだけど。


 僕が超能力を使い、超能力者である事をつまびらかにしたときも驚きもしなかったし。


 あの時みたいな対応をしそうなものなんだけど。



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