十本語騒動 その2 ver2.0
三田さんが言っていた通り、万次郎は牧田さんと一緒にいたのだけど、僕的にはちょっと声がかけづらい状況ではあった。
万次郎は校舎に身体を預けるように地べたに座り込んでいて、そんな万次郎の顔にできた傷か何かを牧田さんが甲斐甲斐しくも消毒液を付けた布で拭いていた。
万次郎は照れくさそうにしながらも、それを顔に出すまいと我慢しようとしているのだけど、口元が緩んでしまっていて隠しきれてはいなかった。
牧田さんは牧田さんで、万次郎との距離が近い事に恥じらいを感じているようで、近づいては距離を置いて、また近づいて距離を置いてといった動作を繰り返しながらも、怪我の手当をしていた。
そんな二人を見ているだけで、背中がむずがゆくなってくる。
二人だけの空間を乱すのは悪いようがして、話しかけようかどうしようかと迷っていると、万次郎が僕の存在に気づいてか、僕い顔を向けるなり破顔した。
「兄じゃ! 兄じゃは無事だったか!」
「動いたらダメ」
勢いで立ち上がろうとするのを牧田さんに手で制止されて、万次郎は顔を赤らめながら口をとがらせると、また校舎に身体を預けた。
「僕も変なのに襲われたけど、何があったの?」
僕は二人と距離を置いてそう問いかけた。
二人の空間は僕にはとてもじゃないが入りづらい。
まだ数日しか付き合っていないのにも関わらず、数年来の付き合いがあるような雰囲気があった。
なんだかいいなぁ。
「さすがだ、兄じゃ! あんなのを一人で倒したというのか!!」
「うん」
「十本刀を名乗る連中が暴れていたのでな、兄じゃと違って、苦戦しながらも俺が退治してやったわ。がははっ!!」
万次郎は快活に笑うも、笑った事によって傷が痛んだのか、顔をしかめて黙り込んでしまった。
「だから、安静にしてないと」
「……すまん」
「病院行かないといけないくらいなんだから無理しないで……」
「……うむ」
牧田さんが真剣な表情で言うと、万次郎はしゅんとしてしまった。
「僕も襲われたんだけど、僕が目当てだったのかな?」
「分からん。しかし、俺も含めて対象であったような気がせんでもない。何者なのだ、奴らは?」
『自称『生まれ変わり』に現実を分からせるのが僕たちの使命だ』
とか言っていたから、この学校には万次郎の他に転生を自称している人がいるのかもしれない。
「神龍の珠だけではなく、死神の宗男、海賊王の慎太郎、黒のバスケ部の庵、ギルドマスターの長治までもが敗れ去るとは。十本語も落ちるところまで落ちたでござるな」
奇っ怪な女の声が僕の耳に届いた。
というか、ござる?
妙な予感、いや、悪い予感しかしない。
十本語とか口にしていたけれども、それって『ござる』のパクリだよね?
怖いものではなく、あきれ果てたものを見るように声がした方に顔を向けると、やはりそこにいたのは……。
「……はぁ」
僕は顔を元に位置に戻して深いため息を吐いた。
「……はぁぁぁっ」
耐えきれずにもう一度深いため息を長く長く吐いた。
僕が見た女は、着物姿だった。
しかも、男物だ。
半着は落ち着いた赤。
袴は灰色のような白。
何よりも腰には刀らしきものを佩いていた。
どう見ても『ござる』である。
ちらりと横目で見ても『ござる』である。
神龍の珠って言っていたけど、『亀』って書いてあるシャツを着ていたし、あれってとあるアニメのコスプレだったんだね。
それに加えて、万次郎が倒したのは『死神』『海賊王』『黒のバスケ部』『ギルドマスター』か。
どれも大ヒットした漫画が元ネタだよね?
しかも、どれもアニメになっているよね?
コスプレイヤーが『自称転生した人』を狩る。
それって何かのパフォーマンスですか?
「何じゃ、お前は!!!」
僕が頭を抱えて絶句していたからなのか、万次郎がそう怒鳴るも即座に苦悶の表情を浮かべて、そこから先は何も言わなかった。
声を出せなくなるほどの痛みが全身を駆け抜けたのかもしれない。
僕にはそんな素振りを見せてはいないが、骨の一本や二本折れていてもおかしくはないのかもしれない。
「拙者は十本語を統べる者でござるよ」
呆れるばかりでは話が進まないと思い直し、僕はようやくこの現実を向き合うことにした。
着物の着こなしは似せる気が毛頭無いのか、胸の谷間を強調するかのように着崩してはいるが、自慢の胸を披露したいだけの可能性もある。
刀は本物とは到底思えないのでたぶんレプリカか何かだろう。
見目は悪くはない……かも?
どことなく中性的な作りの顔をしていて、
長髪なのだけど、『ござる』とは異なり、漆黒だった。
それは彼女なりのこだわりなのかもしれない。
「君達の目的は何なの? それがまずは知りたい」
まずはその事を知っておかないと。
「はっ、簡単な事でござる。我らは己が心酔した物語を『聖書』として崇める十一人の使徒でござる。生まれ変わりだ、転生だなんだと戯れ言を言っている者達を狩るために生まれた使徒でもあるのでござる」
「十本の物語だから、十本語? でも、十一人だから十一本語でないの?」
四天王なのに、五人いるというアレと同類項なんだろうか。
「十本語は理想なのでござる。実態と理想とはかけ離れていて不思議はないのでござる」
「人数はまあいいけど、十本語とは何なの?」
「歴史上の人物はもう故人であるがため、現世の人々は好き勝手にねつ造を繰り返し、当の本人とはかけ離れた存在になりつつあるのでござるよ」
女は刀の柄に手を添えつつ、鋭い眼光を僕にぶつけてくる。
「例えば、女人化が顕著でござるな。歴史上の人物の性別を変化させるなどあってはならぬ事でござるよ。それなのに、現世においてはそれがまかり通っているでござるよ。それは冒涜であり、歴史上の人物に対する誹謗中傷に等しいのでござる。我ら十本語はそんな冒涜を消滅させるためにも、まずは自称『転生』を狩り尽くすのでござる。そして、その先は、歴史上の人物を冒涜するようなフィクション全てを滅するのでござる」
女は柄から手を離して、顎に手を添えて、僕ではなく万次郎を見た。
どうやらこの女の獲物は僕ではなく、万次郎のようだ。
「我らのように単一の物語のみが唯一の絶対神である以上、もはや虚像でしかなくなりつつある歴史上の人物のように我々はぶれることがないのでござる。だからこそ、我ら十本語は結集したのでござる。物語が一つしかいない以上、愚かな派生は生まれないのだから我らは揺るぎないのでござる」
いやいや、何を言っているのか、よく分からない。
ちんぷんかんぷんだ。
万次郎も同じ事を思っているようで、しきりに首を傾げている。
十本語には崇高な理念があるらしいが、僕達一般人には理解できない領域なのだろう。
「……なるほど、分からん」
万次郎はようやく首肯して、そう呟いた。
「僕も分からない。ただコスプレして暴れたいだけの人達だっていうのはなんとなく分かる」
「常人には分からないでござるよ。我ら十本語の理念は常人には理解できぬ至高の理念であるのだから」
ああ、常人で良かった。
こんな人と同じような考えだったら、それこそまともな人生は送れなかっただろうし。
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