万次郎、走る! ver2.0
両親はもう仕事に行ってしまっていた。
そんなワケで僕たち三人はリビングルームでモブ子と向き合って話をしていた。
万次郎と一緒の施設にいた頃は、髪が短くて、男の子っぽい格好をしていた上、話し方もガキ大将っぽくしていたようで、
『こんなべっぴんさんがキラと同じ人とはとてもじゃないが思えん! 世の中は分からんものじゃ!』
などと言っていたりした。
そして、今回の件について八割がた説明した頃合いに、
「許せん! その両親を俺がとっ捕まえて、粛正してやる! 養子を引き受けながらも借金程度で逃げ出しただけではなく、子供を借金取りに差し出すほどの下郎さ! 江戸時代ならば、市中引き回しの上、打ち首獄門の刑に処されるような所業ぞ! 俺が生まれ変わる前の世界であれば、一族郎党処刑だ……いや、いや、それではキラも処断されるではないか! 今のはなしじゃ!」
キラ・モブ子の話を聞いている最中、万次郎は怒り心頭といった様子で、額に血管を浮かび上がらせ、顔を真っ赤にさせるなり立ち上がって、そんな事を喚きながら、どこかに行こうとし始めた。
「……万次郎、冷静になってよ。両親がどこにいるのか分かってないんだし」
居場所くらい突き止めるのはお茶の子さいさいではあるけど、逃げてしまったモブ子の両親なんて後回しでいいと思うし。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!! そうであったあああああああああああああっ!!」
万次郎が雄叫びを上げて、地団駄を踏んだ。
感情になされるがままの万次郎は、猛獣そのものといった様相だ。
その気持ちは分からないでもないけど、話が終わるまで待とうよ。
「……聞きたいんだけど、返済し終わったら、モブ子はどうするの? どうしたいの?」
四百万円ついてはあまり問題視していない。
今日、これから学校に行って、放課後になったら動き回ってお金を稼げばいい。
明日は幸いな事に休日だから時間の余裕があるから、ホント、二三件は解決できるんじゃないかと踏んでいる。
僕的には、その後のモブ子の身の振り方が気になっている。
自暴自棄になっていなければいいけど。
「……え? 私?」
そんな事を振られるとは思っていなかったのか、気後れしたような顔を返してきた。
「身の振り方は考えているのかなってね」
何か悪巧みをしているかのような薄笑いを浮かべて、
「養ってもらいたいかも、あなたに」
僕をじっと見つめてくる。
「私、あなたに一目惚れしてしまったの。そう、これは恋かしら。あなたに一目惚れをしてしまって、ふらふらと付いて行ったら、万次郎お兄様を見かけてしまって、家の前で待っていたの」
モブ子は嗤笑しながら、僕をじっと見つめてくる。
嘘まみれじゃないか。
家の前で万次郎に会おうかどうか迷っていたし、僕の事なんて案山子か何か程度にしか思っていなかったし、それに僕に一目惚れする要素なんてありやしない。
『何? こんな奴が万次郎の兄なの?』
そんな対応だったはずだ。
そんな嘘を吐いてどうしたいの?
僕を困らせたいのかな?
それとも、本気……なワケはないか。俺の事が嫌いだって、何度も言っているし。
「なんと! 兄じゃに春が来た!」
信じちゃった、お人好しがここにいるんだけど……。
「万次郎、真に受けちゃ駄目だ。これは孔明の罠だ。モブ子は嘘八百を並べているんだ」
「罠とな?! しかも、孔明殿の! 危うかったな。もう少しで我が軍は全滅であった!」
どこに軍隊がいるんだ。
そう突っ込みたかったけれども、そんな言葉をごくりと呑み込んだ。
「借金がまだ四百万もあるのよ? 今度の事なんてのんびりと考えてはいられないわね」
「だから、それは僕に任せておいて」
「しかしだ! 四百万円! 四百万円というのは天文学的な数値であるな! 赤壁の戦いにおいて、曹操軍が歴戦錬磨の兵士達で戦う前から勝敗が決しているようなものじゃな!」
その例えはちょっとよく分からない。
「俺はお館様に相談してくる! 今日は学校を休むぞ、兄じゃ! よろしく頼む! キラのためにも一肌脱がぬは男の恥というものよ!」
「だ、だから、万次郎!」
……あら?
万次郎の奴、僕の話を聞かないで大急ぎで出て行っちゃった。
四百万円なら、なんとかできるのに……。
気が気じゃないのか、昔の知り合いが困っているからいても立ってもいられずに行動するしかないっていう思いで頭の中がいっぱいになってしまったんだろな。
言葉がめちゃくちゃだし、もう頭の中がいっぱいで、まともに考えられなくなっているんだろうな。
だから後先考えずに猪突猛進に行動するしかないのかもね、万次郎は。
というか、お館様って誰なんだ?
「……ふふっ、万次郎お兄様は、相も変わらず、自分の感情に流されて、感情に素直に従っていて猪突猛進ね」
なんだろう?
モブ子がどこか吹っ切れたような笑みを浮かべている。
「……さて、僕は学校に行かないと」
時計をちらりと見ると、もう午前八時を回ろうとしていた。
僕はそろそろ学校に行かないと遅刻しちゃう。
モブ子を一人で家に残してしまう事になるけど、大丈夫かな?
「お風呂借りていいのよね?」
僕が何を考えているのか見透かしたように、そんな事を訊ねてきた。
「うん」
「洗濯機も借りていい?」
「それも構わない」
「タオルも借りても大丈夫よね?」
「うん、いいよ」
「ついでに、あなたのTシャツと下着も貸して」
「うん」
「ふふっ、男に二言はないわよね?」
モブ子がしてやったりといった様子でほくそ笑んだ。
「僕のTシャツと下着?」
俺、反射的に首肯しちゃったけど、いいのか?
「もう一度言うわよ、男に二言はないわよね?」
「え、あ、う、うん。でも、僕は女物の下着なんて持ってないよ? 僕、男だし」
「そんな事、分かっているわよ。着ているものを洗濯したら、着るものがないじゃない」
「そりゃそうだけど」
「すぐにTシャツと下着を用意して。着替えがないとお風呂にも入れないし、洗濯もできないわよ」
家の前であったときと随分と印象が違ってきているけど、これがモブ子の素なのかな?
母親のとかの服とかでもいいような気がするんだけど、なんで僕の下着とかなんだろう?
ちょっと乙女心というべきか、キラ・モブ子の心理はよく分からない。
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