十本語騒動 その3 ver2.0
「分からんものは分からん。だが、俺にだって理解できる事はある」
万次郎の眼光がギラつき始める。
まだ戦える……そう言っているように。
「今動いたら……」
万次郎が止めようとする牧田さんを手で制止ながら、颯爽と立ち上がった。
「お前達は俺の敵だという事実だ。この場で俺が叩きのめしてやる!」
服にかかっていた埃をはたいて、ござる女に射るような眼光を向けた。
「その傷で拙者とやるというのでござるか? 笑止でござるな」
勝利を確信しているのか、ござる女は不敵な笑みを口元に刻み、刀の柄に再び手をかけた。
抜刀術を身につけているとでも言うの?
「死に行く者への手向けでござる。拙者の名は比古清音でござる」
ちょっと!
ちょっと待ってね!
あのござるの物語に、比古ってキャラいたよね?
歴史上の人物を女体化は冒涜だ何だと言っていたけど、その事を言っていた本人が登場人物の名前を借りてきて、あまつさえ女の名前にしているっていうのはどういう了見なの?
それこそ矛盾じゃないか。
「俺は桑原万次郎。誰がなんと言おうと張飛の生まれ変わりだ」
万次郎はグッと腰を落として、空手の構えなのか、それとももっと別の武術なのか、気迫が僕にも伝わるような構えを取った。
「ならば、拙者が滅するまででござる」
清音がすり足で万次郎との距離を詰めていく。
万次郎も清音との距離を狭めるように、ずいずいと前へと出て行く。
「……」
緊張感が空気を違うものへと変えてしまっていた。
殺意が肌に刺すようなそんな空気だ。
「……ニィ」
清音がすり足を止めた瞬間、その口元に勝利をつかみ取ったかのような微笑が浮かんだ。
「ふごっ?!」
風が凪いだ。
風が通り過ぎた時には、万次郎の身体が校舎に叩き付けられていた。
「抜刀術……なの?」
刀の閃光も、抜いた後の軌道も僕には見えなかった。
なんていうんだろうか。
刀を抜いた痕跡が残らないほどの抜刀術だった。
神速というべきか、光の速さというべきか。
恐るべし、比古清音……。
超能力があれば負けない事はないだろうけど苦戦はしそうだな。
「……勝ったでござるな」
清音はニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべて、柄から手を離した。
「……まだだ、まだ終わらんよ」
校舎に打ち付けられて倒れた万次郎が痛みを堪えながらも再び立ち上がった。
苦痛で顔をひくつかせながらも、万次郎は再び鉄壁のような構えを取った。
「まだやるでござるか?」
清音は再度柄に手をかけた。
「刀は抜いてはおらんな。攻撃は別方向からされていた」
どういう事なので?
刀は抜かずに攻撃したって事なのか?
どうやって?
「これで沈むがいいでござるよ」
一瞬にして清音が万次郎の懐に飛び込んだ。
「ぐお?!」
刀を抜いていないにも関わらず、万次郎の巨体が再び校舎に叩き付けられた。
「……そういう事なのか」
刀はあくまでもブラフのようなものだったんだ。
実際の攻撃は、とある物語のキーワードを借りるのならば『守護霊様』だ。
攻撃する直前に清音の背後から武士の上半身が唐突に現れて、万次郎に斬撃を加えた後、コンマ数秒で消滅していたのだ。
僕はその一瞬を見逃さなかった。
というか、その格好の意味が無いじゃん。
ただのコスプレだよね、それって……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます